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木星の雨音  作者: ぴいちゃん


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第54章ーーリンの提案ーー

お食事が続いてしまっています!


https://x.com/pochidayo

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「おはよう、ユノ。」


静かな地球記憶アーカイブに、さぎりの声が響いた。


巨大なアーカイブ装置の前に立つと、モニターが淡く青白く輝き始める。


次の瞬間、光が人の形を結び、長い髪を揺らしたホログラムのユノがゆっくりと立ち上がった。


「おはようございます、さぎりさん。ミオさん。」


さぎりは微笑みながら尋ねる。


「リンとユノの様子はどう?」


「はい、順調です。」


ユノも穏やかに微笑んだ。


「今、二人でリン用の装置を掃除していますよ。」


さぎりは少し安心したように頷く。


「まだ食堂にはチズルさんしかいないみたいね。」


「ええ。開場前の準備をされているところです。」


「そっか、よかった。」


昨日、新しく配備されたリンのことが少し気になっていたが、問題なく馴染んでいるようだ。


「記憶媒体の整理も、もう少しだからね。今日も頑張ろう。」


「ええ、そうですね。」


ユノは机の上に積まれたケースへ視線を向ける。


「ここからは大型の記憶媒体が増えてきますので、一つあたりの作業時間が長くなると思います。」


これまでにドリルでゆーこされた記憶媒体は二十枚ほど。


それらは「廃棄」と書かれた箱へ収められていた。


ユノから「ブチ込んでください!!」


と言われたものは文字通り乱雑に。


読み出しに成功したものもあったが、何も記録されていないものや、劣化が激しく復旧できなかったものも少なくない。


それらは丁寧に分類されていた。


大型の記憶媒体になると、一枚の解析だけでも三十分以上を要する。


決してユノの能力が劣っているわけではない。


単純に、古い記憶媒体そのものの読み出し速度が非常に遅いのだ。


三人は黙々と作業を続けた。


二枚、三枚と解析を終え、四枚目の大型記憶媒体を読み出し装置へ接続する。


装置が低いうなりを上げ、アクセスランプがゆっくりと点滅を始めた。


さぎりは進行状況を確認すると、ミオへ声を掛ける。


「ミオ、食堂に行こうか。」


ミオも頷いて立ち上がる。


「うん、そうね。」


そして少し笑って言った。


「お昼は食堂にしようよ。」


二人は読み出し中の装置をユノに任せ、静かな地球記憶アーカイブを後にして、食堂へ向かった。


二人が食堂へ着くと、昼食の準備が始まっていた。


厨房では大きな鍋から湯気が立ち上り、半分に切られた保存パンが並べられ、職員たちが慌ただしく動いている。


「こんにちは。」


「こんにちは。」


さぎりとミオは、厨房に立つチズル主任へ声を掛けた。


「あら、二人ともお疲れさま。」


チズル主任は笑顔で迎える。


さぎりは厨房の奥を覗き込みながら尋ねた。


「チズル主任。リンはどうですか?」


「ああ、ええ![」


チズル主任は嬉しそうに笑う。


「私は昨夜、ちょっと早めに帰ったんだけどね。」


「夜中じゅう、ユノちゃんがリンちゃんの面倒を見てたみたいでね。」


「朝来たら、また見違えるような動きになってたよ。」


その言葉どおり、厨房の奥では小さなリンがてきぱきと動いていた。


十五センチほどの体で作業台の上を歩き回り、調理器具を運び。ユノと息の合った作業を続けている。


その動きには、昨日までのぎこちなさはほとんど残っていなかった。


「すごい……。」


思わず、さぎりがつぶやく。


ミオも感心したように頷く。


「本当に一晩でこんなに変わるものなんだね。」


チズル主任は微笑みながら鍋をかき混ぜる。


「昨日はお辞儀で転んでた子とは思えないでしょう?」


「今じゃ、私より気配りがいいくらいよ。」


その言葉に三人は思わず笑い合った。


すると、リンがこちらに気付き、小さく頭を下げる。


「さぎりさん、ミオさん。こんにちは。」


「本日の昼食は予定どおり、あと三十分ほどで試食がご用意できます。」


その丁寧で落ち着いた口調は、昨日よりもさらに自然で、人と話しているのと変わらないほどになっていた。


さぎりは、厨房の奥で忙しそうに動く二人を見つめながら声を掛けた。


「ねえ、ユノ。」


「はい。」


