第22章 ――私も行きたいです――
今回は物語に重要な要素がたくさんありますので、お見逃しなく!
日常は穏やかに続いていた。
ミオはヘスペリア-3での暮らしに慣れ始めていた。
朝。
さぎりと朝食を食べる。
昼。
それぞれの仕事や見学へ向かう。
夜。
食堂で合流する。
そんな日々。
そして。
今日の夕食時だった。
「だからその量じゃ足りねえって言ってんだろ!」
食堂の奥から怒鳴り声が響く。
ミオがびくっと肩を震わせた。
「ひゃっ。」
振り向く。
そこでは。
ハル主任と食堂のおばちゃんが向かい合っていた。
「足りるよ!」
「足りねえ!」
「足りる!」
「足りねえ!」
周囲の住民たちは気にもしていない。
普通に夕食を食べている。
ミオだけが落ち着かない。
「なんか……」
少し不安そうに言う。
「喧嘩してるけど大丈夫なの?」
さぎりはカレーを一口食べた。
「ああ。」
全く気にしていない。
「大丈夫。」
「しょっちゅうだから。」
ミオは少し考えた。
「あ。」
「そういえば。」
「よく喧嘩してるよね。」
初めて会った日も。
その後も。
何度か見ている。
毎回言い争っている気がする。
さぎりは笑った。
「喧嘩するほど仲がいいっていうしね。」
ミオは首を傾げた。
「え?」
「どういうことですか?」
今度はさぎりが首を傾げた。
「あれ?」
少し考える。
「あれ、言ってなかったっけ?」
「何を?」
さぎりは当たり前のように言った。
「あの二人。」
「夫婦なのよ。」
ミオが固まった。
数秒。
完全に停止した。
「……え?」
さぎりは頷く。
「夫婦。」
「え?」
「結婚して一緒に住んでる。」
「ええっ!?」
思わず立ち上がる。
周囲の視線が集まった。
ミオは慌てて座り直す。
もう一度。
喧嘩中の二人を見る。
「足りる!」
「足りらん!」
「足りるって言ってんだろ!」
「お前が食い過ぎなんだよ!その腹はなんだ!」
ものすごい勢いだった。
ミオは呆然と呟く。
「夫婦……?」
「夫婦。」
「本当に?」
「本当に。」
ミオは再び二人を見る。
どう見ても喧嘩している。
だが。
言われてみれば。
どちらも少し楽しそうだった。
「信じられない……」
さぎりは笑った。
「みんなそう言う。」
その時。
おばちゃんがこちらに気付いた。
「おっ!」
大きく手を振る。
「ミオ!」
「今日のカレーどうだ!」
その隣で。
ハル主任も手を振った。
「食い終わったら工房来い!」
数秒前まで喧嘩していたとは思えない。
ミオはぽかんとしたまま。
「仲良い……」
と呟いた。
さぎりは笑いながら頷いた。
「でしょ?」
そして。
今日も2人と1人は地球文化アーカイブにいた。
静かな午後だった。
アーカイブの照明は少し落ちていて。
窓の向こうでは木星がゆっくり流れている。
ミオは古い地球の映像を見ていた。
さぎりは記録端末を操作している。
ユノはいつものようにホログラムとして空中に立っていた。
平和な時間だった。
その時だった。
ふと。
さぎりが顔を上げた。
「そういえば。」
ミオが振り向く。
「うん?」
「私。」
少し考える。
そして。
「私、NOAHのこと全然知らない。」
ミオが笑った。
「確かに。」
十一年間。
ずっと話してきた。
だが。
さぎりはNOAHを見たことがない。
通路も。
居住区画も。
農業区画も。
何も知らない。
ミオは立ち上がった。
「じゃあ。」
「行きますか?」
即答だった。
今度はさぎりが立ち上がる。
「行く。」
「即答だ。」
「行く。」
二人とも笑った。
その時だった。
静かな声が響く。
「私も行きたいです。」
二人が同時に振り向く。
ユノだった。
ミオは目を丸くした。
「ユノ?」
「はい。」
少し間。
ユノは続けた。
「私もNOAHを見たいです。」
アーカイブが静かになる。
さぎりが困ったように笑う。
「でも。」
「ユノ出られないよね?」
「はい。」
ユノは頷いた。
「現在の私はアーカイブ設備と直結しています。」
「だよね。」
ミオも頷く。
「じゃあどうするの?」
ユノは即答した。
「解決案があります。」
次の瞬間。
空中に立体映像が現れた。
小さな人型。
身長十五センチほど。
二足歩行。
補助アーム。
独立電源。
通信装置。
精巧な設計図だった。
ミオが固まる。
「え。」
さぎりも固まる。
「何これ。」
ユノは答えた。
「移動端末です。」
「私の分身として機能します。」
沈黙。
ミオが設計図を見る。
さぎりも見る。
完成度が異常だった。
ほとんど製造図面だった。
「いつ作ったの?」
ミオが聞く。
ユノは答える。
「十一年前です。」
今度は二人とも固まった。
「十一年前?」
さぎりが聞き返す。
「はい。」
「NOAHとの通信開始後に設計しました。」
ミオが思わず声を上げる。
「そんな前から!?」
「帰還成功時に必要になる可能性がありましたので。」
