大都会迷宮
大都会迷宮の入り口は、よくよく目を凝らせば、都市のあちこちに見つけられる。
まるでその一軒だけ立ち退きに抗い、時代に取り残されたような寂れた定食屋の崩れ落ちた看板に、暗号めいた文言が書き連ねてある。
――支払いは迷宮払いオンリー
――当迷宮は免税です
――迷宮徴税官の立ち入りを禁ず
分かるものにはそれと分かる書きぶりに、リキは思わず笑みを漏らした。
ひょっとして、この文言は気になるあの子が書いたのだろうか。
納税意識が薄いどころか、税という仕組みを理解していない節のある異種族移民がはっきりと迷宮徴税官に拒否感を示しているのだ。一見すると招かれざる客のようだが、迷宮徴税官を意識しているのは明白で、これは一周回って愛の告白に等しい。
わたしをいつまで待たせる気?
早く来てちょうだい、迷宮徴税官。
さっさと来ないと、嫌いになってしまうわよ。
気になるあの子からのメッセージに、リキの心は自然と昂った。
単独徴税ということもあるが、迷宮に足を踏み入れる前からドキドキが止まらない。
「……歓迎されてるなあ」
店内に電気は点いておらず、営業停止した定食屋には誰も寄りつかないが、国税局公式迷宮装備と呼ばれる専用制服に身を包んだ初々しさ満点のリキには、迷宮への立ち入りを禁ずるように張り巡らされた魔法障壁もさしたる障害とはなり得なかった。
「――《固定資産税》」
リキは鼻歌を歌うように徴税魔法を唱えた。申し訳程度に張られた魔法障壁をあっさり解除すると、リキは勇んで定食屋の暖簾をくぐった。どうにも足取りがはずんで仕方がない。
実のところ、気になるあの子のことはよく知らない。
リセルテア・ヴェルダーク。
通名は、リセ。
老ダンジョン主であった父ヴァルゼム・ヴェルダークからその座を引き継いだ現ダンジョン主のダークエルフ。
「相当な美少女だったよ、ダンジョンちゃん。嬉しいかい?」
リキを送り出す際、加算税サグル統括官がニマニマしながら言った。
迷宮徴税課の中でも、現迷宮主と直接会ったことがあるのはサグル統括官だけだった。
統括官が迷宮の深淵に住む迷宮主を「ダンジョンちゃん」と親しげに呼んでいるのが、リキには少しばかり羨ましく思えた。
公僕であるリキとて、思春期真っただ中の少年であることに違いはない。
相当な美少女ダークエルフと聞いて、期待感がいや増すのは仕方のないことだった。
思えば、迷宮徴税官の仕事の何たるかは統括官に叩き込まれた。
リキの頭の中で、サグル統括官の教えが反復する。
気になる子のことはなんでも知りたいものなんだよ。
どんな生活をしているのか。
どんな家に住んでいるのか。
大切にしている物はなにか。
隠している秘密がないか。
自宅に隠し金庫や隠し扉がないか。
徴税官の仕事というのはね。気になるあの子の秘密をすべて知った上で、それでも気になるあの子に徴税することだよ。
リセルテア・ヴェルダーク――徴収力が今、もっとも気になるあの子。
彼女のことはほとんどよく知らないけれど、たった今からあらゆることを把握しに行く。
彼女のことなら、どんなことでも知りたい。
隠し口座はないのか。
迷宮の住民との間に金銭トラブルはないのか。
彼女が隠したいと思っている秘密資産はないのか。
魔獣やトラップといった変動資産の正確な数と市場評価額。
老ダンジョン主から相続した迷宮遺産の全貌と相続税の申告状況。
彼女のことなら、どんなことでも知りたい。
ありとあらゆることが知りたくてウズウズする。
「待っててね、リセ」
まるで将来を誓い合った仲のような言い草だが、実際、その通りだ。
相続税は一度きりの課税だが、固定資産税は毎年課税される。
一年、また一年……。
迷宮を手放さない限り、美少女ダークエルフとのご縁は続く。
エルフ族は人間と違って長命で、千年も、二千年も生きると聞く。
それはつまり、リキが没した後もひたすら徴税は続くということだ。
いつまでも途切れない永遠にも等しい徴税。
なんという愛だろうか。
「ぜったい税金取り立てるマン、徴収力。これより迷宮に潜行します」
ひとりでテンションをぶち上げ、リキは定食屋から続く迷宮の第一階層に足を踏み入れた。
「待っててね、ダンジョンちゃん。今、行くよ」




