ぜったい税金取り立てるマン・徴収力
徴収力は弱冠十五歳にして、新設されたばかりの迷宮徴税課に配属された徴税エリートだ。
学校でのあだ名は、ぜったい税金取り立てるマン。
半分はからかいもあっただろうが、名は体を表す自身の名前に誇りを持っていた。
徴税権力御三家である「徴収家」、「加算税家」、「課税家」は、国税組織の頂点である国税庁長官を代々輩出してきた名門一家だ。その徴税御三家の一角である徴収家に生まれ落ちた瞬間、リキの人生はほとんど決定していた。
徴税魔法を子守歌のように聞いて育ったこともあり、リキが初めて喋った言葉は「徴税第一」だったという。
税法に精通し、あらゆる徴税魔法を使いこなすリキは神童と持て囃された。
財務省に採用された省キャリ、国税庁に採用された庁キャリ、果ては国税庁長官か、と気の早い徴収家はリキの行く末を好き勝手に妄想したが、肝心のリキはキャリア官僚になど興味もなかった。キャリアもノンキャリアも関係ない。
リキの心はただひとつだった。
誰よりも早く現場に出て、徴税がしたい。
直属の上司である迷宮徴税課統括官・加算税サグルにかつてこんなことを言われた。
幼稚園に通っていた頃だったか、小学校に通うようになっていた頃だったか、記憶は定かではないが、サグル統括官の言葉だけは今も鮮明に覚えている。
「徴税官はどんなおしごとですか」
ほとんど目を見開かない糸目の男は意味深な調子で言った。
「学校に気になる子はいるかい?」
「ううん。わかんない」
気になる子。
質問の意味が分からず、リキはちょっと困った顔をした。
当惑するリキの頭をくしゃっと撫でて、サグルが言った。
「もう少し大きくなったら分かるだろう。気になる子のことはなんでも知りたいものなんだよ。どんな生活をしているのか。どんな家に住んでいるのか。大切にしている物はなにか。隠している秘密がないか。自宅に隠し金庫や隠し扉がないか」
気になるあの子が隠している秘密、隠し金庫、隠し扉……。
サグルの語る仕事像に、幼いリキは興奮を隠せなかった。
「徴税官の仕事というのはね。気になるあの子の秘密をすべて知った上で、それでも気になるあの子に徴税することだよ。実に尊い仕事だと思わないかい」
「うんっ! とうとい!」
サグルの語る仕事像を真っすぐに受け取ったリキは、誰よりも若くして迷宮徴税官となった。
現代日本に移り住んできた異種族移民たちが巣くう迷宮の民は、「税金の通知書が届かない」ことを口実として、国民の義務である税金の支払いを拒否していた。
異種族移民であろうと、現代日本に住まう以上、国民の三大義務たる「勤労の義務」「教育の義務」「納税の義務」を守らなければならない。その義務を守らなければ、人里に降りてきて人を食らう熊と同じく、速やかに射殺されても文句は言えない。
「迷宮の民は納税の義務を怠っている。どんな手を使っても税金を払わせろ!」
「なぜ日本人ばかりが重税を課され、迷宮の民は納税を免れているのか。不公平だ!」
国民の生活が苦しくなるほど、迷宮の民への不満の声が高まっていった。
しかしながら、迷宮の民から税金を取り立てるのは生半可なことではない。不法に迷宮に住み着いた異種族移民の総数は不明。住民票もなく、定収があるかも定かでなく、人間とまともにコミュニケーションがとれるかもわからない。
迷宮は首都圏直下に網の目のように張り巡らされた地下鉄網をかいくぐるようにして拡大を続けており、その日の居住地がまた次の日も同じ場所に存在しているとも限らない。
迷宮の民が納税を免れていることに国民的な不満が募っているのは、国税も承知の上だった。
しかし、迷宮の民一匹一匹に抜き打ちで税務調査を行っていては職員の手が足りない。
具体的な解決策を見出せぬまま、時ばかりが過ぎていった。
いよいよ国民の怒りが頂点に達しかけた時、発足したのが迷宮徴税課だった。
迷宮徴税課の統括官に着任した加算税サグルが打ち出した徴税案は今でも語り草だ。
「この際、末端の雑魚には目を瞑るというのはどうでしょうか」
「みすみす無申告を見逃すことになるではないか」
国税局のお偉方が憤慨するなか、“効率の鬼”はさらりと言ってのけた。
「ご承知の通り、迷宮は果てしなく広大です。迷宮の民一匹一匹を強制捜査するにしても職員の手が足りません」
「御託はいい。それでどうするつもりだね」
「迷宮をひとつの生態系とみなし、迷宮主に莫大な相続税と固定資産税を吹っ掛けるというのはいかがでしょうか」
国税局のお偉方がざわついた。効率の鬼が打ち出した徴税案は斬新だった。
「末端の雑魚には目を瞑る代わり、ダンジョン主が貯め込んだ迷宮貯金をごっそり頂く」
ざわめきが一瞬にして静まり返った。
相続税は一度きりしか課税できないが、固定資産税は毎年課税される。
