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木星の雨音  作者: ぴいちゃん


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第64章ーー戻る文化ーー

グルメ回?


https://x.com/pochidayo

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食堂は、神社へ続く道沿いに建つ食品加工工場の一角に設けられていた。

挿絵(By みてみん)

外壁には贅沢に木材がふんだんに使われ、深い軒が歩道へ張り出している。


格子戸を思わせる大きな引き戸が、懐かしさを感じさせていた。


決して広くはないが、店内へ入ると厨房がそのまま見渡せる造りになっている。


調理場では数人の調理員が手際よく鍋をかき混ぜ、湯気を立てる料理を次々と盛り付けていた。


チズルと紫区画長は、そのまま厨房前のカウンターへ歩み寄る。


「こんにちは。」


「ご無沙汰しています。」


調理員たちも手を止めることなく笑顔で応えた。


「いらっしゃい、チズルさん。」


「区画長、お疲れさまです。」


「農業リング主任も、お疲れさまです!」


「ハル主任にNOAHの子、さぎりちゃんにユノちゃんさんまできたのか!」

二言三言言葉を交わすと、再び一行のもとへ戻る。


店の奥には、今回の試食品について説明するモニターが設置されていた。


その前で、農業リング主任が足を止める。


「まずは、ここをご覧ください。」

挿絵(By みてみん)

主任は穏やかな笑みを浮かべながら、モニターに表示された一枚目の映像を指さした。


「本日ご提供するのは、試作中の『そば』です。」


その言葉に、皆の視線がモニターへ集まる。


「そばは、比較的ヘスペリア3でも栽培しやすい作物です。数年前より地球から種子を取り寄せ、育成試験を続けてまいりました。」


農業リング主任は、そば粉の映像を示しながら説明を続けた。


「現在は古来の製法を参考にしています。収穫したそばの実を臼で粉に挽き、そこへ二割ほどの小麦粉を加え、水でこねます。」


次の写真には、木製の麺棒が映っている。


「生地は麺棒で薄く延ばし、このL字型の板を包丁のガイドとして使い、均一な太さに切りそろえます。」


さらに写真が切り替わる。


「切った麺は湯で茹で、頃合いを見て流水で締めます。これで、そばの麺が完成します。」


さぎりは思わず感心したように声を漏らした。


「全部、手作業なんですね。」


「はい。」


農業リング主任はうなずく。


「まだ量産化できるほどの生産量ではありませんし、ヘスペリア3にはそばに対応できる機械設備がありません。」


続いて、付け合わせの説明へ移る。


「まずは、めんつゆです。」


画面には小さな器が映し出された。


「醤油に砂糖、サトウキビ由来の調味料と湯を合わせ、少量の果実酒を加えて煮立たせます。その後、冷蔵設備で寝かせ、味をなじませたものです。現在使われているもので全て賄えます。」


次に映ったのは、白い器だった。


「こちらは大根をすりおろしたものです。」


「消化を助け、さっぱり食べられる薬味です。」


「さらに、日本で『とろろ』と呼ばれていた長芋のすりおろしも添えます。」


「疲労回復に良い食材と伝えられています。」


「こちらも今回が初めての試験製造になります。」


「へえ……。」


ミオは興味深そうに身を乗り出した。


最後に、大きな写真が映る。


黄金色に揚がった一枚の揚げ物。


「こちらは、かき揚げです。」


「人参、玉ねぎ、ごぼうを中心としたヘスペリア3で安定して収穫できる野菜だけを使用し千切りにし、小麦粉を水で溶いた衣にくぐらせて大豆油で揚げています。」


一同から小さなどよめきが起こる。


紫区画長は少し残念そうな表情を浮かべた。


「本来であれば、ねぎや、わさびと呼ばれる薬味も添えるそうです。」


「特に、わさびにつきましては、現在のヘスペリア3では安定した生産は困難という結論に至りました。」


そう締めくくると、区画長は皆の顔を見回して微笑んだ。


「以上が、本日の試作献立になります。」


「どうぞ、地球から受け継いだ味を、お楽しみください。」


「その前に。」


紫区画長が、にこりと笑った。


「湯上がりには、まず――。」


少し間を置き、声を張る。


「冷えたビールです!」

挿絵(By みてみん)

