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徴税祭り開催

 大都会迷宮メガロポリス・ダンジョン・第二階層。


 第一階層の歓楽街《メトロ区》とは打って変わり、静かでじめじめとしている。

 時折、遠くから野獣のような咆哮が聞こえ、邪悪な気配に満ちていた。

 迷宮の暗がりに警告のようなチラシが貼られていた。


 ――これより先はペット区画です。

 ――ペットの放し飼いは住民トラブルの元です。

 ――飼養中のペットの逸走にはくれぐれもご注意ください。

 ――飼い主不明のペットによる損害が生じても迷宮主は責任を負いかねます。

 ――みんなで使う迷宮です。お互いに譲り合って気持ちよく迷宮を利用してください。


 先を歩く課税架純は見向きもしないが、徴収力はチラシのいちいちに目を通した。


「……ハーちゃん?」


 リキが立ち止まってまったく付いて来ないからか、架純が苦言を呈するように振り向いた。


「……ペット?」


 先ほど遭遇した爬虫類の親玉のような火竜(サラマンダー)もただのペットに過ぎないのだろうか。


「あんなのがうじゃうじゃいるんでしょうか」

「そうでしょうね」


 リキの心配をよそに架純は素っ気なかった。凶悪な迷宮ペットと遭遇してしまう危険性を感じたのはもちろんだが、リキがそれよりも気になったのはチラシの作成者である。


 警告のチラシは一枚だけでなく、第二階層のあちこちに貼られていた。

 触れてみようとしたが、リキの手は空振りし、宙に浮いたチラシを素通りした。


「触れない……」


 ごく微量だが、魔力が込められている。

 迷宮内のチラシはとても人力で貼ったとは思えないほど整然としていた。

 傾きもなく、よれてもいない。


 一見すると印刷物に見えるが、電子看板(デジタルサイネージ)のようにも見える。

 しかし、質量を持たない点から、電子看板ではないことは明らかだった。


魔力看板(マジカルサイネージ)のようね」

「このチラシの文章、迷宮主が書いたのでしょうか」

「そのようね」


 チラシの文言にどことなく迷宮主の性格が窺い知れる気がした。


「みんなで使う迷宮です。お互いに譲り合って気持ちよく迷宮を利用してください。わざわざこう書いてあります。迷宮主は優しい性格なのでしょうね」


 リキは気になるあの子を出会う前から美化していたが、架純は相変わらず素っ気なかった。


「公共施設には、だいたい同じようなことが書いてある」

「そうですけど」

「先を急ぎましょう。いちいち立ち止まっていたら、いつまで経っても深淵に辿り着けない」


 架純が足早に迷宮内を駆けていくが、リキは迷宮の床に落ちていたビラを摘まみ上げた。


 職務中、架純のことをなんと呼んでいいのか分からず、ただ先輩呼びしている。

 まさか、「架純お姉ちゃん」などと呼ぶわけにもいかない。


「先輩、これ……」


 リキが拾った手書きのビラは、迷宮主の魔力看板とはおそらく関係がなさそうだ。

 課税架純が胡乱げな目でビラを眺めた。


 異世界直輸入のサラマンダーが脱走しました。

 捕獲した者は異世界通商までご連絡を。

 迷幣一封差し上げます。


「異世界通商って、なんでしょうか」

「違法ペット屋かも」

「さっきの火竜、もしかして脱走したのかな」

「かもしれないわね」


 徴税第一主義の課税架純は迷宮のペットにはさしたる関心がないようだった。

 リキは無駄に足止めしてしまったことを謝った。


「すみません。気になる子のことはなんでも知りたくて」

「べつに謝らなくていい。ハーちゃんは職務に忠実なだけ」

「あの、先輩……」

「なに?」

「職務中にハーちゃんと呼ばれるのは、ちょっと恥ずかしいというか」


 無表情な架純が首を傾げた。


「そう?」


 周囲には誰もいないので、誰に聞かれるでもないが、せめて職務中だけは呼び名は改めてもらいたかった。しかし、架純は気にも留めていなかったようだ。


「ハーちゃんはハーちゃん。背伸びしなくていい」

「そう……ですね」


 リキは微妙に言い淀み、先を歩く長身の架純の背中を追った。


 足元の魔力導管(マナ・パイプライン)が第二階層に入ってからさらに太く、力強く脈動している。

 混沌とした魔力がより濃密に溜まっている。

 迷宮の天井の一部がみしみしと軋み、今にも崩落しそうだ。


