表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
木星の雨音 第一部  作者: ぴいちゃん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/10

第七章 ――帰る船――


設計図発見以降。

《NOAH》の中は、

明らかに変わり始めていた。

量子通信越しでも、

それが分かる。

通路を歩く人々。

増えた作業灯。

響く工具音。

補修区画。

再起動される旧設備。

二百年以上、

“延命”だけを続けてきた船が、

初めて“帰還”を目的に動き始めていた。

ある日の通信。

ミオが、

少し興奮した顔で現れる。

『見てください』

映像が切り替わる。


巨大な縦坑。

むき出しの補強骨格。

何層にも積み重なった配管。

その奥で。

巨大な回転軸が、

ゆっくり回っていた。

《ゴゥゥゥゥゥン……》

低い振動。

ミオが言う。

『主軸受です』

『止まってた補助系、

再起動しました』

「えっ」

『設計図にあった、

旧保守ルートがまだ生きてました』

作業員たちが、

周囲で怒鳴り合っている。

『圧力安定!』

『回転数維持!』

『冷却流量上昇!』

ミオが、

少し笑う。

『最近、

船が静かなんです』

「静か?」

『前より、

変な振動が減りました』

さぎりは、

思わず笑った。

二百年。

継ぎ足し続けた船。

住んでる誰も全体構造を理解できなかった船。

でも今。

初めて。

“元の姿”へ近付こうとしていた。

挿絵(By みてみん)

時間は流れていく。

ミオは成長した。

最初は、

足をぶらぶらさせながら、

雨の音へ驚いていた小さな少女。

でも今は違う。

工具を持ち。

船を直し。

整備員たちへ指示を飛ばし。

子供たちの面倒を見る側になっていた。

そして。

彼女は、

ツインテールになっていた。

挿絵(By みてみん)

量子通信の向こうで、

さぎりが吹き出す。

「……なにその髪型」

『え?』

「真似したでしょ」

ミオが、

少しだけ照れ臭そうに笑う。

『昔の映像、

かわいかったので』

「昔って言うな」

でも。

悪い気はしなかった。

一方。

さぎりも変わっていた。

もう、

昔みたいなツインテールは卒業した。

後ろでまとめたポニーテール。

保守作業の邪魔にならないように。

少し大人になった髪型。

挿絵(By みてみん)

でも。

保存庫で笑う時だけは、

昔と変わらなかった。

別の日。

ミオが、

古い区画を映した。

暗い。

照明も少ない。

壁には、

何世代分もの落書き。

名前。

日付。

子供の絵。

古い警告表示。

そこへ、

新しい配線が這っている。

挿絵(By みてみん)

『ここ、

昔は閉鎖区画だったんです』

「今は?」

『居住区に戻します』

「人増えるの?」

ミオが頷く。

『帰還減速始まると、

中央区画混みますから』

その言葉に。

さぎりは、

少し黙る。

“帰還減速”。

その単語が、

もう現実になっている。

そして。

《NOAH》も変わっていく。

漂流船ではなくなる。

“帰る船”になる。

ヘスペリア-3にとって、

《NOAH》は、

これまで受け入れたどの船よりも巨大だった。

木星圏輸送船。

地球補給船。

氷輸送船。

そのどれとも違う。

二百年以上を漂流し続けた、

全長三キロ級の第一世代移住コロニー船。

既存ドックでは、

サイズそのものが合わなかった。

そのため。

ヘスペリア-3では、

NOAH受け入れのための、

専用ドッキングベイ建設計画が進められていた。

中央非回転軸区画。

巨大支持フレーム。

長大な係留アーム。

多重磁気クランプ。

回転差吸収構造。

外周工業区画では、

巨大な骨格フレームが、

少しずつ宇宙空間へ伸びていく。

通常艦艇用ドックとは、

比較にならない規模だった。

挿絵(By みてみん)

