表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
21/22

迷宮接収

 国税庁の上層部は固定資産税の支払い拒否と見なし、迷宮の接収を指示した。


「――これより徴収特別措置法に基づく強制執行を開始する」


 徴収特別措置法には以下のように定められている。


 納税義務者が長期間所在を明らかにせず、または資産の管理を放棄したと認められる場合、当局は当該資産を保全のため接収し得る。


 詰まるところ、リセは「所在不明扱い」ということだ。

 迷宮の閉鎖は管理放棄を意味する。

 それゆえ、国税庁は法的に動かなければならない。


 封鎖された大都会迷宮メガロポリス・ダンジョンの入り口に国章入りの魔導ハンマーが振り下ろされる。


 国税局特別査察隊(TーSATS)が封鎖された迷宮の扉を物理的に破壊し、迷宮の民たちを次々と拘束し始めた。


「裁可は下りた。本件迷宮、差し押さえ対象と認む」


 武装した国税局特別査察隊の精鋭たちが雪崩れ込み、阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。


 大都会迷宮は包囲され、力ずくの差し押さえが開始されるが、加算税サグル統括官は見て見ぬふりだった。効率の鬼は、どだい国税庁の上層部に逆らう気はさらさらないのだろう。


「あーあ、差し押さえになっちゃったかあ。こうなったらもう止まらないよ」


 このような事態を招いたのは、リキの迂闊さが原因だ。

 気になるあの子に近付いて、そろそろ固定資産税を払えるかな、などと囁いた。

 支払いの拒否がどんな事態を招くか、深く考えもしなかった。


「くそっ、ぼくがなんとかしなきゃ」


「……ハーちゃん」


 課税架純上席統括官に制止されるのも聞かず、リキは脱兎のごとく駆け出した。


 自らが蒔いた種だ。

 不始末は自分の手で刈り取らねばならなない。


「――《全貌監査フルスコープ・オーディット》」


 リキは加算税サグル統括官の十八番である《全貌監査》を未熟ながらも唱え、なんとかリセの精神にアプローチしようと試みた。迷宮の全貌など見通せなくていい。隠し資産や隠し金庫の場所など把握できなくていい。ただリセの心に直接問いかけたい。


 ただただ一心不乱に、リキは彼女の心に届くように念じた。


 リセのシルエットと思しき、ぼんやりとした像を捉えた。


 武力行使を伴って突入してきた国税局特別査察隊を止めるには、固定資産税を支払う意思があると証明しなければならない。


 リキはひたすら大声で訴えた。


「税金は迷宮を奪うものではありません。迷宮の所有権を法的に守る費用です。固定資産税を払わないと、差し押さえの合法的な根拠を与えてしまう。ぼくが徴収に行くのは、リセさんを罰するためではなく、迷宮というあなたの家を守るためだ」


 迷宮内は混乱を極めていた。異種族移民たちは訳も分からぬまま、武装した国税局特別査察隊に拘束され、地面に転がされている。


 リキは迷路のような迷宮内を息せき切って走りながら、リセに向かって訴え続けた。


「支払う意思さえ示してもらえれば、非課税証明書や納税猶予申請書はいくらでも用意します。リセさんの迷宮主としての権利は最大限に保護します。だから、お願いです。迷宮を守るためなんです。どうか、ぼくを信じてください」


