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プロローグ

 大都会迷宮メガロポリス・ダンジョン――最深部・深淵(アヴィス)


 ダンジョン主の枕元に、国税局の男が現れた。


「何者だ? なぜここまで侵入できた」

「私の目は少々特殊でありまして」


 死の淵にあるダークエルフに向かって、糸目の男が律儀な挨拶をした。


「お初にお目にかかります。国税局迷宮徴税課統括官加算(かさん)(ぜい)サグルと申します。本日は着任のご挨拶をと思いまして」


 聞き慣れない役職であったからか、ダークエルフが眉をひそめた。


 寝たきりのダークエルフはまるで枯れ木のように細く、今にも息絶えそうな苦しげな荒い呼吸を繰り返している。糸のような目が死にかけの寿命が幾ばくかを正確に検分する。


 加算税サグルは抜け目なく周囲を見渡した。


 深淵に通ずる隣室の影から、エルフの娘がこちらの様子をちらちらと盗み見ていた。

 目の前の老エルフではなく、盗み聞きしているエルフの娘に言い聞かせるように言った。


深淵(ここ)に辿り着くのになかなか苦労しましたよ。この迷宮はとてつもなく広い。そして野放図に拡張を続けている」


 老いさらばえたダークエルフは、ようやく指一本を動かした。


「リセ、向こうへ行ってなさい」


 エルフの娘はふるふると首を横に振り、その場に居座った。

 横目でエルフの娘の挙動を捉えながら、加算税サグルが静かに言った。


「ヴァルゼム・ヴェルダークさん。こちらで発音合ってます?」


 訂正はなかった。

 代わりに、ごほごほと咳き込んだ。


「あなたが迷宮の管理者――いわゆるダンジョンマスターということでよろしいでしょうか」


 否定もなく、肯定もなかった。


 迷宮(ダンジョン)(マスター)のヴァルゼムが死期を悟ったように目を閉じた。

 荒かった呼吸はすでに落ち着いていた。


「現代日本に移住してきて何年になりますかね」

「さあな。ざっと百年か、二百年か。そう昔のことではあるまい」


 異世界から現代日本に移り住んできた長命種――エルフの長ならではの時間感覚だった。


「私はもう長くない。この迷宮は娘に譲るつもりだ」


 ヴァルゼム・ヴェルダークが遠い目をした。

 日夜拡張を続ける迷宮を丸ごと娘のエルフに譲るつもりであるらしいが、ヴァルゼムの故郷である異世界ならばともかく、現代日本の税制では通用しない。


「あちらの世界……。我々の言葉では異世界と申しますが、税金というものは存在しないのでしょうか」


 加算税サグルは答えを聞くまでもない質問を投げかけた。

 現代日本に移り住んできた異種族移民たちに税金の概念はない。


「……ぜい?」


 瞑目していたヴァルゼムが怪訝そうに目を見開いた。


「何人も死と税金から逃れることができない。それがこの世界の(ルール)です」


 どうにもヴァルゼム・ヴェルダークは税なる概念が理解できないようだが、税金の通知書が迷宮の隅々にまで届かないことを口実として、これまで税金から逃れ続けてきた迷宮の民たちに知らしめるためにも、尊い犠牲となっていただくこととしよう。


 加算税サグルは表情ひとつ変えず、淡々と告げた。


「お嬢様に迷宮をお譲りになるのは素晴らしいお考えです。ですが、お嬢様が迷宮を引き継ぐには相続税を収めていただかなければなりません。こちらの迷宮は全貌を把握できないほどに広大ですからね。相続税もなかなかの金額になってしまうかと」


 税の概念は完全に理解できずとも、重大事であることは理解できたようだ。

 実に結構なことだ。


 加算税サグルは内心でほくそ笑んだ。


 死と同列に語られる税。

 それ以上の説明が必要であろうか。


「その税とやらを払わないとどうなる?」

「こちらの迷宮を差し押さえさせていただくことになります」


 穏やかであったヴァルゼムの表情がみるみると歪んでいく。

 悪い知らせに血圧が急に上がったのか、どす黒い血管がどくどくと脈打っている。


 迷宮を身内に譲る場合、多額の相続税がかかる、という警告はした。

 発足したばかりの迷宮徴税課からのご挨拶だ。

 差し当たっての用件は済んだ。


「……ぐっ」


 ヴァルゼムが苦しげに呻くが、加算税サグルは小さく頭を下げるにとどめた。


「お父様っ!」


 物陰に潜んでいたエルフの娘が血相を変えて駆け寄ってきた。すれ違いざまに言い置く。


「本日はこれにて失礼させていただきます。後日、改めてご挨拶に伺わせていただきます」


 糸目の男は、まるで用事を一つ片付けただけといった足取りで、深淵から姿を消した。

 空虚な迷宮に残されたのは、死にかけの荒い呼吸とすすり泣く声だけだった。

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