第62章ーー美しき布ーー
今回、長いですが挿絵をたくさん用意しましたので
読みやすいかとー
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チズルが紫区画長へ声をかけた。
「ねえ。」
「はい、何でしょう?」
「今日のお昼、あれは用意できるかい?」
紫区画長は、にこりと笑う。
「ああ、あれですね。」
「改良もかなり進みまして、もう少しで実用化できそうなんです。」
「今日は試作品を用意してありますよ。」
チズルもうれしそうに笑った。
「そうかい。」
「じゃあ、みんなで試食に行こうじゃないか。」
「はい。」
「人数分、余裕を持ってご用意できてます。」
区画長がうなずく。
チズルは湯船のみんなを見回した。
「じゃあみんな。」
「お風呂を出たら、お昼を食べに行くよ。」
「そのあと神社へもお参りしよう。」
「はい。」
さぎりとミオが声をそろえて返事をする。
チズルは思い出したように区画長へ尋ねた。
「浴衣はあるかい?」
「はい。」
「貸し出し用なら、いつでも用意してありますよ。」
「それはありがたい。」
チズルは満足そうに笑う。
「じゃあ、お風呂を出たら浴衣を着て繰り出すとしよう。」
紫区画長もうれしそうにうなずいた。
「いいですね。」
お風呂から上がった女性陣は、体を拭きながら浴衣が並ぶ一角へ集まった。
浴衣を目にした瞬間、さぎりとミオの表情がぱっと明るくなる。
「わあ……。」
「綺麗……。」
そこには、色とりどりの浴衣がおよそ五十着ほど並べられていた。
藍色に朝顔。
淡い桃色に桜。
紺地に金魚。
白地に紫陽花。
落ち着いたものから華やかなものまで、さまざまな色柄が揃えられている。
紫区画長は、一足先に薄紫の藤の花柄の浴衣へ着替えていた。
「どれでも好きなものを選んでください。」
優しく微笑みながら言う。
「着付けは私がお手伝いします。」
「本当に好きなのを選んでいいんですか?」
さぎりが目を輝かせる。
「もちろんです。」
「ここはいつもそのようにしてるんです。」
ミオも並んだ浴衣を一着一着眺めながら、小さく微笑んだ。
「どれも素敵ですね……。」
チズルは並んだ浴衣を見渡し、ふっと笑った。
「まあ、年を考えれば、これかな。」
そう言って手に取ったのは、黒を基調に蝶と菊の花が描かれた落ち着いた浴衣だった。
さぎりも浴衣の前で立ち止まる。
「私は……これかな。」
手に取ったのは、薄いえんじ色を基調に金色の模様が入った浴衣だった。
それを見たミオが目を輝かせる。
「わあ。」
「なんだか、すごく似合いそう。」
さぎりは少し照れくさそうに笑う。
「じゃあ、これにしよう。」
今度はミオが浴衣を選ぶ。
「私は……。」
しばらく迷った末、淡いピンクを基調に水色の花が描かれた浴衣を手に取った。
それを見た皆が笑顔になる。
「わあ。」
「似合うじゃない。」
「いいねぇ。」
ミオも少し恥ずかしそうに微笑んだ。
その横で、ユノが浴衣を見回して首をかしげる。
「ここには、私が着られるサイズのものがありませんね。」
十五センチのユノを見て、紫区画長は慌てて両手を合わせた。
「あっ、ごめんなさい。」
「さすがにユノさんのサイズは用意していませんでした……。」
その場にいた全員が思わず吹き出した。
「うーん……。」
紫区画長は少し困ったように腕を組んだ。
「何かできるわけではないんですが……。」
そう言うと、脱衣所の奥にある棚をごそごそと探し始める。
しばらくして取り出したのは、色とりどりの布だった。
一枚が六十センチ四方ほどの大きさで、さまざまな柄がある。
帯の切れ端の様なものもあった。
「数日時間があれば、ユノさんに似合うものを仕立てられたかもしれないんですが……。」
「申し訳ありません。」
「今度お越しになるまでには、ちゃんと作っておきますね。」
「今日は、この中から好きな柄を選んでいただけますか?」
ユノは並べられた布を一枚一枚じっと見比べる。
やがて、一枚の布を手に取った。
薄い緑色の地に、小鳥が描かれた柄だった。
「これが気に入りました。」
「帯はこのピンクのが良いです。」
そう言って、ユノは嬉しそうに両手で抱えた。
「薄い緑色も、小鳥も好きです。」
紫区画長はほっとしたように笑う。
「よかった。」
「その柄、とてもユノさんに似合うと思いますよ。」
周りのみんなも微笑みながらうなずいた。
「ふぅ……。」
チズルが軽く息をついた。
「ちょっと暑いね。」
「広場で少し涼もうか。」
「ハル達はどうしてるだろうね。」
女性陣はのれんをくぐり、浴場の外へ出た。
木陰には心地よい風が吹き抜けている。
広場のベンチへ目を向けると、そこには浴衣姿のハルが座っていた。
その隣には、農業リング主任と浴衣姿の金髪ツインテールの青年が腰掛け、3人で楽しそうに話をしている。
