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木星の雨音  作者: ぴいちゃん


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26/62

第26章 ――生きるための食事――

 NOAHでのお食事会!

ここの会話は我ながら好きです!


学校を出た後。

三人はさらにNOAHの奥へ進んでいた。

通路は相変わらず狭い。

だが。

人の気配がある。

生活の匂いがある。

さぎりは少し不思議な気持ちになっていた。

二百年以上漂流した船。

もっと暗い場所を想像していた。

だが違う。

人々は普通に暮らしている。

笑い。

働き。

生きている。

ミオが立ち止まった。

「次はここ。」

大きな隔壁扉。

扉が開く。

その瞬間。

さぎりは足を止めた。

「え。」

目の前に広がっていたのは。

農業区画だった。

挿絵(By みてみん)

だが。

ヘスペリア-3の農業リングとは全く違う。

狭い。

低い。

通路の両側に栽培棚が積み重なっている。

何段も。

何段も。

天井近くまで。

白い照明。

養液配管。

循環ポンプ。

どこまでも続く栽培設備。

「これ全部農場?」

「うん。」

ミオが頷く。

さぎりは思わず周囲を見回した。

ヘスペリア-3の農業リングは広い。

空がある。

公園のような場所すらある。

だが。

ここには余裕がない。

一平方メートルも無駄にできない。

そんな空気があった。

「すごい。」

さぎりは素直に言った。

ミオが少し笑う。

「褒めてる?」

「褒めてる。」

本気だった。

決して豊かではない。

だが。

この船は二百年以上。

この設備で人を生かしてきた。

その事実に圧倒される。

ユノが栽培棚を見上げる。

「効率優先設計です。」

「そうだろうね。」

さぎりは頷いた。

「ヘスペリアと真逆。」

「はい。」

ヘスペリアは余裕がある。

NOAHは余裕がない。

その違いが。

そのまま農業区画に現れていた。

しばらく歩く。

葉物野菜。

豆類。

藻類培養設備。

きのこ類。

どれも実用品だった。

観賞用植物は一つもない。

「花とかないんだ。」

さぎりが言う。

ミオは少し考えた。

「ない。」

そして。

少し笑う。

「食べられないから。」

その答えが。

NOAHらしかった。

やがて。

農業区画を抜ける。

今度は別の通路へ入る。

ミオが振り返った。

「お腹空いた?」

「少し。」

「じゃあ次。」

少し得意そうに笑う。

「食堂。」

数分後。

三人は食堂へ到着した。

NOAH中央食堂。

人は多い。

賑やかだ。

笑い声もある。

だが。

さぎりは最初に違和感を覚えた。

匂いだった。

食堂なのに。

匂いが少ない。

ヘスペリア-3なら。

パンの匂い。

スープの匂い。

カレーの日ならスパイスの匂い。

様々な香りが漂う。

だが。

ここにはそれがない。

「……。」

ミオが笑った。

「気付いた?」

「うん。」

列に並ぶ。

配膳を受ける。

トレーを受け取る。

挿絵(By みてみん)


