第42章ーーリンの息吹きーー
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エウロパからの帰還の翌日。
工房には、工具の触れ合う小さな音が続いていた。
ハルは作業台に向かい、分解した循環ポンプの制御部を調べていた。
古い部品だった。
交換してしまえば早い。
だが、まだ使える。
ハルは細い工具の先で接点を整え、端末に表示された数値を確認する。
「……これで、まだまだ使えるな。」
その時。
ユノが静かに微笑んだ。
「お待たせしました。」
ハルは手を止める。
「リンの設計が完了しました。」
ハルはユノへ顔を向けた。
「ありがとう。」
「いいえ。」
「必要な部品と素材をリストにまとめました。ご確認ください。」
ハルは端末を受け取り、一覧を眺める。
必要な素材。
精密センサー、味覚分析ユニット、嗅覚センサー、咀嚼機構、嚥下解析ユニット、消化シミュレーションモジュール、人工筋肉、外装素材……。
立体造形機は必要素材を放り込めば選別し。
原料としてこれらのユニットを作成してくれる。
思わず口元が緩む。
「ずいぶん増えたな。」
「リンは、食文化を理解するための端末です。現在稼働中の十五センチユノより、内部構造はかなり複雑になります。」
「よし。」
ハルは立ち上がった。
「材料を集めよう。」
ハルは工房内。
整備区画の各部署を回って素材を集める。
ハルの人徳のおかげか。
欲しいものを告げると、皆一丸となって探し出してくれる。
「またなにか企んでいるんですか?」
若い管理員がニヤニヤする。
「そのうち見られるさ。」
翌日。
必要な素材がすべてそろい、工房の立体造形機が静かに起動した。
「それじゃあ、始めるぞ。」
ハルが操作パネルに手を伸ばす。
ユノがうなずいた。
「リンの製造を開始します。」
造形機の内部で光が走り、最初の部品が少しずつ形になっていく。
ハルはその様子を見つめながら尋ねた。
「どれぐらいかかるんだ?」
「およそ一週間で完成すると思います。」
「一週間か。」
ハルは少し驚いたように笑う。
「今のユノの端末は、数時間でできたのにな。」
「YUNO15-2の内部構造がかなり複雑です。」
「初の超小型有機物発電機。」
「これの製造に、ほとんどの時間を費やします。」
ハルは造形機へ目を向けた。
「そんなに難しいのか。」
「はい。十五センチの筐体に収めるために、あまりにも小さすぎます。」
「効率は?」
「良くありません。」
ユノは即答した。
「発電される電力より、リン自身が消費する電力の方が多くなります。」
「じゃあ、充電は必要か。」
「はい。」
「……だろうな。」
ハルは苦笑しながら、透明な造形チャンバーを見つめた。
そこでは、まだ骨格の一部しか形になっていない。
「リンの完成後は、専用ドックの製造を行います。」
「そっちも必要だな。」
「はい。充電、自己診断、味覚センサーの校正、各種メンテナンスを行う設備になります。」
「それはどれぐらいだ?」
「一日ほどで完成すると思います。」
「わかった。」
ユノが、ふと思い出したように言った。
「そういえば以前、リンがサンプルとして十分の一を食べた残りの保存パンも、皆さんに提供すると言いましたよね。」
「ああ。」
ハルがうなずく。
「運の悪い人が、それに当たるって話だったな。」
「はい。」
ユノは少し笑った。
「でも、ちょっと面白いことを思いつきました。」
「なんだ?」
「リンが食べた後の保存パンを、他の配膳用の保存パンと一緒に置きます。」
「ああ。」
「そして、その保存パンを手に取った人に、リンから声をかけます。」
ハルが眉を上げた。
「声を?」
「はい。」
ユノは楽しそうに続けた。
「ご一緒してもいいですか、と。」
ハルは少し黙った。
やがて、口元を緩める。
「なるほど。」
「本人には、自分がその保存パンを手に取ったことは知らせません。」
「知ってるのは?」
「リンだけです。」
「要するに、くじ引きか。」
「はい。」
ユノは少し笑った。
「当たりと考えるか、外れと考えるかは、選ばれた人の考え次第ですが。」
ハルは思わず笑った。
「完全にランダムか。」
「はい。」
「何千個もある保存パンの中から、たまたまそれを手に取った住民に、リンが声をかけるってわけか。」
「そうなります。」
少し間を置いて。
ユノは続けた。
「ただし、この仕組みは絶対に秘密にしてください。」
「仕組みが知られたら?」
「十分の一欠けたパンを探す人が出て、偶然性が壊れます。」
「なるほど。」
「それに。」
ユノは少し笑った。
「パンの前で、人の流れが滞ってしまいます。」
ハルは思わず笑った。
「面白い。」
少し考えてから、うなずく。
「いいと思う。」
「だが。」
ハルは造形機へ目を向けた。
「俺がリンと食事するのは難しそうだ。」
「いいえ。」
「ん?」
「試運転をするのは、ハル主任ですよ。」
ハルがユノを見る。
「ですから、リンとの最初の食卓はあなたです。」
「俺か。」
「はい。」
そしてユノは続けた。
「チズルさん。」
「さぎりさん。」
「ミオさん。」
少し間を置く。
「15cmユノも」
「ぜひ、同席させてください。」
ハルは笑顔で大きくうなずいた。
「義理堅いんだな。」
「私は日本製なので。」
ハルは立ち上がって伸びをする。
「じゃあまずは、リンの誕生を待とう。」
動き始めた立体造型機を見ながらハルは言った。