ユノは淡々と答える。
さぎりが腕を組む。
「成功確率どのくらいだったの?」
「22%です。」
「低っ。」
ミオが即座に言った。
ユノは少しだけ沈黙した。
そして。
静かに続ける。
「ですが。」
「可能性はありました。」
三人の間に沈黙が落ちる。
十一年。
誰も保証していなかった。
帰還できるかどうかも。
再会できるかどうかも。
分からなかった。
それでも。
ユノは準備していた。
ミオが小さく笑った。
「ユノらしい。」
さぎりも頷く。
「うん。」
そして。
少しだけ首を傾げる。
「でも。」
「どうしてそこまで?」
ユノは数秒考えた。
そして。
少しだけ困ったように言った。
「分かりません。」
ミオが首を傾げる。
「分からないの?」
「はい。」
さらに少し考える。
そして。
ユノは言った。
「ですが。」
「【知る】という事は、私の本能ですので。」
沈黙。
ミオが固まる。
さぎりも固まる。
数秒後。
二人とも吹き出した。
「AIに本能あるの?」
ミオが笑う。
「ありません。」
ユノが答える。
「じゃあ何なの。」
「分かりません。」
「でも。」
ユノは少しだけ微笑んだ。
「作っておきたいと結論を出しました。」
その言葉に。
二人は笑いながらも。
少しだけ胸が熱くなった。
さぎりが言う。
「作ろう。」
ユノが顔を上げる。
「本当ですか。」
「うん。」
ミオも頷く。
「作ろう。」
その日の夕方。
さぎりとミオは人は工業区画へ向かった。
ハル主任の工房。
工作機械。
整備用ロボット。
油と金属の匂い。
そして、巨大な立体造形機。
ハル主任は設計図を見るなり言った。
「完成してるじゃねえか。」
「はい。」
「ほぼ製造データだな。」
「はい。」
ハル主任は図面を拡大した。
内部構造。
駆動系。
制御基板。
通信装置。
どれも詳細だった。
ほとんど製造ラインへ直接流し込めるレベルだった。
「……待てよ。」
ハル主任が顔を上げる。
ユノを見る。
そして。
工房の奥を指差した。
巨大な立体造形機。
工房の一角を占領する大型設備だった。
「まさか。」
少し間。
「お前。」
「この造形機のために作ったのか?」
ユノは数秒黙った。
そして。
少しだけ微笑む。
「バレましたね。」
ミオが首を傾げる。
「どういうこと?」
ハル主任が苦笑した。
「あれな。」
巨大な造形機を見る。
「七、八年前だったか。」
「地球から補給船で届いた。」
「要求リストにも載ってなかった機械だ。」
ミオが驚く。
「勝手に?」
「正確には正式発注されてた。」
ハル主任はユノを見る。
「発注者が分からなかっただけだ。」
ユノは静かに答える。
「私です。」
ミオが固まる。
「えっ。」
ハル主任は肩をすくめた。
「届いた時は俺も何だこれって思ったよ。」
巨大な装置を見上げる。
金属フレーム。
多軸加工ユニット。
素材供給ライン。
無数のアーム。
「でも使ってみたら便利でな。」
「今じゃ工房の主力設備だ。」
ミオは改めて造形機を見上げた。
想像以上に大きい。
「何が作れるの?」
ハル主任は笑う。
「何でも。」
「何でも?」
「何でもだ。」
工房の照明が銀色のフレームを照らす。
「金属。」
「樹脂。」
「ゴム。」
「ガラス。」
「電子基板。」
「配線。」
「精密機械部品。」
「素材さえ入れりゃ全部作る。」
「壊れた部品をこれでスキャンして直してくれたり
スキャン後にその部品を材料として新品を作ってくれる」
ミオが目を丸くする。
「全部?」
「全部。」
ハル主任は頷いた。
「設計データさえあればな。」
そして。
ユノの設計図を見る。
「だから。」
「こんな完成品みたいな図面持ってこられたら。」
少し笑う。
「作れちまうんだよ。」
ユノは静かに言った。
「そのために用意しました。」
工房が静かになる。
七、八年前。
まだNOAHが帰ってくる保証などどこにもなかった頃。
ユノは既に準備していた。
今日のために。
ハル主任はしばらく図面を眺める。
そして。
少し笑った。
「お前。」
「ずっと待ってたんだな。」
ハルの工房のユノは数秒黙った。
そして。
静かに答えた。
「はい。」
それだけだった。
立体造形機が起動する。
低い駆動音。
光。
積層。
少しずつ形が生まれていく。
脚。
腕。
胴体。
頭部。
十五センチの身体。
ミオは見つめていた。
さぎりも見つめていた。
ハル主任も見つめていた。
誰も喋らない。
やがて。
造形機が停止する。
そこには。
小さな身体がよこたわっていた。
まだ動かない。
まだ目も開かない。
静かな工房。
ハル主任が端末を操作する。
そして。
小さく笑った。
「よし。」
少し間。
「起動するぞ。」
工房の全員が息を呑んだ。
まるで、その小さな身体が最初の呼吸を始める瞬間を待っているかのように 。
次回は15cmユノが…