 天井の岩の割れ目から、一匹の魔獣が音もなく舞い降りてきた。


 鮮やかな黄色と黒の縞模様を持つ巨大な毒蛇――キングコブラ・レプティリア。


 体長はゆうに五メートルを超え、頭部には王冠のような飾り鱗を持っていた。


「ハーちゃん! 毒は致命的。絶対に目を合わせないで」


 課税架純は咄嗟にリキを背に庇い、低い姿勢で身構えた。


 キングコブラ・レプティリアは長い体をずるずると地面に這わせ、ゆっくりと二人を円状に取り囲むように移動を始めた。


 威嚇的な鎌首は二人の頭よりも遥か高い位置にある。威圧感が凄まじい。

 前方には巨大な毒蛇が立ち塞がり、退路も鞭のような尻尾で塞がれている。


「これもペットなんでしょうか。どうしますか、先輩」


 リキは青褪めながら訊ねた。

 純粋な戦闘職種ではない彼らにとって、この手の遭遇は避けたい事態だった。


「どこかに飼い主がいるかもしれない。攻撃は控えて」

「ですが……」


 ペット区画のペットを傷つけてはならない、という静観の構えのようだ。キングコブラ・レプティリアは二又の舌をチロチロさせながら架純の顔の寸前まで迫った。


 毒液をいつでも発射できるよう、牙は剥き出しになっている。


「あなたの飼い主は誰? きちんと申告はしているの?」


 徴税第一主義アタック・ナンバーワンの架純は低く、そして静かに問いかけた。


 声音には一切の揺らぎがない。


 迷宮の毒蛇相手に申告の有無を訊ねるとは、さすがに恐れ入る。

 毒蛇は架純の言葉を理解していないようだが、ぺっ、と毒液を吐き出した。


「……うっ」


 じゅっ、という制服の繊維が焦げるような音がした。


「先輩っ!」

「大丈夫よ、ハーちゃん。下がってて」


 課税架純の凛々しい顔に毒々しい痕でも残ったら、と思ったら、気が気ではなかった。


「少々おいたが過ぎるわね」


 架純は動揺したリキを制し、静けさに満ちた声で告げた。


「――《追徴課税(ペナルティ・レイ)》」


 冷酷な徴税魔法を発動させたが、相手は無申告者ではない。


 通常の税額に加えて、莫大な罰則金を上乗せし、対象の経済基盤を一気に破壊する追徴術式であるが、いかんせん相手は毒蛇だ。


「そんなの、効くはずが……」


 追徴術式が容赦なくキングコブラ・レプティリアの体表を毟り続けた。

 表皮下の不正な魔力貯蓄を摘発され、強制的に魔力を徴収されている。


「シャアァァァアアァァア!」


 体中の魔力を抜かれ、骨抜きにされたキングコブラ・レプティリアは苦悶の声をあげた。

 迷宮の床に這いつくばるが、負け惜しみのように架純を睨みつけている。


「まだ動く? これ以上は《重加算ギルティ・マキシマム・ブレイク》よ」


 架純が最強罰則の術式をチラつかせると、さすがの毒蛇も大人しくなった。

 すっかり戦意を喪失した毒蛇はあっさり道を譲り、そそくさと逃げていった。


「さすがです、先輩」


 リキが思わず拍手し、感嘆の声を漏らした。


「毒を食らってましたけど、大丈夫ですか」

「平気よ。制服が少し溶けただけ」


 制服の胸元が一部、毒液で溶けていたが、傷らしい傷はなかった。


「でも、どうして毒蛇に追徴課税が効いたのでしょうか」


 リキが純粋な疑問を口にすると、課税架純が事もなげに言った。


「迷宮の民は意識せずとも迷宮から産出される魔力を享受して生きている。それは一種の所得と言えなくもない。そして、その迷宮魔力を私的な蓄えにしている場合がある」


 課税架純は毒蛇が潜んでいた岩の割れ目を指差した。

 よくよく目を凝らすと、魔力導管が集中している部分に毒蛇が作ったらしい巣があった。


「毒蛇は魔力導管(マナ・パイプライン)の近くに巣を作り、迷宮魔力を不当に吸い上げて力を蓄えていた。無申告で私腹を肥やしていたのと同じ。だから徴税魔法が通じた」


 リキは迷宮のペットに徴税魔法が効く道理をようやく理解した。


「なるほど……。迷宮の生態系全てが課税対象なんですね」

「そうね。迷宮魔力を不当に溜め込んだ者はあらゆるものが徴税対象よ」


 迷宮のペットであろうが、徴税第一主義の課税架純がみすみす見逃すはずはない。


「さあ、徴税(アタック)を続けましょう」

「はい」


 深淵(アヴィス)を目指す道すがら、新たな徴税祭りが幕を開けた。

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