第十三章 ――明るい場所――
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検疫開始から三週間。
NOAHとヘスペリア-3を隔てていた透明隔壁は、
まだそこにあった。
でも。
もう誰も、
それを遠い壁だとは思っていなかった。
毎日通信する。
毎日話す。
毎日笑う。
だから。
三週間という時間は、
長いようで短かった。
その日。
ミオは、
ヘスペリア-3の食堂をさぎりの端末で映してもらっていた。
『うわ……』
思わず声が漏れる。
映像の向こう。
昼食時間。
食堂は混雑していた。
整備員。
農業区画の作業員。
学生。
保守班。
皆、
普通に食事をしている。
笑っている。
話している。
誰かが手を振る。
誰かが立ち話をする。
『すごい……』
ミオが呟く。
『なんか……』
『町みたい』
さぎりが笑った。
「町だよ」
『え?』
「ヘスペリア-3は町だよ」
ミオは少し黙った。
NOAHには食堂はある。
でも違う。
目的は栄養摂取。
会話は少ない。
滞在時間も短い。
混雑回避のため、
時間帯も分けられている。
だから。
こんな光景は見たことがない。
『毎日こんな感じなんですか?』
「うん」
『毎日?』
「毎日」
『飽きないんですか?』
「何が?」
『人と会うの』
さぎりは少し考えた。
それから。
不思議そうな顔をした。
「なんで?」
ミオは答えられなかった。
人は資源だった。
労働力だった。
乗員だった。
それがNOAHだった。
でも。
ヘスペリア-3では違う。
画面の向こう。
ハル主任が現れた。
大きなカレー皿を持っている。
「おう」
『こんにちは』
「検疫は?」
『順調です』
「そうか」
ハルは席へ座った。
そして。
何の前触れもなく言う。
「来たら食うか?」
ミオは瞬きをした。
『え?』
「カレー」
沈黙。
『あの伝説の?』
「伝説?」
『地球文化アーカイブの』
「いや今は普通の昼飯だが」
さぎりが吹き出した。
ミオも笑った。
ハルは意味が分かっていない。
『絶対食べます』
「そうか」
『絶対です』
「そんな気合い入れるもんか?」
また皆が笑った。
窓の向こう。
木星が見えている。
巨大だった。
明るかった。
近かった。
ミオは、
少しだけ思った。
帰ってきたのかもしれない。
まだ隔壁はある。
まだ検疫もある。
まだ正式には移住者ですらない。
でも。
帰ってきたのかもしれない。
通信終了後。
NOAH中央居住区画。
ミオは一人で歩いていた。
通路は暗い。
照明は最低限。
配管はむき出し。
二百年以上の補修跡。
変わらない景色。
でも。
今日は少し違って見えた。
遠くに。
木星がある。
エウロパがある。
ヘスペリア-3がある。
さぎりがいる。
ミオは小さく笑った。
そして。
誰にも聞こえない声で呟く。
『早く行きたいな』
木星は、
もう目の前だった。
つづく




