第四十話 名付けられる
◆ミア
目が覚めた。
白い天井。
薬の匂い。
身体が重い。
でも。
死んでいない。
ミアはゆっくり目を動かす。
隣。
レオンがいた。
同じように寝台へ横たわっている。
「……レオン」
小さく呼ぶ。
レオンの指が動いた。
「……ミア」
生きている。
その事実だけで、少しだけ息ができた。
でも。
身体の奥が変だった。
何かがある。
今までなかった何かが。
血の中を流れているような。
胸の奥から溢れてくるような。
不思議な感覚。
「……これが」
ミアは小さく呟く。
「能力者……?」
何とも言えない。
怖い。
気持ち悪い。
でも。
力がある。
そんな矛盾した感覚だった。
扉が開く。
あの男が入ってきた。
白衣の科学者たちもいる。
「目が覚めたようだな」
「二人とも、実験は成功した」
成功。
その言葉が、部屋に落ちる。
ミアは嬉しくなかった。
ただ。
生き残っただけ。
男は続ける。
「これから能力訓練に入る」
「そして、戦場に出てもらう」
ミアの目が揺れる。
「戦場……?」
「そうだ」
男は当然のように頷く。
「君たちは、リグナの兵器となる」
兵器。
その言葉に、胸が冷えた。
レオンも黙っている。
怒り。
恐怖。
混乱。
全部が混ざった顔。
ミアは理解してしまう。
シオンも。
ずっとこうだったのか。
自分たちが笑っていた間も。
怖がっていた間も。
距離を置いた間も。
シオンはずっと。
兵器として見られていた。
ミアは唇を噛む。
ようやく。
少しだけ。
シオンに近づけた。
◆グレン
能力訓練場。
普段より空気が重かった。
上層部。
国王。
科学者。
兵士。
全員が集まっている。
まるで、新兵器の試験場だった。
いや。
実際そうなのだろう。
グレンは腕を組み、前を見る。
本当は三人で行う予定だったらしい。
だが。
一人は体調不良で来られなかった。
今、目の前にいるのは二人。
レオン。
ミア。
シオンの友達だった子供。
グレンは拳を握る。
子供を利用しやがって……
怒りが胸の奥で燃える。
「始めろ」
上層部の男が言った。
最初に前へ出たのはレオンだった。
顔は硬い。
だが、逃げない。
科学者が声をかける。
「能力を発動しろ」
レオンは小さく息を吸った。
そして。
「……猛獣化」
次の瞬間。
骨が軋む音。
筋肉が膨らむ。
身体が変形する。
人の輪郭が崩れ。
巨大な獣へ変わっていく。
三メートルほどの獣。
鋭い爪。
太い腕。
兵士たちが息を呑む。
「……成功してる」
誰かが呟いた。
上層部の顔が明るくなる。
科学者が指示を出す。
「あの的を破壊しろ」
レオンが動いた。
地面を蹴る。
一瞬で的へ到達し、爪を振るう。
的が砕けた。
木片が飛び散る。
グレンは目を細める。
速い……
威力も申し分ない。
兵器としてなら。
十分すぎる。
科学者が続ける。
「では、後方の的を破壊しろ」
だが。
レオンは動かなかった。
その場で停止する。
「どうした?」
周囲がざわつく。
「命令を聞いていないのか?」
「暴走か?」
兵士たちが武器へ手をかける。
だが。
レオンは暴れない。
ただ。
動けない。
しばらくして。
能力が解けた。
人の姿へ戻る。
レオンは荒い息を吐きながら、膝をついた。
科学者が駆け寄る。
「何が起きた?」
レオンは苦しそうに答えた。
「……一回動いたら」
「そこから、動けなくなった」
沈黙。
科学者たちの顔が強張る。
子供。
死人の細胞。
能力移植。
不完全。
その言葉が、訓練場の空気に沈んでいく。
上層部の男が舌打ちした。
「次」
ミアの身体が震えた。
でも。
前へ出る。
逃げられない。
科学者が言う。
「能力を発動しろ」
ミアは目を閉じた。
身体の奥にある何かへ触れる。
怖い。
でも。
やるしかない。