席に座る。

そして。

さぎりは料理を見た。

正確には。

栄養食だった。

淡い色。

均一な形。

必要な栄養素をまとめた主食。

発酵タンパク食品。

藻類加工品。

野菜と思われるペースト。

全てが効率的だった。

全てが合理的だった。

そして。

驚くほど地味だった。

「これが普通?」

さぎりが聞く。

ミオは頷く。

「普通。」

「ずっと?」

「ずっと。」

「でも、ヘスペリア-3と接続されてからは、食料の補給もあるんでしょ?」

「あるよ。」

「じゃあ、なんで?」

さぎりは首を傾げた。

「もっと美味しいものを作らないの?」

ミオは少し考えた。

そして笑った。

「その質問、ヘスペリア-3の人はよくする。」

「だって。」

「でもね。」

ミオはフォークを持ち上げる。

「この食事の方がいいって人もいるのよ。」

「え?」

「生まれてからずっとこれを食べてるんだもの。」

さぎりは黙った。

ミオは続ける。

「私たちにとってはこれが普通。」

「普通……。」

「逆にヘスペリア-3の料理は味が濃いって言う人もいる。」

「カレーも?」

「カレーも。」

さぎりは少し驚いた。

あのカレーが。

味が濃い。

そんな感想になるとは思わなかった。

「慣れってすごいでしょ?」

ミオが笑う。

さぎりも苦笑した。

確かにその通りだった。

二人は手を合わせ言う。

「いただきます。」

そして。

一口食べる。

数秒。

沈黙。

ミオが聞く。

「どう?」

さぎりはさらに考える。

そして。

慎重に答えた。

「健康に良さそう。」

ミオが吹き出した。

「そういう感想になるよね。」

ユノも試料を分析する。

「栄養価は非常に優秀です。」

「うん。」

ミオが頷く。

「それは知ってる。」

「味は?」

ユノは数秒考えた。

さらに数秒考えた。

そして。

「栄養価は非常に優秀です。」

ミオが机に突っ伏した。

さぎりも吹き出した。

それが答えだった。


しばらくして。

さぎりは食堂を見回した。

相変わらず。

料理は質素だった。

匂いも少ない。

決して豊かとは言えない。

だが。

皆普通に食べている。

挿絵(By みてみん)

誰も不満そうではない。

むしろ。

楽しそうに話している人もいる。

その時だった。

隣の席から声が聞こえた。

「移住申請出した?」

ツインテールにした若い男性だった。

向かいの女性が首を振る。

「出してない。」

「なんで?」

「ここが家だから。」

当たり前のような返事だった。

男性は少し笑う。

「ヘスペリアの方が広いぞ。」

「知ってる。」

「飯も美味い。」

「知ってる。」

「風呂もある。」

「知ってる。」

女性は少し考えた。

そして。

静かに言った。

「でも。」

「ここが家だから。」

さぎりは思わず耳を傾けていた。

女性は続ける。

「私はここで生まれたし。」

「ここで育ったし。」

「父さんも母さんもここにいるし。」

少し笑う。

「今さら引っ越す気しない。」

「ヘスペリアには必要な時にお世話になれば良いと思う」

男性も笑った。

「まあな。」

「今はNOAHも。」

「安全で、水や食料に困らない。」

「何かあっても避難場所もあるしな。」

二人は何事もなかったように食事へ戻る。

ミオが小さな声で言った。

「結構いるよ。」

「え?」

「移住しない人。」

さぎりは少し驚いた。

正直。

もっと多くの人がヘスペリアへ移ると思っていた。

「だって。」

ミオは食堂を見回す。

古い壁。

使い込まれた机。

質素な食事。

狭い通路。

そして。

笑っている人たち。

「ここ故郷だもん。」

静かな声だった。

その時。

さぎりは初めて理解した。

NOAHは貧しいわけではない。

少なくとも。

ここで生まれ育った人々にとっては。

ここが世界だった。

ここが故郷だった。

ヘスペリアの方が豊かでも。

ヘスペリアの方が快適でも。

故郷は別なのだ。

ユノが言った。

「興味深いです。」

ミオが聞く。

「何が?」

ユノは食堂を見回した。

そして。

静かに答えた。

「人類は合理性だけでは移動しません。」

その言葉に。

さぎりは少し笑った。

「そうだね。」

ヘスペリアの方が合理的。

ヘスペリアの方が豊か。

それは事実だ。

だが。

故郷というものは。

どうやらそれだけではないらしかった。

ミオはスプーンを置く。

そして。

少し笑った。

「だから。」

「ヘスペリアのカレー好き。」

さぎりも笑った。

「だろうね。」

「うん。」

即答だった。

その時。

ユノが言う。

「理解しました。」

二人が振り向く。

「何を?」

ユノは真顔だった。

そして。

静かに答えた。

「ミオが毎週金曜日を楽しみにしている理由です。」

食堂に笑い声が響いた。

NOAHの人々も。

少し不思議そうにこちらを見ていた。

その夜。

さぎりは改めて思った。

NOAHは不自由な船ではない。

豊かな船でもない。

生き延びるために。

二百年かけて磨き上げられた文明だった。

そして。

その中で生まれ育ったミオは。

想像していたより。

ずっと強かった。


次回、NOAHとヘスペリアの意外な共通点とは

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