「あれ。」
さぎりが思わず足を止める。
「あの人……。」
ミオも気づき、小さく笑った。
「ツインテールの人だね。」
ユノも静かに二人を見つめる。
「どこにでもいますね。」
その声に、ハルがこちらへ振り向いた。
「おっ。」
「遅かったじゃねえか。」
そして女性陣の姿を見ると、思わず目を細める。
「お前たちも浴衣か。」
「みんな似合ってるな。」
「華やかだ。」
隣に座っていた青年――モウブも感心したようにつぶやく。
「こんな綺麗な柄の布を見るのは初めてです。」
「すごいですね。」
ハルは満足そうに全員を見渡し、うんうんとうなずく。
……しかし。
一人だけ様子が違うことに気がついた。
ユノだけが、いつもの服のまま。
しかも両手には、2枚の布を大事そうに抱えている。
「……ん?」
ハルは首をかしげた。
「あ、そうか。」
ハルはユノを見て納得したようにうなずく。
「さすがにユノの分はないのか。」
紫区画長が申し訳なさそうに頭を下げる。
「ええ。」
「なので、この気に入った柄で、次に来るまでには作っておこうと思いまして。」
ユノは手にした緑色の小鳥柄の布を大事そうに抱えている。
ハルはうなずいた。
「なるほどな。」
そしてチズルへ視線を向ける。
「なあ、チズル。」
「今日、この後はどうするんだ?」
チズルはにやりと笑う。
「ちょうどいい試食品が用意できてるそうだからね。」
「まずはそれを食べるよ。」
「そのあと神社へお参りだ。」
「おっ。」
「悪くないね。」
ハルが笑う。
その時だった。
隣に座っていたモウブが、ハルへ小さな声で話しかけた。
「あの……。」
「僕、多分作れると思います。」
「ん?」
「何を?」
「ユノさんの浴衣です。」
ハルは思わずモウブの方を見る。
「今ここで?」
「はい。」
「道具なら、いつも肌身離さず持っています。」
モウブは懐の中の小さな裁縫道具入れを軽く叩いた。
「このくらいの大きさでしたら、多分十五分もあれば。」
ハルは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑う。
「お、おう。」
「ちょっと待ってろ。」
「みんなに聞いてみる。」
ハルは立ち上がると、女性陣のもとへ歩いていった。
「なあ。」
「ちょっといいか。」
皆がハルへ視線を向ける。
「どうしたんだい?」
チズルが尋ねる。
ハルはモウブの方を親指で示した。
「あいつ。」
「ユノの浴衣、今ここで作れるかもしれないって言ってる。」
「え?」
その場の全員が目を丸くした。
「今ここで?」
紫区画長が驚いた声を上げる。
「ああ。」
「十五分ほどあれば作れるそうだ。」
「裁縫道具も、いつも持ち歩いているらしい。」
さぎりは思わずモウブの方を見る。
「あの人……何者なんですか?」
ハルは苦笑しながら答えた。
「NOAHの裁縫担当らしい。」
「手先がえらく器用なんだそうだ。」
ハルはユノの前にしゃがみ込んだ。
「ユノ。」
「どうする?」
ユノは手にした布を見つめ、それから皆の浴衣姿を見渡した。
少しだけ間を置いて答える。
「できれば……。」
「私も皆さんと同じ格好で、お食事と神社へ行きたいです。」
その言葉に、さぎりが思わず微笑む。
「ユノ……。」
ミオもうれしそうにうなずいた。
「うん。」
「一緒に行こう。」
ハルは静かに立ち上がる。
「よし。」
「それじゃあ、モウブに頼んでみるか。」
ハルはモウブのもとへ小走りで戻った。
「おい、モウブ君。ユノ本人もお願いしたいそうだ。」
その言葉を聞くと、モウブの表情がぱっと明るくなる。
「本当ですか?」
「ありがとうございます。」
モウブはすぐに立ち上がった。
「それでは、その布をお借りできますか。」
「それと、寸法を取りたいので……。」
ユノへ視線を向ける。
「ユノさんを、こちらへお願いできますか?」
ハルが振り返る。
「ユノ、こっちへ。」
ユノは布を抱えたまま、ちょこちょこと歩いてきた。
モウブは周りを見渡しながら微笑む。
「皆さんも、よろしければ近くで見ていてください。」
「すぐ終わりますので。」
興味津々の一同は、自然とモウブの周りへ集まっていった。
モウブはユノを見て微笑むと、隣にいたミオへ声をかけた。
「ミオさん。」
「少しお願いがあるのですが。」
「はい?」
「両手を横に広げて、そのまま一周回っていただけますか?」
「こうですか?」
ミオは言われたとおり、両手を広げ、その場でくるりと一回転した。
モウブは真剣な表情で全身を眺める。
「はい。」
「ありがとうございます。」
「浴衣の構造を確認したかったので。」
続いて、手にしていた布を広げた。
「ユノさん。申し訳ありませんが、この布の上へ横になっていただけますか。」
