第65章ーー紫神社ーー
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神社へ続く石畳の道を、七人はゆっくりと歩いていた。
食堂を出てから神社までは、歩いて五分ほど。
木陰を抜ける風が心地よく、温かいそばを食べた体にはちょうどよかった。
さぎりは、歩きながら言う。
「そうだ。」
ミオとモウブの方を振り返る。
「二人とも、神社へ行くのは初めてだよね?」
「うん。」
ミオがうなずく。
モウブも少し緊張した様子で答えた。
「はい。」
「じゃあ、先に少しだけ作法を説明しておくね。」
さぎりは得意げに人差し指をくるくると回しながら続ける
二人は素直に耳を傾ける。
「まず、一番大事なのは鳥居かな。」
「鳥居は神様のいらっしゃる場所への入口なの。」
「だから、鳥居をくぐる前には一度立ち止まって、軽くお辞儀をするのが礼儀なんだよ。」
ミオは感心したように鳥居を見つめた。
「へえ……。」
「それから、参道の真ん中は歩かない方がいいの。」
「え?」
ミオが首をかしげる。
「真ん中は『正中』って呼ばれていて、神様が通る道だと考えられているの。」
「だから、私たちは右か左の端を歩くんだよ。」
モウブは納得したようにうなずいた。
「なるほど。」
「それと、途中に手や口を清める場所があるの。」
「手水舎っていうんだけど。」
ミオが興味深そうに尋ねる。
「どうやるの?」
「まず柄杓で水をくんで、左手、右手の順に洗うの。」
「次に左手へ少し水を受けて、その水で口をすすぐ。」
「柄杓に直接口は付けないのが作法だよ。」
「最後にもう一度左手を流して、それから柄杓を立てて、柄にも水を流してから元の場所へ戻すの。」
「へぇ……。」
ミオは何度もうなずいた。
モウブも感心したように言う。
「思っていたより細かい決まりがあるんですね。」
さぎりは優しく微笑む。
「うん。でも、一番大切なのは形じゃなくて、神様を敬う気持ちなんだよ。」
「少しくらい間違えても、その気持ちがあれば大丈夫。」
その言葉に、二人は安心したように笑顔になった。
やがて木立の向こうに、朱色の鳥居が大きく姿を現した。
紫区画の鳥居は大きかった。
NOAHの展望スペースに建つ神社の鳥居のおよそ三倍。
ヘスペリア3農業区画の神社にある鳥居と比べても、倍ほどの大きさがある。
高さは十メートルほどはあるだろうか。
見上げるような朱塗りの鳥居は、静かに空へ向かってそびえ立ち、その存在感だけで思わず足を止めてしまうほどだった。
その先には、玉砂利を敷き詰めた二十メートルほどの参道がまっすぐ伸びている。
参道の両脇には手入れの行き届いた木々が並び、木漏れ日が地面へ柔らかな模様を描いていた。
そして、その先に。
思いのほか立派な神社が建っていた。
正面の幅は十メートルほど。
高さも十メートルほどあり、重厚な屋根がゆるやかな反りを描いている。
落ち着いた木の色合いの縦板張りの壁と、深く張り出した軒。 そして深く張り出した軒が、どこか地球の古い神社を思わせる。
宇宙コロニーの中にあるとは思えないほど、その場所だけは静かな空気に包まれていた。
ミオは。
鳥居を見上げた。
「大きい。」
「うん。」
さぎりは答えた。
「じゃあ。」
鳥居の前で。
さぎりがお辞儀をした。
ミオも。
モウブも。
少し遅れて真似をする。
ユノも。
小さな体を折るようにして。
お辞儀をした。
一行は鳥居をくぐった。
参道の中央を避け、端を歩く。
袴姿の女性が、箒で境内を掃除していた。
さっ。
さっ。
箒が玉砂利を掃く音だけが、静かな境内に響いている。
その女性が、ふと顔を上げた。
一行を見る。
そして。
「あっ!」
思わず声を上げる。
驚いて箒を持ち替えようとして、危うく落としかけた。