その合図とともに、調理員たちが大きなグラスを運んできた。


黄金色に輝く液体。


細かな泡が、次々と立ち上っている。


グラスの表面には、冷えた証の水滴がびっしりと付いていた。


「待ってました!」


チズルが嬉しそうに声を上げる。


「おお……。」


ハルも思わず笑みを浮かべる。


農業リング主任と紫区画長は、そんな反応を見て満足そうに顔を見合わせた。


さぎりはグラスを見つめ、懐かしそうに微笑む。


「ああ、これだ。」


「美味しいんだよね。」


ミオは興味深そうに泡を眺める。


「これがお酒……。」


「きれい。」


モウブも目を丸くしていた。


「まさか……。」


「ビールにありつけるなんて。」


「初めてです。」


ミオが言う


「あれ?私は20歳になったからいいけど、飲酒の年齢制限ってなかっけ?モウブ君18歳くらいよね?」


ハル、チズル、農業リング主任、紫区画主任、さぎりが一斉に立ち上がり言う


「無い!」


「しらない!何の話!?」


「そもそも酒なんかぼぼ存在してないから!」


「年齢制限も無い!」

挿絵(By みてみん)

ミオは何かを察して、モウブに言う。


「よ、よかったね。」


「じゃあ、主任。」


チズルが農業リング主任を見る。


「お願い。」


「ええ。」


農業リング主任は立ち上がると、静かにグラスを掲げた。


皆も、それに続いてグラスを持つ。


主任は一人ひとりの顔を見渡し、穏やかに口を開いた。

挿絵(By みてみん)

「今年の豊作と。」


「皆さんの健康。」


「そして、エウロパ基地とヘスペリア3とNOAHの安全を願って。」


一拍置き、笑顔で言う。


「乾杯。」


「乾杯!」


グラスが一斉に掲げられた。


それぞれが口をつける。


ごく、ごく、ごく……。


しばし、静かな時間が流れる。


やがて、あちらこちらから声が上がった。


「ああぁー!」


チズルが豪快に息をつく。


ハルも思わず笑う。


「うまい。」


さぎりはグラスを見つめながら、不思議そうにつぶやいた。


「あれ……。」


「前に飲んだときは、こんなに美味しくなかった気がする。」


少し考え、ふっと笑う。


「やっぱり、お風呂上がりだからかな。」


「それとも、みんなで飲んでるからかな。」


「すごく美味しい。」


ミオも感動したように何度もうなずく。


「んんーー。」


「汗をかいた分を、そのまま体が受け取ってくれてるみたい。」


「すごく気持ちいいです。」


「飲みやすくて……美味しい。」


モウブはゆっくりとグラスを置いた。


まだ驚いた表情のまま、小さく笑う。


「こんなに美味しい飲み物が……。」


「あったんですね。」


その言葉を聞きながら、ハルはモウブの横顔を見た。


そして、何も言わずに、にこりと笑った。


初めて知る味。


初めて囲む食卓。


その時間を、モウブが心から楽しんでいることが、その表情だけで十分に伝わってきた。


「それでは、本日のお食事をお運びいたします。」


厨房から調理員たちが姿を現した。


大きな盆には、先ほど説明された料理が丁寧に並べられる。


挿絵(By みてみん)


