第三十三話 抗う
◆エルナ
廊下。
静かだった。
扉の向こう。
ルークとレイナ。
二人の会話を。
エルナは聞いていた。
他の幹部はいなかった。
興味がないからだ。
ルークの思想そのものに。
皆。
平和だけを見ている。
争いがない国。
飢えない生活。
救われた現実。
それだけで十分だった。
でも。
エルナだけは違う。
ルークの言葉が頭から離れない。
“人は下等生物”
“感情が争いを作る”
“思考を消す”
全部。
理屈としては理解できた。
実際。
ユートリアは平和だった。
誰も苦しまない。
誰も争わない。
でも。
怖かった。
レイナの声が聞こえる。
「それは人であって人じゃない!!」
エルナは小さく目を閉じる。
ルークは正しい。
でも。
正しくない。
そう思った。
そして。
気づいてしまう。
自分は。
レイナの方を応援している。
◆レイナ
屋敷の部屋。
静かだった。
窓の外。
穏やかなユートリア。
争いがない国。
ルークは正しかった。
思考を消せば。
感情を薄くすれば。
争いは消える。
苦しみも。
悩みも。
全部なくなる。
レイナは目を閉じる。
脳裏に浮かぶ。
カイル。
ミナ。
シオン。
笑っていた。
泣いていた。
怒っていた。
全部。
感情だった。
そして。
レイン。
静かな兄。
怖かった。
憎かった。
でも。
一緒に走った記憶が残っている。
グレン。
セラ。
笑う姿。
死んでほしくない。
消えてほしくない。
レイナは小さく息を吐く。
ルークの世界なら。
この苦しみはなくなる。
でも。
同時に。
全部薄れていく。
それだけは嫌だった。
レイナは静かに顔を上げる。
「……私は」
小さく呟く。
「不合理でも進む」
「自分の欲に従う」
それが。
自分の答えだった。
「……ルークを殺す」
それがシオンを守る唯一の方法。
部屋で考える。
ルークを殺す。
どうやって?
あの膨大な数。
それに強者の幹部たち。
……正面からじゃ、不可能。
「覚悟は決まったぁ?」
声。
レイナが振り向く。
ロキが立っていた。
扉にもたれながら。
静かに笑っている。
レイナは目を細める。
「……どうしてあなたが」
「その質問をするの?」
この場面でこの質問……
まさか……
ロキは少し肩をすくめる。
小さく言う。
「僕は君の味方だよぉ」
空気が止まる。
「……本当に?」
罠?
……いや、罠を張る必要なんてない
レイナの目が揺れる。
ロキは笑わない。
静かな顔。
でも。
どこか疲れていた。
「ルークは間違ってるぅ」
ロキは窓の外を見る。
穏やかなユートリア。
静かな国。
そして。
小さく呟いた。
「人はまだ、旅の途中だよ」
「……旅?」
ロキはゆっくり振り返る。
「ルークを止める方法は二つぅ」
「一つは本体を殺すことぉ」
レイナが息を呑む。
「本体……?」
レイナの背筋が冷える。
「そう、本体を殺せば分身は消えるぅ」
「でも分からないぃ」
「どこにいるのかぁ」
レイナは悔しい顔をする。
ロキは続ける。
「もう一つはぁ」
レイナが睨む。
「……何」
ロキは静かに答えた。
「能力解除」
沈黙。
レイナの目が揺れる。
「僕の能力解除で」
「同化したルークを全員元に戻す」
ロキの顔は真剣そのものだった。
「能力発動後はできないはずじゃ?」
レイナが聞く。
ロキは少しだけ笑った。
「ずっと隠していたのさ」
「知られたらルークに警戒されるだろ?」
そして。
小さく続ける。
「人々を元に戻す」
ルークにとって、天敵だった。
いつの間にか。
ロキの声から。
軽さが消えていた。




