第三話 踏み出す
◆レイナ
息をする。
どこだ。
レイナは目を開け、ゆっくりと視線を巡らせた。
薄暗い。
湿った空気。
石造りの壁。
……地下か。
拘束は……
されていない。
こんな状況で。
拘束しない理由が分からない。
その意味を考えた瞬間。
「目が覚めたようだねぇ」
声。
レイナは反射的に振り向いた。
そこにいたのは、首を不自然に傾けた男。
「僕の名前はロキ。北欧神話の神様」
「なんちゃってぇ」
笑っている。
だが。
目は笑っていなかった。
気持ち悪い。
「いいの?私を拘束しないで」
「いいよぉ!ルークに言われたからぁ」
ルーク。
あの男か。
「ロキ、あんまり彼女を怖がらせないの」
落ち着いた声。
奥から、一人の女が現れた。
長身で、無駄のない立ち姿。
「あなたがレイナね?」
「私はエルナ。よろしく」
よろしく?
状況が噛み合わない。
「私をどうする気?」
レイナは短く問う。
エルナはわずかに笑った。
「どうする」
「じゃないわ」
一歩、近づく。
「あなたはもう、私たちの“仲間”よ」
「仲間ぁ」
ロキが嬉しそうに叫ぶ。
仲間……?
意味が分からない。
だが。
あのとき、能力が発動しなかった。
今は使えるの……?
もし使えなかった場合は?
この二人を。
能力なしで殺せる?
視線だけで周囲を探る。
出口。
距離。
足場。
脱出は可能。
だが。
拘束していない理由。
それが引っかかる。
試されているのか。
それとも。
「考えてる顔ね」
エルナの声。
レイナは視線を戻す。
「……少し休ませて」
一旦、従う。
今は情報が足りない。
エルナは首を横に振った。
「それは無理」
「残念だねぇ」
ロキが跳ねる。
エルナは背後の扉に手をかけた。
重い音を立てて開く。
その瞬間。
怒号。
爆音。
鉄のぶつかる音。
戦場の空気が。
一気に流れ込んできた。
「……どういうこと?」
レイナは眉をひそめる。
熱気が、肌を焼く。
遠くで人が殺し合っている。
煙。
炎。
悲鳴。
戻ってきた……?
いや。
違う。
あの戦争は話がついていたはず。
なら。
「ここはノクシア王国とヴァルディア帝国の戦場よ」
エルナが淡々と言う。
ノクシア。
また戦争をしているのか。
「さて、行くわよ」
「いくよぉ」
ロキが飛び出す。
エルナも続く。
レイナは一瞬だけ。
その場に残った。
今なら、逃げられる。
でも。
足が動かなかった。
情報もないまま?
丸腰で一人戦場に?
それは、ただの自殺だ。
この二人は恐らく強者。
レイナは小さく息を吐いた。
逃げる選択肢は、もうない。
一歩、踏み出す。
戦場へ。
レイナは、二人の後を追った。
その一歩が。
終着点へ続いているとも知らずに。