冷たく締められたそば。


艶のあるめんつゆ。


白い大根おろし。


淡い色をしたとろろ。


そして、揚げたてのかき揚げ。


料理は一人ひとりの前へ静かに並べられていった。


揚げたてのかき揚げからは香ばしい香りが漂ってくる。


「どれ。」


チズルが手を合わせる。


「いただきましょう。」


それに合わせるように、一同も手を合わせた。


「いただきます。」


しかし、誰もすぐには箸をつけなかった。


皆の視線は自然とチズルへ集まる。


食堂担当主任である彼女が、最初の一口をどう評価するのか。


それを見届けようとしていた。


チズルは静かに箸を取る。


まずは、そばだけを一本。


そのまま口へ運び、ゆっくりと噛む。


続いて数本のそばをつまみ、めんつゆへくぐらせる。


音を立てて、ズズッとすすった。


さらに大根おろしを少量加え、もう一口。


今度は、とろろを箸で絡める。


粘り気のあるとろろがそばによく絡み、つゆとともに口へ運ばれていく。


最後に、かき揚げへ箸を伸ばした。


まずは何も付けず、そのまま一口。


衣の食感を確かめるように、ゆっくり味わう。


そして今度は、かき揚げをめんつゆへ軽く浸し、そばと一緒にすすった。


誰一人、口を開かない。


食堂には、箸の触れ合う小さな音だけが響いていた。


皆は固唾をのんで、チズルの表情を見守っていた。


チズルは一通り味を確かめると、満足そうにうなずいた。


そして、周りを見渡す。


「どうしたの。」


「みんな、見てないで食べなよ。」


少し笑いながら、かき揚げを箸で持ち上げる。


「ものすごく美味しいよ。」


「特に、このかき揚げだ。」


「揚げたてのアツアツが、一番おいしい。」


その一言で、皆の緊張がふっとほどけた。


「いただきます!」


今度こそ、一斉に箸が伸びる。


さぎりはそばをつゆにくぐらせ、勢いよくすすった。


ミオは恐る恐るかき揚げを口へ運ぶ。


ユノはその光景を嬉しそうに見つめている。


モウブも静かに箸を取り、初めて目にする料理へ手を伸ばした。


食堂には、そばをすする心地よい音が、あちらこちらから響き始めた。


さぎりはそばをもう一口すすると、嬉しそうに目を細めた。


「これが……アーカイブにあった『そばの香り』ってやつなんだ。」


そばをもう一度ゆっくり噛みしめる。


「すごく香ばしい。」


続いて、めんつゆへくぐらせたそばを口へ運ぶ。


「このつゆも、本当に美味しい。」


「それに、このつゆとかき揚げが、すごく合うわね。」


かき揚げを一口かじる。


揚げたての衣が、さくりと軽い音を立てた。


「かき揚げがサクサクしていて、少し甘みのあるつゆと一緒にそばをすすると、本当に美味しい。」


今度は大根おろしを添えて口へ運ぶ。


「そのあとに、この大根おろし。」


「脂っ気がすっと消えて、本当にさっぱりするわ。」


感心したように何度もうなずく。


その隣で、ミオはとろろをたっぷり絡めたそばをすすっていた。


「この山芋って、すごいね。」


少し考えるように言葉を探す。


「食べていると……大地の香りっていうのかな。」


「そんな感じがする。」


もう一口すする。


「おそばとも、すごく相性がいい。」


そして、めんつゆの器を見つめながら微笑んだ。


「うん。」


「やっぱり、このつゆがすごいね。」


「そばも、大根も、山芋も、かき揚げも。」


「全部を一つにまとめてくれてる。」


その言葉に、紫区画長は嬉しそうに微笑み、農業リング主任も静かにうなずいていた。


チズルは名残惜しそうに、最後の一口を味わった。


「これを、みんなに食べさせてあげられたらなあ。」


その言葉に、紫区画長は少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「収穫量は、もっと増やせそうなんです。」