 どれだけ懇願しても、塞ぎ切ったリセの心を打つことはできなかった。


 固定資産税を支払う意思があると示せればいい。

 そうすれば、国税局特別査察隊の差し押さえは止まる。

 なのに、肝心のリセにコンタクトすることができない。


 全力で走って、すでに息は切れかかっていたが、リキは吼えるような大声で言った。


「徴収は不可避だ。何があっても税金を取り立てます。だって、ぼくはぜったい税金取り立てるマンだから」


 遮二無二宣言したが、リセの心が完全に閉じているのか、まったく通じる気配がない。


「……くそっ、駄目か」


 迷宮内部はひたすら迂回し、同じ廊下が幾度となくループし、深淵に到達できない。

 捻じくれた迷宮はリセの心象を投影したものなのだろうか。


 だとしたら、いつまでも深淵に辿り着けそうな気がしない。

 空襲警報のようなサイレンに交じって聞こえてきたリセの声は切実な色を帯びていた。


「迷宮の民たちよ。逃げてくれ。下手に争って血を流すな。食料ならばある。あるだけ分け与えよう。生きてくれ。迷宮主として言えるのはそれだけだ」


 リセは葛藤に引き裂かれていた。


 税金は父親の敵だ。

 おいそれと税金を払いたくないという気持ちは理解できる。


 しかし、税金を払わなければ大事な迷宮を差し押さえられてしまう。

 ふと、アヴィスシュートの投入口(ホッパー)が目に入った。


 後先考えず、リキは頭から突っ込んだ。


「行っけぇええええぇええ!」


 このまま真っ逆さまに深淵まで落下してしまえばいい。

 しかし、アヴィスシュートの縦穴もまた捻じ曲がっていた。

 途中で詰まり、リキはにっちもさっちも動けなくなってしまった。


「……おい、嘘だろ」


 進めもせず、戻れもしない。

 未熟な《全貌監査》でリセにコンタクトしようとしているが、まったく応答を示さない。

 もう、どうしようもない。


 万策尽き果てた。


 諦めかけたその時、アヴィスシュートの奥底から強烈な吸引音が響いた。

 魔改造されたロボット掃除機――ハーちゃんがリキもろともに吸い込んだ。


 魔力を帯びた異常なほどの吸引力が捻じ曲がった縦穴からリキを引っこ抜いた。


「……ハーちゃんっ!」


 まさしく天の配剤だった。

 リセへのお詫びの品が巡り巡って、リキの窮地を救ってくれた。


 縦穴直下の贈答品の山に吸い込まれ、むくりと起き上がる。


 幼体火竜(ベビー・サラマンダー)のフレイがリキの周囲を楽しげに旋回した。


 深淵にはリキが一番乗りで、どこにも国税局特別査察隊の姿はなかった。


「やあ、久しぶり」


 そんなに日が経ったわけでもないのに、永遠に近いほどの別離と感じた。


「よくも、のこのこと顔を出せたものじゃな。二度と顔を見せるなと言ったはずじゃが」

「ごめん。ぜんぶぼくのせい」

「まったくじゃ。いったいどうしてくれるのじゃ、この変態め」


 厚手のローブとマントを身に纏い、地肌の白さを隠すように黒化粧(メイク)をしたリセが棒立ちになっていた。能面のような無表情だが、辛辣な口振りは相変わらずだった。


「固定資産税を支払う意思を見せる。そうすれば国税局特別査察隊が迷宮を差し押さえる根拠はなくなる」


 言葉で言うのは簡単だが、リセにはおいそれと受け入れられるものでないだろう。

 フードにすっぽりと隠れてはいるが、薄っすら泣いているのがよくわかった。


「父は税金に殺されたのじゃ。迷宮を継ぐのに税を払い、その上、迷宮を維持するにも税を払えとな。承服できぬわ。1迷幣(メイペイ)たりとも払いとうない。しかし、父上の遺した迷宮をみすみす奪われとうない。どうすればよいのじゃ」


 徴収力は税を取り立てる側の人間で、父殺しの片棒を担いだも同然の罪人だ。

 馬鹿の一つ覚えだが、徴収力にできるのはただひとつだけ。


 固定資産税を支払わせる。


 無慈悲だが、リキにできるのはそれがすべてだった。


 ぽっきりと折れてしまいそうなリセを思い切り抱きしめたかったが、あいにく指一本とて触れる資格はない。ただただ真摯に言うにとどめた。


「ぼくがあなたを守ります。誰にも手出しはさせない」


 リセは反吐でも吐くように悪しざまに言った。


「できぬじゃろ。国家の犬のくせに」

「国家の犬だって、飼い主の手を噛むこともあるんですよ」

「……何をする気じゃ?」


 国家に反逆することとなるが、愛するただ一人のためにキャリアなど喜んで棒に振ろう。

 徴税第一であるが、この際、言っておかねばならないことがある。


「迷宮内の全員に話したいんだけど」

「ふん。そこに向かって喋れ」


 うろちょろお掃除しているロボット掃除機――ハーちゃんに向かって喋れば、迷宮内に轟く仕組みのようだ。


 共同声明として、ありがたく使わせていただく。


「こちらは迷宮徴税官・徴収力です。迷宮主リセルテア・ヴェルダークの代弁者として申し上げる」


 なるたけ冷静な調子で言い募った。


「まず固定資産税の算出根拠についてお尋ねします。固定資産税の評価額の基礎となった土地・建物は果たして正確に見積もられているのでしょうか」


 毎日のように拡張を続ける大都会迷宮の資産価値を正確に見積もれたはずがない。

 それが出来るとすれば、加算税サグル統括官ただひとりだ。


 二兆迷幣(メイペイ)などとキリの良い数字は、効率の鬼らしい手抜きの概算見積りに他ならない。


全貌監査フルスコープ・オーディット》を駆使して、正確に大都会迷宮の全域を観測(スコープ)したはずはない。


 過剰に税金を取り立てたとしても、世間知らずのダークエルフが相手だ。


 過大に支払った税金を取り戻す《更正の請求リコンストラクション・リクエスト》をしてくるなどとは露とも思うまい。


「長命なエルフ族にとって、毎年課税されるのは、人間にとって毎月、もしかすると毎週のように課税されるのと同じなのではないでしょうか。種族差を無視して画一的に徴税するのは、公平な税負担の原則に反するのではないでしょうか」


