第四十五話 侵入する
◆アルマ
ヴィクトール様が、初めて止まった。
それほどまでに。
目の前の異形を警戒していた。
兵士が報告する。
「一週間分の食料の準備、完了しました」
ヴィクトールが静かにうなずく。
そのとき。
参謀が口を開いた。
「我々が取るべき選択肢は三つです」
「侵入」
「撤退」
「迂回」
そう。
迂回路は存在する。
セレニア連合国との国境は。
東部だけではない。
南部でも国境は接している。
つまり。
今からセレニア南部へ迂回し。
そこから北上すれば。
この迷宮を避けられる。
だが。
「迂回はできない」
ヴィクトールが即答した。
「セレニアとノクシアに挟撃される」
たしかに。
それでは逃げ場を失う。
さらにヴィクトールは続ける。
「しかも、セレニアは東部への警戒を減らせる」
「南部防衛に戦力を集中できるだけだ」
いくらヴィクトール様でも。
挟撃されれば消耗する。
参謀が口を開きかける。
「では……」
しかし。
その前に。
「侵入する」
ヴィクトールが言い放った。
「“エヴァルトの迷宮”などと大層な名をつけているが」
「所詮はただの迷路だ」
そして。
剣を抜く。
「行くぞ!!」
さすがヴィクトール様!!
誰も異を唱えなかった。
こうして。
ヴィクトール軍は。
得体の知れぬ巨大迷宮へ足を踏み入れた。
迷宮内部。
我々は人数を絞り。
選抜された百人のみで進軍していた。
薄暗い。
静かすぎる。
まるで。
迷宮そのものに見られているようだった。
壁。
通路。
曲がり角。
全てが不気味だ。
何が潜んでいるかわからない。
得体の知れない恐怖。
そのとき。
「止まれ」
ヴィクトールが足を止めた。
全員が硬直する。
目の前には何もない。
だが。
よく見ると。
空間に透明な細い糸が張られていた。
わずかな反射。
常人なら絶対に見逃す。
ヴィクトールが言う。
「これを切れば、天井から何か落ちてくる」
兵士たちがざわつく。
アルマは思わず尋ねた。
「何故わかるのですか?」
ヴィクトールは淡々と答える。
「罠というのはな」
「どれだけ擬態させようと、存在する以上は歪みが出る」
「糸を張れば固定箇所が必要になる」
「物を置けば床がわずかに沈む」
我々には見えないものが。
ヴィクトール様には見えている。
あぁ。
なんと素晴らしい御方か。
我々は罠を回避しながら。
慎重に進んでいく。
しかし。
その先は。
行き止まりだった。
参謀が首をかしげる。
「行き止まりですか」
「先程の道が正解でしたかな」
だが。
ヴィクトールは迷わない。
「爆弾をよこせ」
部下から爆弾を受け取る。
そして。
行き止まりの壁へ投げつけた。
轟音。
壁が吹き飛ぶ。
その奥には。
新たな通路が続いていた。
兵士たちが息をのむ。
ヴィクトールが言う。
「迷路を攻略する気はない」
「方角さえ合っていればいい」
「必要最低限の爆弾で、最短距離を進む」
これが。
最強ヴィクトール。
もはや。
絶対的な安心感すら生まれていた。
だが。
その最後尾で。
兵士が一人。
消えていることに。
誰も。
気づいていなかった。