「ですが……。」


「この状態のそばにするまでが、とても手間でして。」


挽き、こね、延ばし、切り、茹で、水で洗う。


その工程の多さが、大量生産を難しくしていた。


ハルも腕を組んで考え込む。


「うーん……。」


「うどんは押し出して切ってるんだっけか?」


「そうだね。」


「そうだよな。」


その横では、モウブが静かにそばをすすっていた。


一口味わうと、何気ない口調で言う。


「できそうですけどね。」


全員の箸が止まった。


「え?」


モウブは皆の視線に気付かないまま、話を続ける。


「小麦の粉砕で使っている粉砕機を、一台そば専用に転用します。」


「そこでそばを挽いて、そば粉八、別でいつも挽いてる小麦粉二の割合でミキサーへ入れる。」


「そこへ少しずつ水を加えながら練って……。」


指先で空中に工程を描くように説明する。


「ある程度まとまったら、圧延機へ。」


「何段かで少しずつ薄くして、最後のローラーに、この幅の円盤状カッターを並べれば……。」


そう言って、箸でそばの太さを示した。


「そのまま均一に切れます。」


「カッターの直前に長さだけそろえて切れば。」


「たぶん、できます。」


食堂が静まり返る。


ユノが慌ててモウブに駆け寄る。


ハルはモウブを見つめたまま、はっと目を見開いた。

♪(レーー、ミ、ドー、ドー、ソーー)

ハルの頭の中でまたその小節が流れた。


「……おい。」


モウブが顔を上げる。


「はい?」


「今の、もう一回言ってくれ。」


モウブは首をかしげながら、同じ説明を繰り返した。


聞き終えたハルは、大きくうなずく。


「調整は必要だ。」


「でも――できると思う。」


その目は、すでに技術者の目になっていた。


「モウブ。」


「明日、俺の工房に来てくれ。」


「今の案を図面にまとめよう。」


ユノが少し大きな声で言う。


「もっと小規模の似た構造をした機械が、人力のものと、電動のものが地球アーカイブにあります。」


モウブは少し驚いたように目を丸くしたあと、静かに笑顔になる。


「はい。」


「喜んで、お手伝いします。」


紫区画長と農業リング主任は顔を見合わせる。


もしこの案が実現すれば。


ヘスペリア3で、そばは特別な試作品ではなく、多くの人が食べられる料理になるかもしれなかった。


チズルはふと箸を止めた。


「いや……ちょっと待って。」


皆の視線がチズルへ集まる。


「そばは作れるとしてもさ。」


目の前に並ぶ器を指差す。


「こんな特別な器を何種類も用意して、それぞれに盛り付けるんだろ?」


「今の食堂には、そんな余裕はないよ。」


その一言で、その場が静かになる。


ハルも腕を組んだ。


「……ああ。」


「確かに。」


「材料は用意できても、調理と提供する手間が大きいな。」


調理員たちも苦笑しながらうなずく。


食器の数。


盛り付けの手間。


洗浄の時間。


毎日何千食も提供するには、どれも無視できない問題だった。


そのときだった。


「はい。」


ユノが小さく手を挙げる。


皆の視線が集まる。


「地球文化アーカイブに記録があります。」


ユノは落ち着いた口調で話し始めた。


「そばは、このように冷たい麺を別の器で提供する形式だけではありません。」


「温かいそばとして提供される様式も、多数確認できます。」


空中ディスプレイに、一枚の写真が映し出される。

挿絵(By みてみん)

