第24章 ――境界線――
さぎりとユノはいよいよNOAHへ
2週間ほど前に提出したNOAH搭乗の申請は、
とっくに受理されていたが
15cmユノの慣らしの為に少し日数を置いていた。
NOAH訪問当日。
ミオは少し早く目が覚めた。
窓の向こう。
木星がゆっくり流れている。
いつもと同じ景色。
だが。
今日は少し違った。
今日は。
さぎりが初めてNOAHへ来る日だった。
朝食の席。
保存パン。
果物。
温かい飲み物。
いつも通り。
だが。
どこか落ち着かない。
「緊張してる?」
ミオが聞く。
さぎりは即答した。
「してない。」
「してる。」
「してない。」
「してる。」
ユノが言った。
「さぎりは緊張しています。」
二人が振り向く。
「ユノ。」
「はい。」
「余計なこと言わない。」
「事実です。」
15cmユノは2人の家への同居の許可が出ていて、一緒に住んでいた。
ユノは真顔だった。
ミオは吹き出した。
しばらくして。
三人は居住リングを出た。
トラムに乗り。
中央港湾区画。
NOAHとの接続ゲートへ向かう。
途中。
ユノは一度転んだ。
ごろん。
「転倒しました。」
「知ってる。」
二人同時だった。
最近の定番になっていた。
しばらく歩く。
ユノは小さな足で一生懸命ついてくる。
だが。
やはり歩幅が違う。
少しずつ遅れていく。
それを見ていたさぎりが立ち止まった。
「ユノ。」
「はい。」
「少しでも高い方がよく見えるかもだから……私の頭に乗る?」
ユノは瞬きをした。
「頭ですか。」
「うん。」
少し考える。
そして真面目な顔でうなずいた。
「ぱいるだーですね。」
「ぱいるだー?」
「頭上搭乗位置です。」
「そんな名前なの?」
「地球文化アーカイブの記録です。」
「意味は分かるの?」
「分かりません。」
いつもの返答だった。
さぎりは苦笑する。
「じゃあ、ぱいるだーで。」
「了解しました。」
ユノはさぎりの肩によじ登り。
そこから頭の上へ。
慎重にしがみつく。
「どう?」
ミオが尋ねる。
ユノは周囲を見回した。
少しだけ目を見開く。
「視界が向上しました。」
「よかったね。」
「はい。」
少し間を置いて。
「現在、ぱいるだーです。」
どこか誇らしげだった。
やがて。
巨大な接続ゲートが見えてくる。
多くの人が行き来している。
整備員。
保守員。
NOAHの乗員。
ヘスペリア-3の職員。
今では日常の風景になりつつあった。
だが。
さぎりにとっては違う。
その向こう側。
接続通路の先。
そこにNOAHがある。
十一年間。
通信し続けた船。
ミオが生まれ育った船。
ずっと画面の向こうにいた船。
その入口が。
今。
目の前にあった。
「行こうか。」
ミオが言う。
さぎりは小さく頷いた。
三人は接続通路へ入る。
長い通路だった。
窓の外には。
NOAHの船体が見える。
白い外装。
何度も補修された跡。
継ぎ接ぎの装甲板。
二百年以上の歳月を生きた船。
さぎりは思わず見上げていた。
「本当に帰って来たんだ。」
小さく呟く。
ミオは少し笑った。
「帰って来たよ。」
その言葉には。
十一年分の重みがあった。
通路を進む。
少しずつ景色が変わる。
ヘスペリア-3側の白く明るい照明。
広い通路。
開放的な空間。
それが。
少しずつ変わっていく。
照明は少し暗くなる。
壁の色も違う。
空気の匂いも違う。
どこか機械の匂いがする。
そして。
前方に扉が見えた。
ミオが立ち止まる。
「ここ。」
さぎりも止まる。
「ここからNOAH。」
静かな声だった。
さぎりは扉を見つめる。
たった一枚の扉。
だが。
その向こうには。
ミオの人生がある。
二百年以上続いた文明がある。
そして。
十一年間の思い出がある。
ユノが言った。
「緊張しています。」
ミオが笑う。
「ユノも?」
「はい。」
「初めてですので。」
それはそうだった。
ユノも初めてNOAHへ行く。
そのためにこの小さな身体を作った。
さぎりは小さく笑った。
「じゃあ。」
「一緒だね。」
ミオ。
ユノ。
二人とも頷く。
扉が開く。
ゆっくりと。
静かに。
そして。
NOAHの通路が現れた。
さぎりは一歩踏み出す。
足音が響く。
周囲を見回す。
数秒。
沈黙。
そして。
最初の感想を口にした。
「狭い。」
ミオが吹き出した。
「やっぱり!」
ユノも周囲を見る。
数秒考える。
そして。
「狭いです。」
「ユノまで!?」
ミオが笑い続ける。
だが。
さぎりも。
ユノも。
本気だった。
ヘスペリア-3の通路は広い。
余裕がある。
だが。
NOAHは違う。
空間を無駄にしない。
全てが機能優先。
効率優先。
二百年前の人々が生き延びるために作った船だった。
さぎりは通路の奥を見る。
どこまでも続いている。
ミオが育った世界。
そして。
十一年間。
画面越しに繋がっていた場所。
その景色が。
ようやく目の前にあった。
「案内するよ。」
ミオが言った。
さぎりは笑う。
「うん。」
ユノも頷く。
「お願いします。」
三人は歩き出した。
NOAHの奥へ。
新しい冒険の始まりだった。
NOAHの冒険が続きます。




