第30章 ――朝帰り――
ユノのお母さん――エララと会ったあと。
さぎりが小さく笑う。
「じゃあ、うちに還ろう。」
「うん。」
NOAHとヘスペリア3を結ぶドッキングベイをあとにする。
通路を進み、三人は無重力区画トラムへ乗り込んだ。
車内には数人の作業員がいるだけだった。
静かな加速。
窓の向こうで、巨大なNOAHがゆっくりと遠ざかっていく。
誰も話さなかった。
それぞれが、さっき見た部屋を思い返していた。
エララ。
人工子宮。
そして、静かに並んでいた数え切れないほどの培養槽。
やがてトラムは居住区画へ到着した。
エレベーターがゆっくりと下降する。
無重力から人工重力へ。
体が少しだけ重くなる。
扉が開いた。
いつものヘスペリア3だった。
明るい照明。
行き交う人々。
ミオが笑う。
「商店街、寄ってかない?」
さぎりは自分の制服の袖を少しつまんだ。
「昨日暑かったし。」
「シャワー浴びてからにしようよ。」
ミオも自分の髪に触れる。
「うん。」
「暑かったもんね。」
二人が笑い合いながら歩いていると、向こうから見慣れた人物が歩いてきた。
工具箱を肩に担いだ作業服姿の男。
ハル主任だった。
「お。」
すれ違いざま、足を止めてにやりと笑う。
「なんだ?」
「朝帰りか?」
さぎりの肩がびくっと跳ねた。
「えっ!」
「あ、いや、その……。」
「話し込んでたら、いつの間にか寝ちゃって……。」
「ご、ごめんなさい。」
慌てて頭を下げる。
その横でミオもぺこりと頭を下げた。
「はい。」
「すいませんでした。」
「ごめんなさい。」
そして少し顔を上げる。
「でも、ユノから管制に連絡は入ってるはずなので。」
「大丈夫だと思います。」
ハルは一度頷いた。
「ああ。」
「そうか。」
それだけ言うと、いつものように歩き出しかける。
しかし、二、三歩進んだところで振り返った。
「そうだ。」
「おばちゃんも土産話、楽しみにしてるぞ。」
「夜には食堂へ来いよ。」
少し笑って付け加える。
「今日は金曜日だぞ。」
その一言で、さぎりの表情がぱっと明るくなった。
「……あ。」
「金曜日。」
ミオも思い出したように笑う。
「カレーの日だ。」
三人は顔を見合わせて笑った。
ミオの手を掴んでさぎりが言う。
「じゃあ、早くシャワー浴びて。」
「一緒に浴びれば早いよ!」
ミオの言葉にさぎりが笑う。
「そうだね。」
「商店街に行って。」
「うん。」
「食堂に行こう!。」
「はーい!。」
さっきまで胸に残っていた静かな余韻はそのままに。
手を繋いだ2人の足取りは、少し軽くなっていた。