「リンちゃんの実践投入は、いつ頃になりそう?」


ユノは少し考えてから答える。


「うまくいけば、明日の夜ですが。」


「安全を優先するのであれば、明後日の夜になると思います。」


「そっか。」


さぎりは納得したように頷いた。


「あなたはどうするの?」


「明後日までは、私も付き添わせてもらおうかと思っています。」


リンの学習や動作確認には、まだユノのサポートがあった方が安心だ。


「うん、分かったわ。」


さぎりは優しく微笑む。


「よろしくお願いします。」


「はい。」


ユノも穏やかに頷いた。


「じゃあ、今日のお昼はまだ……。」


「はい。今日も私が手伝いします。」


ユノが答えると、その会話を聞いていたチズル主任が笑顔で振り向いた。


「あ、じゃあね。」


「今日のお昼の献立が一通りできたら、あなたたちも一緒に食べていくかい?」


「えっ、いいんですか?」


さぎりが少し驚いたように聞き返す。


「ああ、もちろんさ。」


チズル主任はにっこり笑う。


「今日は昨日とは違う面々で、お昼をいただこうかと思ってるんだよ。」


「リンちゃんも、実際にみんなと一緒に食事の様子を見た方が勉強になるだろうしね。」


ユノも小さく微笑んだ。


「ありがとうございます。」


「それでは、昼食時の観察データも取得させていただきます。」


チズル主任は笑いながら鍋の蓋を閉める。


「ふふっ、相変わらず真面目だねぇ。」


厨房「へえ、楽しみだな。」


さぎりは目を輝かせた。


「ねえリン。今日のお昼は何ですか?」


リンは得意そうに答える。


「今日はね、合成タンパクと野菜のサンドイッチでーす。」


「それに、野菜のスープ。」


「わあ、楽しみ。」


さぎりが笑うと、隣のミオも嬉しそうに頷いた。


「サンドイッチは久しぶりですね。」


「ああ。」


「できたら呼ぶから、それまでそこらで待っといで。」


「はい。」


「ありがとうございます。」


さぎりとミオは揃って返事をすると、厨房の邪魔にならないよう食堂の窓際の席へ向かった。


厨房のカウンター越しに時折ジャンプしてるリンの姿が見える。


ユノとリンが小さな体で忙しく動き回っているようだ。


リンが献立に合わせて調理がされているか確認していく。


昨日よりも息の合った二人の姿を見ながら、さぎりは思わず微笑んだ。


「もう、本当に姉妹みたい。」


その言葉にミオも静かに笑う。


「ええ。」


「見ているだけで、なんだか安心しますね。」


二人は穏やかな昼前の食堂で、出来上がりを楽しみに待つことにした。


厨房には、昼食の準備を進める穏やかな音と、みんなの笑い声が心地よく響いていた。


食堂の窓際の席に座ったさぎりとミオからは、厨房の奥にあるリン専用ドックの様子がよく見えていた。


チズル主任が操作パネルに手を伸ばし、いくつかの項目を確認してから認証キーに触れる。


「それじゃ、リンちゃんの食事をお願いね。」


「はい。」


リンが返事をすると、専用ドックの内部で小さな機械音が響き始めた。


ほどなくして、小さなトレーがゆっくりとせり出してくる。


その上には、リン用に小さく加工された昼食が並んでいた。

挿絵(By みてみん)

食材の形はそのまま残しながらも、リンの各種センサーが解析しやすいよう工夫された特別メニューだった。


チズル主任は、その小さなトレーを見てユノへ尋ねる。


「ユノちゃんは、どうするんだい?」


ユノは穏やかに微笑んだ。


「私は、リンの食事を少し舐めさせていただきます。」


「私は食べることはできませんので、味覚センサーによる確認だけ行います。」


「なるほどね。」


チズル主任は納得したように頷く。


「ドックのリンちゃんの残りは、私がいただこうかね。」


「食品を無駄にはできないからね。」


リンは小さく頭を下げる。


「ありがとうございます。」


そのやり取りを見ていたさぎりは、思わず笑みを浮かべた。


「本当に家族みたい。」


ミオも静かに頷く。


「ええ。」


「リンもユノも、もうこの食堂の一員なんですね。」


リンが厨房のカウンターから飛び出し、テーブルの上を跳ねながら近づいてくる。


「さぎりさん、ミオさん。」


「準備が出来ましたー。」


「はーい。」


二人は席を立ち、厨房でトレーを受け取る。


それぞれが席に戻ると、チズル主任が笑顔で声を掛けた。


「それじゃあ、今日のお昼をいただこうかね。」


「いただきまーす。」


リンの元気な声に合わせ、皆が一斉に手を合わせる。


サンドイッチにかぶりつく。

挿絵(By みてみん)