その建設会議で。

ハル主任は、

NOAH側整備班へ最初にこう言った。

『 docking interfaceだけは残せ 』

ミオが首を傾げる。

『……接続規格ですか?』

『かなり古いですよ?』

『もう使ってない区画も多いです』

ハル主任は、

ぶっきらぼうに答える。

『いいから残せ』

『二百年継ぎ足してても、

そこだけ合ってりゃ繋がる』

保存庫で、

さぎりが少し笑う。

「雑」

『雑じゃねえ』

ハル主任は端末を指差す。

そこには、

旧木星圏共通接続規格の図面が表示されていた。

『宇宙じゃな』

『最後にモノ言うのは、

結局“規格”なんだよ』

その言葉に。

NOAH側整備員たちが、

少し静かになる。

二百年以上。

壊れた場所を直し。

足りない場所を継ぎ足し。

生き延びるためだけに改修してきた船。

でも。

その奥底にはまだ、

“木星圏へ帰るための接続口”が残っていた。

それはまるで。

二百年前の人類が、

未来へ残した“帰り道”みたいだった。

作業員たちは、

半ば呆れながら巨大構造物を組み上げていく。

「船っていうか、

街だろこれ」

「接岸っていうか、

引っ越しだな」

「いや、

文明移民だろもう」

笑い声。

でも。

誰も嫌そうではなかった。

むしろ。

どこか嬉しそうだった。

木星圏では、

“帰ってくる人間”を放っておけない。

それが、

ヘスペリア-3という場所だった。

ある夜。

保存庫では、

NOAHの航路予測が表示されていた。

挿絵(By みてみん)

巨大な木星。

エウロパ。

ヘスペリア-3。

そして。

遥か外縁から伸びる、

一本の長い軌道線。

《NOAH》。

あと十一年。

いや。

もう少し短い。

時間は、

進んでいた。

ハル主任が、

軌道図を見ながら言う。

「減速、

相当きついぞこれ」

「やっぱり?」

「元々、

木星圏へ止まれなかった船だからな」

さぎりは、

少し不安そうに言う。

「……大丈夫かな」

ハル主任は、

しばらく黙っていた。

それから。

「大丈夫にするんだよ」

ぶっきらぼうに、

そう言った。

その言葉が、

妙に木星圏らしかった。

完璧だから生き残ったんじゃない。

壊れる前提で、

直し続けた。

足りないなら、

継ぎ足した。

無理なら、

回した。

放っとけなかった。

だから、

ここまで生きてきた。

それが、

ヘスペリア-3だった。

その頃。

NOAH内部でも、

変化が起きていた。

量子通信室。

昔は、

ただの保守区画だった場所。

今では、

子供たちが集まる場所になっていた。

『こんばんはー!』

『今日は木星見せて!』

『カレーまだ!?』

通信が開くたび、

騒がしくなる。

さぎりは笑う。

「今日は木星荒れてるわよ」

窓の映像を切り替える。

巨大な褐色の雲帯。

白い渦。

稲光。

子供たちが、

一斉に声を上げる。

『うわあ……』

『動いてる……』

『でか……』

その後ろで。

大人たちも、

黙って見ていた。

木星圏。

本来、

自分たちが来るはずだった場所。

二百年以上遅れて、

ようやく見た“故郷”。

ある時。

小さな女の子が、

さぎりへ聞いた。

『ヘスペリアって、

あったかい?』

さぎりは、

少し考える。

暖色照明。

食堂。

洗濯機の音。

人の声。

カレーの匂い。

木星の空。

氷輸送船。

整備員たちの怒鳴り声。

そして。

帰ってくる人間を、

当たり前みたいに待っている人たち。

さぎりは、

小さく笑った。

「うん」

「たぶん、

あったかいよ」

通信の向こうで、

女の子が少し笑う。

その時だった。

ユノが、

静かに言った。

『木星圏外縁監視網より、

新規観測データ』

保存庫の空気が変わる。

空中へ、

観測映像が表示される。

暗い宇宙。

遠い恒星。

その中を。

小さな光が、

ゆっくり移動していた。

《NOAH》。

推進光だった。

まだ小さい。

でも。

確実に近付いている。

ハル主任が、

腕を組む。

「……帰って来やがるな」

誰かが、

小さく笑った。

保存庫は静かだった。

でも。

そこにいた全員が、

同じことを思っていた。

長い漂流は、

終わろうとしている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