第四十四話 迷う
◆レイナ
ヴィクトールが停止した。
その情報は。
瞬く間に世界へ広がった。
セレニア連合国。
崩壊寸前だった国。
その国が。
初めてヴィクトールの進軍を止めた。
当然。
その情報はユートリアにも届く。
全員が資料を見ていた。
“エヴァルトの迷宮”
巨大迷宮。
ヴィクトール軍停止。
レイナは眉をひそめる。
「……そんなものがあったなんて」
不自然だった。
あんな巨大構造物。
存在すれば誰かが気づく。
だが、誰も知らなかった。
そのとき。
珍しくノルンが口を開く。
「そんなもん、あたしゃ聞いたことないねぇ」
レイナは目を見開く。
ノルンですら知らない?
長年生きてきたノルンが。
存在を知らない?
「能力ですね」
ルークが静かに言った。
「は?」
レイナは思わず声を漏らす。
能力?
能力で。
巨大迷宮を?
そんな馬鹿な。
「嘘つかないで」
レイナが言う。
だが。
ルークは笑顔のままだった。
「嘘ではありませんよ」
「能力は恐らく」
「『記憶改竄』」
空気が止まる。
『記憶改竄』……。
レイナは考える。
「がはは!!」
レイヴンが笑う。
「全然わかんねぇ!!」
重かった空気が少し崩れる。
シェラが冷静に言った。
「つまり」
「あの迷宮は」
「これまで存在しないものとして認識されていたってこと?」
「そういうことです」
ルークが頷く。
だが。
まだ疑問が残る。
ドルガが聞く。
「でも、実物は存在していたんだろ?」
「迷宮なんて作るのに、何年かかると思ってんだ?」
シェラも静かに頷く。
「普通なら三年」
「いや、もっとだ」
沈黙。
そして。
シェラの顔色が変わる。
気づいた。
「……まさか」
レイナも同時に理解する。
ルークが静かに笑った。
「“エヴァルトの迷宮”は」
「連合国成立より前から作られていた」
冷たいものが走る。
つまり。
エヴァルトは、ヴィクトールを殺すために。
何年も前から。
連合国を作るずっと前から。
この形を考えていた……?
レイナは息を呑む。
エヴァルト。
知能だけで国家を築いた男。
天才。
その言葉ですら足りない。
会議室が静まり返る。
だが。
その中で。
一人だけ。
反応が違った。
ルーク。
彼だけが首をかしげていた。
「その程度で」
「ヴィクトールが止められますか?」
その声だけが。
異様に静かだった。
◆マルクス
会議室は静寂に包まれていた。
誰も喋らない。
ただ。
エヴァルトを見る。
その中心で。
エヴァルトが静かに口を開く。
「この迷宮は」
「対ヴィクトール用に作った」
全員の視線が集まる。
エヴァルトは続けた。
「奴の能力は、生物にしか効果がない」
「故に」
「迷路へ迷わせる」
「そして」
「そのまま餓死してもらう」
沈黙。
誰も言葉を返せない。
ヴィクトール。
あの怪物を。
閉じ込めて殺す。
そんな発想。
普通なら出てこない。
だが。
「待て待て!!」
アーデルが机を叩く。
「奴らが相当な食糧持ってきたらどうすんだ?」
「餓死する前に出てくんじゃねぇか?」
「いくら巨大な迷宮でも」
「あいつらの進行速度なら、三日で突破されるぞ」
正論だった。
マルクスもそう思っていた。
だが。
エヴァルトは動じない。
当然。
理解している。
「だから」
エヴァルトが静かに言う。
「奴らをより長く」
「迷宮内に閉じ込める」
「お前がな」
アーデルの目が見開かれる。
「……俺が?」
エヴァルトは頷く。
「狂人アーデル」
「お前が、迷い込んだ敵兵を狩る」
「そして、恐怖を植え付けて戻す」
「そうすれば奴らの進行は遅くなる」
沈黙。
そして。
アーデルが笑った。
最高の笑みだった。
「なるほどなぁ」
「お前の方がよっぽど狂人だ」
会議室の空気が少し変わる。
アーデルは楽しそうに笑う。
「お前についてきて正解だったぜ」
エヴァルトは机へ二枚の紙を置く。
「これは迷宮の地図」
「そして」
「こちらは奴らが迷い込む地点を記した地図だ」
アーデルがそれを受け取る。
エヴァルトは静かに続ける。
「あとは」
「お前の狂気に期待する」
アーデルは笑う。
だが。
最後に確認した。
「そもそも」
「奴ら、迷宮に入ってくるのか?」
エヴァルトは即答する。
「必ず」
迷いがなかった。
完璧。
そう。
完璧だった。
ヴィクトールは終わる。
誰もがそう思った。
だが。
その中で。
小さな声が漏れる。
「あの地図……」
リゼは震えていた。
だが。
なぜか。
少し嬉しそうだった。




