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木星の雨音  作者: ぴいちゃん


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16/75

第16章 ――もう一人の友達――

https://x.com/pochidayo

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第二部 第十六章

――もう一人の友達――

検疫区画を出る。

その先は。

ヘスペリア-3中央軸港湾区画だった。

ミオは思わず立ち止まった。

広い。

それが最初の感想だった。

NOAHにも広い区画はある。

農業区画もあるし。

中央集会区画もある。

だが違う。

何かが違う。

頭上が高い。

遥か遠くまで続いている。

貨物コンテナ。

整備プラットフォーム。

係留アーム。

作業灯。

無数の構造物。

そして。

遠くには巨大なリングが見えていた。

ゆっくりと回転している。

ヘスペリア-3。

そのものだった。

「あれが居住リング?」

ミオが聞く。

「うん。」

さぎりが頷いた。

「私の家もあっち。」

ミオはしばらく見上げていた。

大きい。

想像していたよりずっと大きい。

その時。

静かな走行音が近付いてきた。

細長い車両。

中央軸トラム。

無重力区画専用の交通機関だった。

ドアが開く。

「乗ろう。」

二人は乗り込む。

車内には整備員。

貨物担当者。

保守員。

作業服姿の人々が乗っていた。

誰もが自然に無重力を使いこなしている。

発車。

窓の外を港湾設備が流れていく。

巨大貨物船。

整備ドック。

資材搬送ライン。

そして。

NOAH。

二百年以上漂流した船体が見えた。

「本当にくっついてる。」

ミオが呟く。

「うん。」

「もうヘスペリアの一部みたい。」

さぎりが笑った。

数分後。

ぬ重力区間のトラムが減速する。

ホームへ滑り込む。

駅の中央には巨大なエレベーターが並んでいた。

ミオは見上げる。

「これで行くの?」

「うん。」

「リングまで。」

二人は乗り込む。

扉が閉まる。

下降開始。

最初は何も変わらない。

だが。

徐々に身体が重くなる。

無重力。

微小重力。

そして。

人工重力。

「わ。」

ミオが思わず声を漏らした。

足に重さが戻る。

窓の外では。

巨大な構造体が流れていく。

やがて。

工業リング到着。

扉が開く。

機械音。

整備音。

資材運搬車。

配管。

作業員たち。

NOAHに少し似ていた。

「ここなら落ち着く。」

ミオが言う。

「でしょ?」

さぎりが笑った。

三両編成。

挿絵(By みてみん)

