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木星の雨音  作者: ぴいちゃん


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17/63

第17 章 ――地球の記憶――

https://x.com/pochidayo

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アーカイブ保管区画

巨大な扉の向こうには。

無数の記録媒体が並んでいた。

壁一面。

天井近くまで。

静かに光る保存装置。

何百年もの記録。

何百年もの記憶。

地球文化アーカイブ。

ヘスペリア-3最大の文化資産だった。

ミオはゆっくりと周囲を見回す。

「全部?」

「はい。」

ユノが答える。

挿絵(By みてみん)

「地球から送信された文化資料。」

「映像記録。」

「音声記録。」

「文学。」

「芸術。」

「歴史。」

「娯楽。」

「生活資料。」

「その他多数です。」

ミオは思わず吹き出した。

「その他多数って。」

「多数です。」

ユノは真面目だった。

さぎりも笑う。

「ユノは昔からこうなの。」

「そうでしたか。」

本人は分かっていなかった。

保管区画の中央。

そこだけが広く空いている。

円形の空間。

何もない。

だが。

ミオは気付いた。

床面に細かい発光ラインが刻まれている。

「これ何?」

ユノが答える。

「閲覧設備です。」

「まず何から見たい?」

ミオは少し考える。

見たいものはたくさんあった。

十一年間。

何度も話を聞いた。

何度も映像を見た。

けれど。

実際にこの場所へ来るのは初めてだった。

「雨。」

ミオは即答した。

さぎりが笑う。

「やっぱり。」

「だって一番聞いたから。」

ユノが頷く。

「了解しました。」

その瞬間。

円形の床が淡く光り始めた。

細い光の線が走る。

円を描く。

さらに円を描く。

そして。

床の中心から光が立ち上がった。

一本。

二本。

三本。

無数の光の筋。

それらは天井へ向かって伸びていく。

やがて。

巨大な半透明の球体を形作った。

ミオが息を呑む。

「わあ……」

直径十メートルほどの光のドーム。

まるで巨大なシャボン玉の中にいるようだった。

ユノが説明する。

「没入型地球文化閲覧システム。」

「映像。」

「音響。」

「空間情報。」

「環境記録。」

「可能な範囲で再現します。」

保管区画の壁が消えた。

天井も消えた。

床も消えた。

三人は。

光の球体の中心に立っていた。

「すごい……」

ミオが呟く。

ユノが言う。

「地球の記録を再生します。」

次の瞬間。

世界が切り替わった。

挿絵(By みてみん)

灰色の空。

遠くまで続く森。

そして。

無数の雨粒。

ザーッ。

という音が響いた。

ミオは思わず立ち止まった。

映像だ。

本物ではない。

分かっている。

それでも。

雨は雨だった。

空から水が降ってくる。

ただそれだけの現象。

だが。

NOAHには存在しないものだった。

雨粒が道路を叩く。

屋根を叩く。

水たまりを作る。

足元を流れていく。

音がする。

匂いまで感じる気がした。

「これが雨……」

ミオが呟く。

しばらく見つめる。

降り続く雨を。

「綺麗。」

静かな声だった。

さぎりは何も言わなかった。

その言葉だけで十分だった。

映像が切り替わる。

今度は青い世界。

挿絵(By みてみん)

水平線。

どこまでも続く水。

波。

白い泡。

海風の音。

三百六十度。

全方向が海になった。

ミオは思わず一歩後ろへ下がる。

「広い……」

ユノが説明する。

「海です。」

「地球表面の約七割を覆っている液体水です。」

「七割!?」

ミオは驚いた。

「そんなに?」

「はい。」

「木星圏住民の一般的な反応です。」

ユノが真面目に答える。

さぎりが吹き出した。

ミオも笑った。

だが。

すぐに海へ視線を戻す。

海は続く。

どこまでも。

どこまでも。

終わりが見えない。

「……すごい。」

それしか言葉が出てこなかった。

映像は再び変わる。

今度は青空だった。

白い雲。

青い空。

風に流れる雲。

ただそれだけ。

だが。

ミオは見上げ続けた。

「空って。」

「本当にあるんだね。」

誰に向けた言葉でもなかった。

ユノが静かに答える。

「ありました。」

「今もあります。」

ミオはしばらく見上げていた。

本当に空の下へ立っているようだった。

その時だった。

何かが頭上を横切る。

小さな影。

二つ。

三つ。

羽ばたいている。

ミオが指を差した。

「いた!」

「鳥!」

映像の中で。

鳥たちは自由に飛んでいた。

羽を広げ。

風に乗り。

空を舞う。

ミオは目を輝かせる。

「飛んでる。」

「当たり前だけど飛んでる。」

「飛べますので。」

ユノが真面目に答える。

さぎりがまた吹き出した。

「ユノ。」

「はい。」

「そういうことじゃないと思う。」

「そうでしたか。」

ユノは少し首を傾げた。

ミオは笑った。

その光景がおかしくて。

そして少し羨ましかった。

自由に空を飛ぶ鳥。

どこへでも行ける翼。

地球の映像にはそんな生き物がいた。

やがて。

空が薄れていく。

海が消える。

雨が消える。

光のドームもゆっくりと消えていく。

いつの間にか二人は手を繋いでいた。

保管区画が戻ってきた。

静寂。

しばらく誰も喋らなかった。

ミオはゆっくり息を吐く。

「地球って。」

「思ったよりすごかった。」

さぎりが笑う。

「まだ全然入口だよ。」

ユノも頷く。

「現在表示したデータ量は全体の0.0000003%です。」

「えっ。」

「えっ。」

さぎりとミオが同時に声を上げた。

ユノは少しだけ得意そうだった。

その時。

館内放送が流れる。

『本日の夕食提供を開始します。』

『本日は金曜日です。』

『カレーを提供します。』

ミオが固まった。

数秒後。

ゆっくりとさぎりを見る。

さぎりもミオを見る。

二人とも同じことを考えていた。

「行こう。」

「うん。」

その返事は驚くほど速かった。

ユノは二人を見送りながら言った。

「楽しんできてください。」

「報告もお願いします。」

「任せて!」

ミオは笑顔で答えた。

そして。

十一年間楽しみにしていた夕食へ向かって走り出した。


つづく

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