第37章ーーエウロパ基地ーー
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エアロックのハッチが開いた。
冷たい空気が流れ込む。
エウロパ基地。
二十年前。
さぎりの両親が働いていた場所だった。
「行こう。」
さぎりが言う。
窓の向こうには氷原が広がっている。
そのさらに向こう。
巨大な木星。
ミオは何度も窓の外を見ていた。
「大きいですね……。」
「初めてだからね。」
さぎりが笑う。
「映像で見るのと全然違います。」
「うん。」
ユノも窓際によじ登った。
『木星です。』
「見れば分かる。」
『確認です。』
「何の。」
『木星であることの確認です。』
ミオが吹き出した。
ハルも笑う。
「相変わらずだな。」
反対側には受け入れ射出装置が並ぶ。
基地の中央区画へ進む。
途中。巨大な観測窓から発電施設が見えた。
3つの核融合炉。
エウロパ基地の心臓部だった。
「これが核融合炉ですか。」
ミオが見上げる。
「そう。」
さぎりが頷く。
「基地の電力は全部ここから。」
ハルが補足した。
「基地だけじゃない。」
「ヘスペリア-3の全部のエネルギーの元だ。」
ミオが窓の向こうを見る。
巨大な施設は静かに稼働を続けていた。
「全部ですか?」
「全部だ。」
ハルは頷く。
「ここから射出された氷輸送船は時速千二百二十キロでヘスペリア-3へ向かう。」
「でっかい氷を背負ってな。」
「到着すると、へスペリア3の外周リングに引っかかる。」
「その時の運動エネルギーをリングへ渡す。」
「リングの回転維持に使われるし、余った分は電力になる。」
ミオは少し考える。
「つまり。」
「エウロパで作ったエネルギーを船で運んでるんですね。」
「まあ、そういうことだ。」
「ただし。」
「大事なのは運動エネルギーだ。」
「電気を運んでるわけじゃない。」
ハルは笑った。
低い振動が足元から伝わっていた。
人類の暮らしを支える鼓動のようだった。
その後。
四人は射出施設が見やすい場所へ向かった。
巨大な窓の向こう。
一本の射出システムが見える。
長さ五千メートル。
地平線へ向かって伸びていた。
「帰りはここから飛ぶの?」
ミオが聞く。
「そうだ。」
ハルが答える。
「到着した時に回収したエネルギーを使う。」
窓の向こうでは巨大なフライホイール群が回転していた。
先ほど自分たちが持ち込んだ運動エネルギー。
空荷の輸送船が圧縮したバネ。
それが今も蓄えられている。
「すごいですね。」
「木星圏は何でも再利用だ。」
ハルが言う。
「無駄にできない、もったいないからな。」
やがて。
四人は基地の外れへ向かった。
そこには小さな広場があった。
派手なものではない。
静かな慰霊広場だった。
その新しい方に。
さぎりの両親の名前があった。
さぎりは石碑の前に立ち手を合わせる。
しばらく何も言わなかった。
木星の光が静かに降り注いでいる。
「お父さん。」
「お母さん。」
少しだけ笑う。
「元気にしてる。」
「ちゃんと暮らしてる。」
そして。
ミオを見る。
「それから。」
少し照れたように。
「友達ができた。」
首を横に振る。
「ううん。」
「大切な人ができた。」
ミオは少し驚いた顔をした。
「この子がミオ。」
「NOAHって船から来た子。」
静かな時間が流れる。
ミオが一歩前へ出た。
「初めまして。」
「ミオです。」
小さく頭を下げ手を合わせる。
「さぎりにはいつも助けてもらっています。」
「これからも仲良くしていきます。」
そして。
「見守っていてください。」
その隣で。
ユノが石碑を見上げていた。
十五センチしかない体。
それでも真っ直ぐ前を向いている。
『初めまして。』
『ユノです。』
少しだけ間を置く。
『お二人のお嬢さんは。』
『とても立派な人になりました。』
それだけ言った。
「何その親戚みたいな挨拶。」
さぎりが笑う。
『事実です。』
「否定できないな。」
ハルが言った。
ミオも頷いた。
しばらく静かな時間が流れた。
そして。
ハルが一歩前へ出た。
「ハル?」
「ちょっとな。」
石碑を見上げる。
そこに刻まれたさぎりの父の名前。
若い頃。
工具箱を抱えて走り回っていた頃。
何度も助けてもらった人。
ハルは少し笑って手を合わせる。
「先輩。」
静かな声だった。
「ご無沙汰してました。」
風はない。
音もない。
「相変わらずですよ。」
苦笑する。
「機械は壊れるし。」
「新人はミスするし。」
「書類は減らないし。」
後ろでミオが小さく笑った。
「でも。」
ハルは振り返る。
さぎりを見る。
ミオを見る。
ユノを見る。