車内は先ほどより人が多かった。

学生。

工業区画なので整備員が多い。

様々な人が乗っている。

発車。

静かな加速。

ミオは窓の外を見ながら言った。

「意外と静か。」

「そう?」

「うん。」

「音があんまりしない。」

さぎりは少し笑った。

「このトラムね。」

「ちょっと変わった仕組みで動いてるの。」

「変わった?」

「うん。」

ミオは興味深そうに顔を向けた。

「ヘスペリアって。」

「電気を貯めるより。」

「回転を貯める方が好きなの。」

「なにそれ。」

ミオが吹き出す。

さぎりも笑った。

「本当だよ。」

「エウロパから来る氷採掘船あるでしょ?」

「うん。」

「十隻くらいがいつも往復してる。」

「うん。」

「そして見て。」

「あっちの居住リングは逆に回ってるでしょ?」

「うん」

「工業リングのドックに氷連絡が回転より少し早い速度で接岸して。」

4つのリングにエネルギーを与えている」

ミオは少し考える。

「発電所みたい。」

「似てるけど少し違うかな。」

さぎりは笑った。

「今度しっかり説明するね」

「トラム用のホイールは中心軸。」

「つまり回ってない部分」

「その回転を単純にギアでかなーーり遅くして」

「トラム用のホイールを回している。」

「何で遅くするの?」

「だって。」

「ヘスペリア3の外周速度は1070キロ」

「反対方向に回るリングからそのまま回転を受け取っちゃうと」

「1070キロになっちゃう」

「ああ」

「だから速くても時速100キロ程度でトラムを走らせるため」

「減速してるの。」

かぎりは続ける。

「トラムが発車する時は。」

「地下のホイールにトラムの発電機を強く掛けるの。」

「車両内にもフライホイールがある」

「すると?」

「ヘスペリア3の回転がほんの少し遅くなる代わりに。」

「発電機の抵抗が大きくなる」

「くらいホイールにも抵抗がある」

「抵抗で加速する」

「へえ。」

ミオは窓の外を見る。

トラムは静かに速度を上げていた。

「巡航速度になると。」

「今度は発電機を絞る。」

「だいたい、フライホイールのエネルギーだけで走る」

「だから必要な分だけ使って走る。」

「止まる時は?」

「逆。」

「列車の発電したエネルギーと。フライホイールにカウンターギアをかけて」

「トラムからエネリギーをホイールへ返す。」

ミオは少し黙った。

そして。

真顔で言った。

「じゃあ。」

「このトラム。」

「氷で走ってる?」

さぎりは吹き出した。

「だいたい合ってる。」

その時。

トラムがゆっくりと減速を始めた。

ミオは窓の外を見る。

何も見えない。

だが。

線路の地下では。

巨大な金属円盤が回っているらしい。

「変な街。」

「変な街だよ。」

さぎりは少し誇らしそうだった。

窓の外の景色が変わる。

港湾ドック。

氷の荷下ろし。

大きな機械。

人々の姿も増えていく。

ミオは窓に顔を近付けた。

「人が多い。」

「今日は普通くらい。」

「普通でこれ?」

「うん。」

さぎりは笑う。

『次は整備区画A6です。』

放送が流れた。

二人はホームへ降りる。

駅前には人が多かった。

仕事帰りの人々。

整備員。

笑い声。

話し声。

ミオは少し戸惑った。

ヘスペリア-3では。

これが普通なのだ。

「大丈夫?」

隣を歩くさぎりが言った。

「う、うん。」

ミオは慌てて頷いた。

「なんか……思ってたより明るい。」

「そうかもね。」

さぎりは笑った。

「ここは木星圏で一番古いけど、一番賑やかなステーションだから。」

二人はゆっくり歩く。

途中で何人もの住民が声をかけてきた。

「おかえり!」

「NOAHの子だろ?」

「歓迎するよ!」

誰もが笑顔だった。

ミオは少し照れながら。

その度に頭を下げた。

そして。

ハルが大きな声で言った。

挿絵(By みてみん)

「カレー食ったか?」

ミオの目が少し輝いた。

「まだです!」

「でも楽しみです!」

ハルは豪快に笑った。

「おっ、話は聞いてるんだな!」

「はい!」

ミオは大きく頷いた。

「十一年間ずっと聞いてました。」

「雨と。」

「カレーと。」

「猫の話。」

さぎりが思わず吹き出した。

「なんでその三つなの。」

「よく出てきたから。」

ミオは真顔で答える。

ハルは腹を抱えて笑った。

「間違っちゃいねえ!」

「じゃあ今日は当たりだな!」

ミオが首を傾げる。

「当たり?」

「今日は金曜日だからだよ。」

ハルは胸を張った。

「ヘスペリアじゃ金曜はカレーの日なんだ。」

ミオの目がさらに輝いた。

「本当ですか!?」

「本当だとも。」

「だから今日は腹を空かせときな!」

「はい!」

ミオは嬉しそうに返事をした。

ハルは満足そうに頷き。

手を振りながら去っていった。

二人が再び歩き始める。

「カレーの日なんてあるんだ。」

ミオが呟く。

「日本連合の昔の文化らしいよ。」

「らしい?」

「うん。」

さぎりは少し笑った。

「実はみんな理由はよく知らない。」

「でも昔の資料にそう書いてあったから続いてる。」

「変なの。」

「変だよね。」

二人は顔を見合わせて笑った。

しばらく歩くと。

周囲の雰囲気が少し変わった。

通路は静かになり。

古い区画へ入っていく。

壁の色も変わる。

配管が増える。

どこか落ち着いた空気。

長い時間が積み重なった場所。

やがて一枚の扉の前で。

さぎりは立ち止まった。

「ここ。」

ミオは見上げた。

地球文化アーカイブ。

その文字を見た瞬間。

胸が少し高鳴った。

十一年間。

何度も聞いた名前。

何度も通信で話した場所。

そして。

もう一人の友達がいる場所。

さぎりが認証パネルに触れる。

静かな電子音。

ゆっくりと扉が開いた。

広い空間だった。

静かで。

少し薄暗くて。

どこか懐かしい。

壁一面に並ぶ記録装置。

古い地球の映像。

保存された文化資料。

そして。

空間の中央で。

青白い光が集まり始める。

粒子のような光が舞い上がり。

やがて一人の少女の姿を形作った。

ミオは思わず息を呑んだ。

映像で見たことはある。

通信でも話したことがある。

何千回も声を聞いている。

だが。

実際に目の前で見るのは初めてだった。

少女は少しだけ頭を下げた。

「ようこそ。」

高く澄んだ声が響く。

挿絵(By みてみん)

「ヘスペリア-3地球文化アーカイブへ。」

ミオは思わず笑った。

「ユノ。」

少女も微笑む。

「はい。」

「初めまして。」

ミオは首を横に振った。

「初めましてじゃないよ。」

一瞬だけ。

ユノの表情が柔らかくなる。

「そうですね。」

「確かに。」

横で見ていたさぎりも笑った。

十一年間。

二週間遅れの通信から始まった会話。

やがて量子通信になり。

それでも続いた会話。

三人はずっと知り合いだった。

けれど。

こうして同じ場所に揃うのは。

今日が初めてだった。

ユノはミオを見つめる。

そして静かに言った。

「お帰りなさい。」

ミオは少しだけ目を潤ませながら。

笑顔で答えた。

「ただいま。」

地球文化アーカイブの静かな空間に。

三人の笑顔が並んだ。


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