「……翼」
背中が熱くなる。
次の瞬間。
白い翼が生えた。
兵士たちがどよめく。
大きな翼。
白く、綺麗で。
場違いなほど神聖だった。
「あの的を破壊しろ」
ミアは翼を動かした。
突風。
砂が舞う。
的が倒れる。
人も数歩後退する。
広い。
範囲は広い。
だが。
セラが小さく呟く。
「思ったより、弱いわね」
グレンも気づいていた。
元の能力者は。
人を吹き飛ばした。
骨を折り。
部隊を崩した。
ミアの力は、それより弱い。
レオンも同じ。
本来の能力者より。
劣化している。
訓練場が静まり返る。
科学者たちも呆然としていた。
失敗ではない。
だが。
完全でもない。
そのとき。
「素晴らしい!!」
国王が立ち上がった。
声が響く。
全員が振り向く。
国王は目を輝かせていた。
「実験は進んでいるではないか!!」
「落胆するな!!」
「我々は他国より先に、人間を進化させたのだ!!」
その声には力があった。
周囲の空気が変わる。
科学者たちの目にも光が戻る。
兵士たちがざわめく。
「進化……」
「そうだ、進化だ……」
「リグナは変わる……」
グレンは歯を食いしばった。
こいつも、一応は王だった。
人を惹きつける言葉。
状況を言い換える力。
魅力。
カリスマ性。
だからこそ。
余計に腹が立った。
子供を利用する糞野郎。
グレンは怒りで震えていた。
◆ミア
訓練後。
ミアとレオンは並んで歩いていた。
失敗作。
そう言われてもおかしくなかった。
レオンの能力は、一度動くと止まる。
ミアの能力は、本来より弱い。
それでも。
国は。
私たちを戦場へ送ると決めた。
ミアは渡された資料を見る。
そこには名前がなかった。
代わりに。
記号があった。
レオン。
α。
ミア。
β。
そして。
体調不良で来られなかった、もう一人。
γ。
「……名前じゃない」
ミアは小さく呟く。
レオンも資料を見る。
何も言わない。
その下には、別枠に記された存在。
シオン。
ζ。
ミアの胸が痛んだ。
もう。
人じゃない。
兵器だ。
そういう扱いだった。
そのとき。
聞きたかった声が響いた。
「ミア! レオン!」
身体が止まる。
振り向けない。
怖かった。
どんな顔をすればいいのか分からない。
でも。
ミアは拳を握る。
私たちも、もう兵器なんだから。
勇気を出して振り向く。
そこには。
シオンがいた。
手を振っている。
笑っている。
昔と同じように。
「シオン……私たち……」
声が詰まる。
シオンは明るく言った。
「能力者になったんだってね!」
ミアの胸が苦しくなる。
シオンは笑顔のまま続けた。
「また一緒にいられるね!」
その瞬間。
ミアは理解した。
シオンは。
最初から変わっていなかった。
戦場に出ても。
兵器と呼ばれても。
拒絶されても。
それでも。
ただ。
一緒にいたかっただけ。
最低だ。
自分が。
最低だった。
ミアは泣きそうになる顔を無理やり笑顔に変えた。
「そうだね!」
レオンも少しハッとした顔をする。
そして。
優しい笑顔で言った。
「……だな」
そのとき。
別の声がした。
「みんな!!! 久しぶり!!!」
ミアは目を見開く。
そこにいたのは。
リオトだった。
「リオト!?」
「どうして!?」
レオンも驚いている。
リオトは笑った。
少しやつれていた。
でも。
立っていた。
生きていた。
「実験に成功したんだ」
ミアの心臓が跳ねる。
成功例。
一件。
それは。
リオトだった。
リオトは何も知らないように笑う。
「みんなで遊ぼ!」
シオンが嬉しそうに頷く。
「うん!」
レオンも。
ミアも。
頷いた。
四人で走る。
笑う。
遊ぶ。
まるで普通の子供みたいに。
その先で。
自分たちが、国の“最強兵器”として扱われていくことも知らずに。