「うん、野菜がシャキシャキしてる。」


「この合成タンパクも、少し油が入っていておいしいね。」


「いい出来栄えだ。」


あちこちから満足そうな声が上がる。


「夕べ調理長達が言ってた通りだ、定番メニューもみんなで食べるとうまいな。」


「そうね。」


その様子を見ながら、ミオとリンが小さな声で何かを話していた。


「……言ってもいいかしら。」


「いいと思います。」


リンはチズル主任へ顔を向け、小さく手を挙げた。


「チズル主任。」


「皆さんが料理をお取りになった後、そのまま軽く焼き直すことのできる設備はありますか?」


チズル主任は一瞬きょとんとしたが、すぐに何かに気付いたように目を丸くした。


「ああ、そうか。」


「あんたたち、ちょっと食べ切らずに待っといで。」


そう言うと、チズル主任は調理員たちへ声を掛け、足早に厨房へ向かっていった。


チズル主任は、リンの言葉を聞くなり、厨房へ駆けていった。


「これ。すぐ動かせるかい?」


配膳カウンター下流の調理員へ声を掛けながら、一台の装置を指差す。


それは全長1.5メートルほどの小型加熱装置だった。


上流側からコンベア状の金網へ料理を載せると、内部に設置された上下のヒーターが表面を一気に加熱する。十五秒ほどで表面に香ばしい焼き色が付き、下流側から料理が出てくる仕組みだ。


普段は大豆タンパク加工品などを焼き直すために使われている装置である。


調理員が振り返る。


「スイッチを入れるだけですから、すぐ使えますよ。」


「よし。」


チズル主任は満足そうに頷いた。


「今日は、お昼の配膳にこれを使うよ。」


そう言って振り返ると、リンへ向かって笑みを浮かべた。


「なるほどねぇ。」


「タンパク加工品や野菜を焼くだけじゃなくサンドイッチを完成させてから焼くってことだね。」


調理員たちとチズル主任、それにさぎりやミオは、残しておいたサンドイッチをトレーに載せ、加熱装置の前へ集まった。


上流側のコンベアへ一つずつ載せていく。


「おっとっと。」


チズル主任が笑う。


「少し早く歩かないと追いつかないくらいだね。」


一定の速さで流れる金網の上をサンドイッチが進み、内部へ吸い込まれていく。


「これなら人が詰まる心配もないね。」


下流側からサンドイッチが現れた。


表面には香ばしい焼き色が付き、ほんのり湯気が立っている。


しかし上下だけを短時間しか加熱していないため、中の野菜は冷たいまま。


「いただきます。」


皆が一斉にかぶりつく。


しばらく誰も言葉を発しない。


互いに顔を見合わせる。


「……これ、うまいよ。」


「本当だ。」


「どうして今まで思いつかなかったんだろう。」


表面は香ばしく、中はみずみずしい。


焼けたパンの香りと冷たい野菜の食感が、思っていた以上によく合っていた。


皆は夢中で残りを食べ終え、食後のコーヒーを口にする。


「いやぁ。」


チズル主任はカップを置きながら笑った。


「たまにしか使わない、あの機械がこんな役に立つとはね。」


調理員の一人も頷く。


「受け取りのときに各自で焼くなら、好みにも合わせられますし、時間的にも問題なさそうですね。」


「そうだね。」


チズル主任は満足そうに頷いた。


「しばらく様子を見ながら、昼食時は常時動かしてみるのもいいかもしれない。」


「合成タンパクをもう少し焼きたい人もいるだろうし、野菜を軽く温める人がいてもいい。」


「選べるようになれば、食事の楽しみも増えるね。」


その様子を見つめていたリンは、小さく微笑んだ。


料理そのものは変わっていない。


変わったのは、一人ひとりが、自分の好みに合わせて仕上げられるようになったことだった。


この日の昼食は、献立以上に、ヘスペリア3の新しい食文化が生まれた瞬間になった。

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