 徴税というルールに種族差を持ち込むな、と言われればそれまでだが、主張はすべきだ。


「迷宮主ただ一人を狙い撃ちにし、他の無申告者を見逃すことが許されてよいのでしょうか。取りやすいところから取る。それが公平な税負担と果たして言えるのですか」


 スピーカーからリキの声だけが垂れ流される独壇場だった。

 深淵に踏み込んでくる者はおらず、反論はなかった。


「毎年迷宮の資産価値を正確に見積り、申告を怠っている迷宮の民には公平な税負担をお願いする。然るべき対応がなされぬ限り、国税局は公平な税負担の原則を自ら踏み躙っていることになる。公平さを捨て置き、あくまでも取りやすいところから取るというのであれば、迷宮主が納得のいく税負担としていただきたい」


 一方的に喋り続けていたリキを遮るように、加算税サグル統括官の恫喝じみた声が響いた。


 糸目を開眼し、《全貌監査フルスコープ・オーディット》を通じて話しかけてきているのかは定かではない。


「ごちゃごちゃ言ってるけど、自分の立場を分かってる?」


「分かってます」


「……ああ、そう。気になるあの子の前でずいぶん舞い上がってるみたいだけど、大概にしときなよ。迷宮は差し押さえるし、武力行使してボコボコにしちゃうよ」


 直属の上司とは思えぬ脅迫であったが、リキは日和りはしなかった。


「ぼくはぜったい税金取り立てるマンです。本件は一任していただきたい。最後に一言」


 すーっ、と大きく息を吸い込み、怒鳴り散らすように咆哮した。


「外野はすっこんでろ!!!」


 上司に逆らったのを見て、リセが大慌てで会話に割り込んできた。


「……わかった! もういい。理解した。固定資産税というやつを毎年払わなければならないのだな。言われた通りに払う。それでいいだろ」


 恫喝から一転して、加算税サグル統括官の声音が奇妙なまでに優しくなった。


「承知いたしました。ご理解いただき感謝申し上げます」


「その代わり迷宮の民からは1迷幣たりとも徴税するな。私から徴収していいのは徴収力一人だけだ。その条件ならば飲む」


 リセがここぞとばかりに交換条件を持ちかけたが、あっさり却下された。


「税負担の公平性の観点から迷宮の民に徴税を行わないというお約束は致しかねます。しかしながら後者の要求は可能な限りご要望にお応えしたいと存じます。ひとまず、そのような感じでいかがでしょうか」


「ああ。それで構わぬ」


 リセが固定資産税の支払いに応じたことで、国税局特別査察隊は即時撤収となった。

 どうにも壮大な茶番のようにも思えてならなかった。


 結局、加算税サグル統括官の描いた下絵通りになったのだ。

 加算税サグル統括官がほくそ笑む。


「覚醒したねえ。まるで本物の徴収不可避(フカヒ)じゃないか」


 なんだか意味深な調子の声が聞こえた。


「徴収不可避? なんのことですか」


 いつぞやのなりすまし迷宮徴税官が掲げていた標語だろうか。

 リキが問い返したが、統括官は煙に巻いた。


「いいや、こっちの話。徴収力くん、君のような有能な部下を持てて私は幸運だよ」

「……それはどうも」


 褒められた感じがなく、ただ手駒のひとつとして上手に使われただけの気がした。


「気になるあの子への単独(ソロ)徴税(アタック)、どうだったかい?」

「しばらく余韻に浸りたいと思います」

「ああ、そうしたまえ」


 統括官との会話が途切れるや、なんとも言えない表情のリセが抱きついてきた。

 天敵である迷宮徴税官が憎らしいのか、それともまさか誇らしいのか。


 いったいどういう感情なのだろうか。


「き、さ、ま、は……。貴様というやつはぁ……」


 さして痛くもない往復ビンタを何発も食らい、制服のまま、温泉に突き落とされた。


 温泉の周囲をロボット掃除機――ハーちゃんがぐるぐると回り、幼体火竜のフレイが気持ちよさそうにぷかぷかと温泉の中を泳いでいた。


 なんとも気の抜ける光景に、リキは思わず安堵の息を漏らした。

 若気の至りで国家に反逆してみちゃったりしたが、なんとか無事に生きていたみたいだ。


 リセはいそいそとローブとマントを脱ぐと、素知らぬ顔で温泉に浸かった。

 誰に言うでもなく、非難がましい口調で言う。


「下着は脱がんのか、この変態め」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