「寸法の目安にしたいので。」
「わかりました。」
ユノは布の上へ横になる。
モウブは物差しを使うことなく、自分の指を物差し代わりにしながら、長さや幅を確かめていった。
「はい。」
「ありがとうございます。」
「もう大丈夫です。」
「そこで少しお待ちください。」
そう言うと、モウブは布を折り紙のように何度も折りたたみ、頭の中で完成図を組み立てていく。
確認すると、迷いなく鋏を入れた。
一切の無駄がない。
切り分けた布を重ねると、今度は針と糸を取り出す。
指先は迷うことなく動き続けた。
まるでミシンのような正確さと速さで、針が布を縫い進めていく。
周囲の誰もが、その手元へ見入っていた。
しばらくすると、モウブは顔を上げる。
「ユノさん。」
「もう一度お願いできますか。」
「はい。」
ユノは前へ出る。
モウブは形になり始めた小さな浴衣をユノへ当て、肩幅や袖の位置、丈を静かに確かめた。
「ありがとうございます。」
再び座ると、さらに針を走らせる。
糸はまさしく一糸乱れず、縫い目は驚くほど美しかった。
十分ほどすると、モウブは小さく息をついた。
「ひとまず完成です。」
そしてユノへ差し出す。
「今着ている服の厚みは計算に入れていません。」
「それに靴は…バランサーやセンサー、電磁石は入っていそうで間に合いませんでした」
「一度着替えていただけますか。」
ユノは両手で浴衣を受け取る。
「ありがとうございます。」
そう言うと、小さな足で女湯の入口へ駆けていった。
「ユノ、待って。」
さぎりとミオも後を追う。
紫区画長も微笑みながら続いた。
その様子を見ながらハルが言う。
「モウブ君。何故ユノのブーツの仕組みに気づいた?」
「以前から見かけていて…歩き方とかジャンプとか着地とか…ブーツに頼っているなって。」
♪(レーー、ミ、ドー、ドー、ソーー)
ハルの頭の中でまたその小節が流れた。
「驚いたな。」
「今、リンっていうユノの別端末が厨房でテスト稼働中なんだが。」
「俺はその図面を見るまで、ユノ15シリーズのブーツにそういう機構が組み込まれている事に気が付かなかったんだよ。」
「リンちゃんさん。見かけた事があります。走っているところとか見る限り。」
「重心がかなり頭の方にあるんですね。」
♪(レーー、ミ、ドー、ドー、ソーー)
「何故それを!」
「り、リンちゃんさん、見てユノちゃんさんと比べて、お、思っただけです!」
「マジか…脱帽だ。」
とハルは空を仰いだ。
女湯の脱衣所で、ユノはいつもの作業着を脱ぎ、小さな浴衣へ袖を通す。
やがて。
のれんが静かに揺れた。
そして、小さな浴衣姿のユノが姿を現した。
広場にいた全員の視線が、一斉に集まる。
「おお……。」
ハルが思わず声を漏らした。
「すげえ。」
女性陣からも歓声が上がる。
「わあ。」
「すごい。」
「ぴったりじゃない。」
「こんな短時間に…15分かかってなかったわよ。」
ユノは嬉しそうに、自分の袖を見つめた。
「皆さんと、お揃いになれました。」
そしてモウブへ深く頭を下げる。
「モウブさん。」
「ありがとうございます。」
ハルは感心したようにモウブを見る。
モウブは照れくさそうに笑った。
「いえ。」
「慣れですよ。」
「子どもの頃から、ずっと裁縫の仕事をしていましたから。」
「それじゃあ……僕はこれで。」
モウブは小さく頭を下げ、静かにその場を離れようとした。
その肩を、ハルががしっとつかむ。
「おい。」
モウブが振り返る。
「はい?」
「飯と神社、付き合っていけよ。」
思いもよらない言葉だったのか、モウブは目を丸くした。
「え……。」
ハルはそのまま皆の方を向く。
「なあ、みんなどう思う?」
返事はすぐに返ってきた。
「もちろんです。」
さぎりが笑顔で答える。
「ぜひ、ご一緒しましょう。」
ミオも嬉しそうにうなずいた。
「大歓迎ですよ。」
チズルも笑って言う。
紫区画長も穏やかに微笑んだ。
「せっかくですから、ゆっくりしていってください。」
そして、ユノが一歩前へ出る。
「モウブさん。」
「私も、ご一緒したいです。」
その言葉に、モウブは皆の顔を一人ひとり見回した。
歓迎されている。
それが伝わってきて、少し照れたように笑う。
「本当に……いいんですか。」
「こちらでのお食事には、とても興味があります。」
ハルはにやりと笑った。
「嫌だって言っても、連れて行く。」
その一言に、その場はどっと笑いに包まれた。
モウブも思わず吹き出す。
「ありがとうございます。」
「では、ご一緒させていただきます。」
そう言って、深々と頭を下げた。
ハルは満足そうにうなずく。
「よし。」
「じゃあ、昼飯に行くか。」
♪(レーー、ミ、ドー、ドー、ソーー)
皆は笑顔のまま広場を後にし、昼食会場へ向かって歩き始めた。