ダンジョン主たった一人を決め打ちする、というのも極めて効率がいい。
「良い案だが、迷宮を差し押さえて接収した方がいいのではないかね」
「いいえ。迷宮は迷路そのもので、まともな人間が住む場所ではありません。接収したとしても使い道に困りますし、維持費にも莫大な費用がかかります」
「毎年、固定資産税を徴収した方が効率的ということか」
「そう考えます」
国税局のお偉方は、加算税サグルの思惑に理解を示しかけていた。
「それで、どの程度の税収を見込んでいるのかね」
「およそ二兆円」
お偉方はさすがに呆気にとられた顔をした。
東京都における固定資産税の総額は一兆五千億円から二兆円に満たない金額を推移している。
「たった一人の迷宮主から東京都丸ごとに匹敵する固定資産税を徴収する気かね。大法螺もいい加減にしたまえ。さすがに馬鹿げている」
馬鹿げた案だと一蹴されかけたが、加算税サグルは大真面目だった。
「迷宮貯金。まずはこちらの実体についてご説明いたします」
大都会迷宮の見取り図を見せながら、加算税サグルが説明を加えた。
迷宮は第一階層、第二階層、第三階層、第四階層、最深部の深淵という構造となっていた。
第一階層は地上都市に近接する迷宮の玄関フロアで、もっとも経済活動が活発なゾーンだ。
異種族移民が営む各種店舗が軒を連ね、時折人間も紛れ込んでいる。
「ダンジョン内では異種族異民が寄り集まって独自の経済圏を築いており、キャッシュレスの支払い形態――迷宮払いが主流となっております。1迷幣=1円で、売り上げの一部がダンジョン主に送金される仕組みであることが判明しております」
迷宮貯金の仕組みを理解したお偉方が感心したように言った。
「つまり、ダンジョン主は寝ていても金が入ってくるということかね」
「その通りです」
「なるほど、理解した」
「ご理解いただき感謝申し上げます」
「迷宮徴税課はどの程度の人員が必要かね」
「私を含め、三人。発足時点ではそれだけで事足りるかと」
「ずいぶんと少数精鋭だな。欲しい人材があれば、好きに持っていくといい」
「ありがとうございます」
加算税サグルが統括する迷宮徴税課に配属された一人は、弱冠十五歳の徴収力。
もう一人は、“迷宮を股に掛ける女”“納税の女神”“迷宮徴税課の女”“徴税第一主義”の異名を持つエリート迷宮徴税官――課税架純だった。
架純はクール、ストイック、私語一切なしの仕事人間であるが、最年少で迷宮徴税官となった徴収力の姉貴分的存在である。地味にスタイルがよく、無自覚に色気があるため、国税局内でも隠れた人気を誇っている。
生まれたてのリキが初めて喋った言葉が「徴税第一」であったことからも分かるように、リキは架純を実の姉のように慕っていた。
かくして、迷宮徴税課に徴税権力御三家の未来を担う有望株が揃い踏みした。
加算税家のサグル(29)。
課税家の架純(26)。
徴収家の力(15)。
迷宮徴税課に配属されたばかりの頃は、リキは架純と二人一組となって行動を共にしていた。
しかし、本日は初の単独徴税だった。
「それでは、行ってきます」
リキは気合が入りまくっていたが、架純はどこか心配そうな目をしていた。小走りに近寄ってきて、少しばかり膝を折った。
成長途上のリキの身長は、すらりとした長身の架純の肩程しかない。
「ハーちゃん、ひとりで大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
局内でも、リキをハーちゃんと呼ぶのは架純ただひとりだけだ。
力→パワー→ハーちゃん、と変換されたらしいが、どうにも子供っぽい響きのせいで、ちょっとくすぐったい。サグル統括官がニマニマしながらこちらを見ていた。
課税架純が過保護な姉のような口振りで言った。
「トラブったら、すぐに呼んで。速攻で行くから」
「はい」
課税架純の十八番の徴税魔法は、『強制捜査』。
迷宮徴税課の女が何の前触れもなく繰り出す容赦なき強制捜査により、あらゆるものが丸裸にされ、隠し金庫や隠し扉も強制解除される。
だが、このところ課税架純の面は割れており、上席調査官である課税架純が迷宮に乗り込んできたとなれば、強制捜査が執行されるとすぐに露見してしまう。
そこで、まだ面の割れていない新人のリキが単独で迷宮に赴くこととなった。
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。気になるあの子に初めましての挨拶をするだけだから。まあ、気楽にやりな」
「はいっ。頑張ります!」
「初対面で嫌われないようにね。仕事柄、どうせ嫌われるけど」
加算税サグル統括官に背中を押され、徴収力は迷宮に赴いた。
徴収力、十五歳。
これより、気になるあの子に徴税します。