大きな丼の中に、湯気の立つそば。


その上には大根おろし、とろろ、そしてかき揚げが彩りよく載せられている。


「こちらは、うどんの様に一つの丼で提供する形式です。」


「お湯で伸ばしためんつゆに、茹でたままの温かいそばを入れます。」


「冷たいそばと冷たい汁で提供する形も存在あします。」


「その上へ、大根おろし、とろろ、かき揚げなどを載せて完成します。」


「本来は、ねぎなどの薬味を添える例も多く見られます。」


ユノは皆を見回した。


「この方式であれば、使用する器は丼一つだけです。」


「配膳と回収、洗浄の手間も大きく削減できます。」


チズルの目が輝いた。


「なるほど。」


「それなら食堂でも回せそうだ。」


ハルもうなずく。


紫区画長は感心したように息をついた。


「さすが……。」


「地球には、ちゃんと大量提供を考えた食べ方も残されていたんですね。」


ユノは小さく微笑む。


「はい。800年前の記録からあります。」


「地球の食文化は、とても合理的でした。」


ユノの説明を聞き終えると、紫区画長は勢いよく立ちあがり厨房へ駆け込んでいく。


何かを調理員に伝えると


調理員たちが一斉に動き出す。


茹で釜が通電され、だしを温める鍋が運ばれる。


丼が棚から次々と取り出され、調理場はたちまち活気に包まれた。


しばらくして、紫区画長が少し息を弾ませながら戻ってくる。


「皆さん。」


「まだ、お腹には余裕がありますよね?」


その問いに、皆は顔を見合わせて笑う。


チズルが真っ先に答えた。


「もちろん。」


「試作品なら、いくらでも付き合うわよ。」


ハルもうなずく。


「せっかくなら最後まで見届けたい。」


さぎりも笑顔になる。


「私も食べてみたい。」


ミオは元気よく手を挙げた。


「私も!」


モウブも少し照れながら続く。


「ぼ、僕も。」


紫区画長は嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます。」


「完成まで少し時間がかかります。」


「今総出でそばを切っています。」


「その間に……。」


にやりと笑う。


「もう一杯、ビールはいかがですか?」


チズルが待ってましたとばかりにグラスを持ち上げる。


「おっ。」


「いただくか。」


ハルも笑った。


「俺も付き合あうさ!。」


「私も。」


さぎりが手を挙げる。


「私も、いただきます。」


ミオも続く。


「あ、私も!」


モウブは少し遠慮がちにグラスを見つめたあと、小さく笑った。


「ぼ、僕も、いただきたいです。」


調理員たちは笑顔で新しいビールを注ぎ始めた。


食堂には、再び黄金色の泡が揺れていた。


二杯目のビールを楽しみながら、一行は次の試作品が出来上がるのを待っていた。


食堂には穏やかな空気が流れ、厨房からは時折、鍋や器の触れ合う音が聞こえてくる。


その静かな時間の中、モウブがハルへ声をかけた。


「あの……。」


「さっきの、そば作りの構成なんですが。」


ハルがグラスを置く。


「うん?」


モウブは少し考えながら続けた。


「おそらく、一番時間がかかるのはミキサーです。」


「生地を練る工程が、全体のボトルネックになると思います。」


ハルは真剣な表情で耳を傾ける。


「その後の圧延機や切断機の処理速度にもよりますが……。」


「そこへ合わせてミキサーを複数台並べれば、生地を絶やさず供給できます。」


一瞬、ハルは黙り込んだ。


そして、はっとした表情になる。


「ああ……。」


「材料さえ入れ続ければ。」


「あとはラインを止めない限り、そばが次々に出来上がっていくってことか。」


モウブはうなずく。


「はい。」


「そういうことです。」


そして、何かを思いついたように小さくつぶやいた。


「あ……そうか。」


「切断したら、そのまま熱湯へ落として。」


「一定時間、湯の中を流れるように運べば……。」


指先で空中にラインを描く。


「そして茹で茹でるゾーンは持ち上がっていき、お湯が切れた頃そのままそのまま冷水へ降りていく。」


「そこまでを自動化しておけば。」


「厨房では、温かいそばなら温め直すだけ。」


「冷たいそばなら、そのまま盛り付けるだけで提供できますよね。」


ハルは思わず笑みを浮かべると、モウブの肩をぽんと叩いた。


「さっきの裁縫といい。」


「今のアイデアといい。」


「大したもんだよ、君は。」


モウブは照れくさそうに笑う。


「はは……。」


そう言って、グラスを持ち上げると、ビールを一口飲んだ。


その横顔を見ながら、ハルは心の中で確信していた。


――この男は、手先が器用なだけじゃない。


工程全体を見渡し、最も効率のよい形を自然に思い描ける。


完成品見ればそれまでの工程を思い描ける。


さっきは浴衣のミオを一周させてみた。


今のこの男の中には完成品の温かいそばが丼に盛られて


それを皆が食べている事まで思い描かれ。


そのためにはどうしたら良いかの工程がもう出来上がっている。

♪(レーー、ミ、ドー、ドー、ソーー)