「こいつらは預かってます。」
少し照れ臭そうに続けた。
「ちゃんとやってますよ。」
それだけだった。
それからしばらく誰も何も言わずに慰霊碑を見上げていた。
けれど。
それで十分だった。
ミオは慰霊碑をもう一度見上げた。
「……さぎりのお父さんとお母さんに挨拶できてよかった。」
さぎりは小さく笑いミオの手を取る。
ミオは刻まれた名前を眺める。
「あれ?」
首を傾げる。
「名前のところにあるこの年号って……亡くなった年ですよね?」
「そうだよ。」
「でも……。」
慰霊碑の上の方を指さした。
「この方たち、二百年以上前に亡くなってます。」
「NOAHが木星へ向かってる途中ですよね?」
ハルは静かに頷いた。
「その理由は、ヘスペリア3って名前にある。」
「その話をしたかった。」
「え?」
「みんな『ヘスペリア3』って、わざわざ『3』まで付けて呼ぶだろ。」
「うん。」
「あれは、このエウロパ基地が、『ヘスペリア1』だからなんだ。」
「それだけじゃない。」
ハルは慰霊碑へ視線を向けた。
「『ヘスペリア2』を忘れないためでもある。」
「だから今でも、『ヘスペリア』と呼ばずに『ヘスペリア3』って呼ぶんだ。」
さぎりが言う
「学校で。」
「先生にヘスペリアって呼んでは駄目なの?」
「って、聞いたら」
「じゃあさぎりは【さぎ】って呼ばれてどう思う?」
「3はただの数字としての3じゃないのよ。」
「すりー、でも、さん、でも良いから必ずちゃんとそう呼びなさい。」
「って言われた事があったよ。」
ユノが説明を引き継ぐ。
『NOAH計画とヘスペリア計画は、ほぼ同じ時期に開始されました。』
『NOAHは当初、エウロパへの到着を目標としていました。』
『その受け入れ拠点として建設されたのが、エウロパ基地――ヘスペリア1――です。』
『しかしNOAHは減速に失敗し、エウロパを、木星を通過してしまいました。』
『そこで建設済みだったヘスペリア1を活用するため、新たな居住ステーション計画が始まりました。』
「それがヘスペリア2だ。」
ハルが続けた。
「今のヘスペリア3とほぼ同じ構造だった。」
「しかし、当時の当たり前の発想として、大型の核融合炉が積まれていた。」
「NOAHにもあるだろ?」
ミオが頷く。
「氷だけエウロパから供給されれば、十分だと思われていた。」
「でも建設初期に、搭載していた核融合炉のテスト中に重大事故が起きた。」
「ヘスペリア2はエウロパ軌道上で消滅した。」
「慰霊碑の上の方の100人くらいが犠牲になった方々の名前だ。」
ミオは言葉を失う。
『この慰霊碑には、エウロパ基地…へスペリア1はもちろん、ヘスペリア2の事故で亡くなった方々の名前も刻まれています。』
「一番上の方々はこの基地の建設中に亡くなった方々です。」
『二百年以上前の日付があるのは、そのためです。』
しばらく誰も話さなかった。
ハルは再び口を開く。
「その失敗を踏まえて、ヘスペリア3には大型の発電設備はない。」
「いや。」
「正確には違う。」
「実際には予測できない事態に対応するため、核融合炉は積まれているが動かしていない。」
「代わりに、エウロパ基地から運動エネルギーを受け取る設計になった。」
「そしてヘスペリア3の建造と同じ時期に、このエウロパ基地には巨大なフライホイール群と、受入れ・射出システムが造られた。」
「輸送船が持ち込む運動エネルギーを蓄え、必要な時にはまた輸送船へ返す。」
「今のお前たちが見た、あの巨大な設備だ。」
二百年以上前から。
人類の暮らしを支え続けているように。
そして四人は静かに慰霊碑を後にした。
窓の向こうでは、巨大な射出設備が静かに動き続けている。
さぎりがポツリと言う。
「あの核融合炉とか、基地居住区とかは。」
「200年以上前に建てられたんだね。」
ちょうど、氷を満載した輸送船が射出装置の上で加速をはじめていた。
人類の暮らしを支え続けるために。
しばらく誰もが、その光景を見つめていた。
さぎりが小さく首をかしげる。
「私……そんなこと、学校で習わなかったよ?。」
ハルは苦笑した。
「だろうな。」
「俺も詳しいことは知らなかった。」
「保管庫でユノと話していて、細かいところを教えてもらったんだ。」
ユノは胸を張る。
『歴史資料の管理は私の業務です。』
「便利だな。」
ハルが笑う。
『ありがとうございます。』
ミオも思わず笑った。
四人は振り返ってもう一度慰霊碑を見上げる。
ここには人類の種の保存にかける強い意思の歴史があった。
その向こうでは、氷を満載した輸送船が静かにヘスペリア3へ向けてゆっくりと加速を続けていた。
人類の種を未来へ残す、そのために。