「あわわっ……!」
慌てて抱え直す。
そのまま、小走りで駆け寄ってきた。
「み、みなさん! こんにちはぁー!」
息を弾ませながら、ぱっと笑顔になる。
「チズル主任! ハル主任! 紫区画長も!」
嬉しそうに名前を呼んだ、その瞬間。
「あっ!」
「ご、ごめんなさい! 農業リング主任も!」
慌ててぺこりと頭を下げる。
「すみませんっ! びっくりしちゃって……。」
農業リング主任は苦笑しながら手を振った。
「ははは。いつものことだ。気にしなくていい。」
「す、すみません……。」
女性は照れくさそうに笑う。
そして、さぎりへ視線を向けた。
「さぎりさん!」
今度はミオを見る。
「ミオさん……ですよね?」
「え?」
「はい。」
さらに、小さなユノへ視線が移る。
「えっと……ユノさん!」
「はい。」
ユノが答えると、女性の顔がぱあっと明るくなった。
そして最後にモウブを見る。
「あの……そちらの方は、ニュース画像の隅っこでよくお見かけする、NOAHの……。」
「あ、モウブといいます。」
「わぁっ!」
女性は目を丸くした。
「本物だぁ……。」
思わずつぶやいてしまい、慌てて口を押さえる。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
顔を赤くしながら、手水舎を指差した。
「えっと、その……どうぞ、手水をお使いになって、お待ちくださいっ!」
「す、すぐ戻ります!」
そう言うと、くるりと振り返って走り出す。
三歩ほど進いたところで、ぴたりと止まった。
「あっ。」
振り返る。
まだ箒とちりとりを置いたままだった。
照れ笑いを浮かべた彼女は。
「せっかくだからーーー! ご祈祷しましょうーーー!」
今度こそ社務所の方へ、ぱたぱたと駆けていった。
箒とチリトリは忘れられていた。
「相変わらずだねぇ。」
その後ろ姿を見送りながら、
思わず笑っているチヅルにミオが尋ねる。
「あの人は?」
「ああ。農業リング主任、説明してあげてくださいな」
「ああ。ヘスペリア3には6つの神社が有って、農業リングには4つ。エウロパ基地にも一つ。そしてもう一つはNOAHにある。」
「その中でも全周58キロの農業リング中で、わずか3キロの紫区画にある、この神社は『一番清い神社』とされてるんだ。」
「お風呂と一緒ですね。」
「うん。紫区画のお湯が一番清いと言われてるのと同じ理由だよ。」
ミオとモウブが大きく頷いている。
さぎりまで大きく納得していた。
「あの娘は、その清い紫神社の責任者。」
「そして農業リングにある三つの神社と、エウロパ基地の1つ。NOAHの神社の責任者も兼任している。」
「つまり、ヘスペリア3とエウロパ。NOAHにある6つの神社を、あの娘一人で守っているんだ。」
さぎり、ミオ、モウブ、なぜかユノも顔を見合わせる。
「それってすごい人なんじゃ…」
紫区画長が微笑む。
「そうですね。普段は、あんな感じなんですよ。」
「でも、ああみえても、神事が始まると別人みたいにしっかりするんですよ。」
紫区画長は続ける。
「農業リング主任はヘスペルア3とNOAHの住民の1年間の生産計画を立てて管理し。」
「チズル主任は28,000人分の毎日の献立を管理し。」
「ハル主任はヘスペリア3全ての機械設備を管理し。」
「あの方は、神事を守り、後の世へ伝えていく。」
「さぎりさんは、地球の文化と、今のヘスペリア3の文化を結びつけ。」
「みなさんヘスペリア3をより良くしようとしています。」
ミオが紫区画長にひそひそと尋ねた。
「このメンバー、実はヤバくないですか?」
紫区画長も小さく笑う。
「豪華メンバーですよね。」
「ヤバいです。」
ミオの肩の上ではユノが、後ろではモウブが、何度もうんうんとうなずいていた。