俺は目先の物を過去の経験で対応してきただけだ。


この男は維持するだけでは無い。


より良いヘスペリア3と作る。


そんな才能を持っている。


明日の工房で会うのが、ますます楽しみになっていた。


グラスのビールが半分ほど空いた頃だった。


厨房の奥から、湯気を立てる丼が次々と運ばれてくる。


一つ、また一つと、一同の前へ置かれていった。

挿絵(By みてみん)

ふわりと立ち上る湯気。


醤油の香りと旨味の香りが食堂いっぱいに広がる。


その上には、大根おろし、とろろ、そして揚げたてのかき揚げ。


先ほどとはまったく違う表情のそばだった。


料理を運び終えると、調理員の一人が一礼する。


「お待たせいたしました。」


「こちらが、先ほどのお話をもとに試作した、温かいそばになります。」


皆が丼へ視線を向ける。


調理員は説明を続けた。


「今回は一度茹でたそばを流水で締め、提供前にもう一度温め直しております。」


「そこへ、温かい、少し薄めのめんつゆを注ぎました。」


「うどんのつゆに近い味付けです。」


「その上に、とろろ、大根おろし、そしてかき揚げを盛り付けています。」


紫区画長が嬉しそうに付け加える。


「使用する食器は、この丼一つだけです。」


調理員もうなずいた。


「皆さんのお話を伺ってから、切る工程から作りましたが……。」


そう言って、テーブルのグラスへ目を向ける。


「ちょうど皆さんのビールが半分ほどになる時間で完成しました。」


食堂に小さな笑いが起こる。


「先ほどの冷たいそばと比べると、私たち調理員の負担は、はるかに少なく済みました。」


「もし大量提供するのであれば、こちらの方式の方が現実的だと思います。」


調理員は深く一礼した。


「どうぞ、お召し上がりください。」


そして少し照れくさそうに笑う。


「私たち調理員も、向こうで試作品をいただきます。」


そう言うと、厨房の奥へ戻っていった。


「いただきます!」


湯気の向こうに並ぶ丼を見つめながら、一同は新しい「ヘスペリア3のそば」に箸を伸ばした。

皆、一斉に箸を伸ばした。


湯気の立つそばを持ち上げ、静かにすすっていく。


食堂には、心地よいすすり音だけが響いた。


やがて一口目を飲み込むと、誰からともなく顔を見合わせる。


「うまいね。」


チズルが笑う。


「うまいな。」


ハルも思わずうなずいた。


「美味しいです。」


モウブも感心したように箸を止める。


農業リング主任も満足そうに微笑む。


「特に、このかき揚げとの相性が抜群ですね。」


紫区画長も続ける。


「とろろのおかげで、食べ応えもあります。」


チズルは大根おろしを絡めたそばをすすりながら、大きくうなずいた。


「やっぱり、この大根おろしとかき揚げは合うね。」


「それに、この温かいつゆ。」


「いやぁ、うまい。」


さぎりも嬉しそうに笑う。


「うん。」


「とても美味しい。」


もう一口すすってから、ゆっくりと言葉を続けた。


「さっきの冷たいそばの方が、そばそのものの香りは強かったかな。」


「でも……。」


「私は、こっちの温かい方が好き。」


隣で食べていたミオも、大きくうなずく。


「私も。」


「なんだか、すごくほっとする味。」


「体まで温まる感じがする。」


その言葉を聞いた厨房からも、思わず声が上がる。


「おお……。」


調理員たちは顔を見合わせ、ほっとしたように笑顔を浮かべた。


試作品は、確かな手応えを得ていた。


チズルは箸を置くと、農業リング主任へ視線を向けた。


「これを二万八千人前用意するとなると、どれくらいかかるんだい?」


主任は少し考えてから答えた。


「そば自体でしたら、それほど難しくありません。」


「作付け面積を少し広げて、今から播種すれば、約四か月後には収穫できます。」


「大根は年間を通して栽培していますので、いつでも供給できます。」


「かき揚げに使う人参、ごぼう、玉ねぎも、特に問題ありません。」


そこで少し表情を曇らせる。


「問題は山芋ですね。」


「現在ある種芋から増やしていくとなると、量産できるまで半年ほどは必要になると思います。」


ハルがうなずく。


「なるほど。」


主任は続けた。


「ですので、そば、かき揚げ、大根おろしの組み合わせであれば、四か月後には提供可能です。」


「その後は栽培計画にもよりますが、少なくとも年に三回、多ければ四回ほどは全住民へ提供できると思います。」


「山芋入りについては、半年に一度くらいの特別メニューになるでしょう。」


チズルが感心したように聞く。


「そんなに作れるもんなのかい。」


主任は笑った。


「実は、今のそばの作付け面積は本当にわずかなんです。」


「農業リング全体から見れば、0.2パーセントにも満たない面積しか使っていません。」


「需要が見込めるなら、まだまだ増やせます。」


チズルは腕を組み、大きくうなずいた。


「肝心のそばが、それだけ短いサイクルで作れるなら十分だ。」


「まずは一年。」


「年三、四回の提供で様子を見よう。」


「評判が良ければ、そのときに作付けを増やせばいい。」


農業リング主任も笑顔で答えた。


「はい。」


「その方が、農業側としても計画が立てやすいですね。」


食堂には、満足そうな笑顔が広がっていた。


新しい料理は、試作品の段階を越え、ヘスペリア3の新たな定番メニューとして歩み始めようとしていた。


皆が満足そうにそばを味わっていると、ユノがおずおずと手を挙げた。


「あの……。」


皆がユノへ視線を向ける。


「日本連合には、十二月三十一日の夜に、おそばを食べる『年越しそば』という風習があります。」


チズルが興味深そうに聞き返す。


「年越しそば?」


ユノはうなずいた。


「はい。」


「一年を無事に過ごせたことへ感謝し、新しい年も健康で長生きできるよう願いながら、おそばをいただく風習です。」


「地球では、とても多くの人が毎年続けていました。」


食堂が静かになる。


ユノは続けた。


「日本…ヘスペリア3の暦ですと、およそ五か月後になります。」


「もし、その日に皆さんでおそばを食べる習慣を作ることができれば……。」


「地球の文化を一つ、未来へ受け継ぐことができると思います。」


しばらく誰も口を開かなかった。


最初に笑顔になったのはチズルだった。


「いいじゃないか。」


「年に一度、縁起かつぎでみんなで同じものを食べる日があるっていうのは。」


農業リング主任も計算するように指を折る。


「ええ。」


「栽培計画を少し調整すれば、十分間に合います。」


紫区画長も笑顔になる。


「それなら、今年の大晦日は決まりですね。」


「ヘスペリア3、そしてNOAHの最初の年越しそばです。」


食堂のあちこちから笑顔が広がった。


ミオは嬉しそうにユノを見る。


「ユノ。」


「五か月後、また今日みたいにみんなで食べようね。」


ユノも優しく微笑んだ。


「はい。」


「その日を、とても楽しみにしています。」


食堂には、未来の約束が一つ増えていた。


チズルは満足そうに丼を置き、ハルへ向き直った。


「なあ、ハル。」


「頼んだよ。」


「四か月後には、そばの生産ラインを間に合わせておくれ。」


ハルは苦笑しながらうなずいた。


「ああ。」


「わかった。」


そして隣に座るモウブの肩を軽く叩く。


「ただし、一人じゃ無理だ。」


「こいつにも手伝ってもらう。」


突然話を振られたモウブは目を丸くした。


「えっ。」


「ぼ、僕ですか?」


ハルは笑う。


「当たり前だ。」


「ラインの構想を考えたのはお前なんだからな。」


チズルも笑顔でうなずく。


「異議なし。」


「責任者の一人だね。」


食堂に笑いが広がる。


モウブは照れくさそうに頭をかいた。


「はは……。」


「精一杯頑張ります。」


ハルは満足そうにうなずいた。


「よし。」


「四か月後。」


「ヘスペリア3初の、そば生産ライン完成だ。」


誰も反対する者はいなかった。


それはもう、「できたらいいね」という夢ではなく、皆で実現する計画になっていた。


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