国税局特別査察隊
気になるあの子への再徴税は完全に座礁しかかっていた。
迷宮への立ち入りを禁ずるように張り巡らされた魔法障壁は鋼鉄よりも強固になっていた。
「――《固定資産税》」
リキがどれだけ魔法障壁を突破する徴税魔法を詠唱しても埒が明かない。
「……駄目か。くそっ」
分かるものには迷宮へ通じていると分かる張り紙を地上で見ることも絶えた。
迷宮と税務署の間に一時的に開通したワープゲートは跡形もなく消滅している。
迷宮への入り口はどこもかしこも厳重に封鎖された。
端的に言って、リセからの絶縁宣言だった。
統括官室に呼び出されたが、加算税サグル統括官の表情がいつになく深刻だった。
いつものニヤけた表情ではなく、重苦しい沈黙に満ちていた。
「かなり危ない状況だよ。分かってる?」
「分かっています」
もはや新人の手には負えない状況だね、と暗に言われているような気がした。
「ダンジョンちゃんは固定資産税の支払いを拒否し、迷宮内に立て籠もっている。上はそう見なしているけど、これがどういう状況なのか、きちんと理解している?」
「……はい」
詰問口調ではなく、加算税サグル統括官はただ冷静に状況を俯瞰していた。
細められた糸目が見開くようなことはなかった。
上とはつまり、国税庁の上層部のことだ。迷宮主リセルテア・ヴェルダークが迷宮内に立て籠もっている状況を踏まえ、統括官には直接指示が下っているのだろう。
「上の見解としては、毎年二兆迷幣払うならこのまま目を瞑る。支払う意思がないなら、迷宮を差し押さえて国家管理とする方針だよ」
「……そんな」
リキが反論するのを遮って、加算税サグル統括官が言った。
「都心の足下に異種族移民が勝手に住み着いているわけだよ。税金も払わずね。いわば地下国家みたいなものだ。税金を払うなら友好国家として扱うけど、支払いを拒否するなら敵性国家と見なす。上はシンプルにそういう判断をしている」
徴税官として経験の浅いリキには、「迷宮を敵性国家と見なす」という発想はなかった。
納税拒否は国家に弓引く大罪であるが、だからと言って迷宮を敵性国家扱いするのはさすがに飛躍し過ぎな気がした。迷宮の民はテロリストではない。ただ普通に暮らしているだけだ。
「納得できない顔だね」
「……はい」
「迷宮の第二階層にペット区画があるでしょ。どんな魔獣や幻獣が飼われているか知れたものではない。地上に放たれたら熊なんかよりよほど危険だ。迷宮の民が一斉に蜂起したら、国家転覆さえもできてしまうかもしれない」
「……それが上の懸念ということですか」
「ありえない、とは断言できないでしょう」
加算税サグル統括官がわずかにニヤついた。深刻さは吹き飛び、いっそ楽しげでさえある。
迷宮の内情を知らない国税庁上層部を小馬鹿にしているのか、それとも上層部の懸念に一定の理解を示しているのか、どちらとも窺い知れなかった。
リキはなるたけ平静を保って質問した。
「迷宮が国家管理となった場合、どうなりますか」
「管理者が変わる。ただそれだけだよ」
加算税サグル統括官はついでのように付け加えた。
「ダンジョンの管理者がダンジョンちゃんじゃなきゃいけないか、ということだよ」
「駄目ですよ。彼女じゃなきゃいけない」
リキが勢い込んで否定したが、効率の鬼は管理者が誰であっても構わないようだ。
「どうしてだい。ダンジョンの管理者が彼女である必要はない。究極、僕であっても構わないよね」
迷宮が差し押さえられ、国家管理となった場合。
ダンジョン主は加算税サグル統括官が任命される、という密約でもあるのだろう。
そうなると、どうなるか。
迷宮全体に張り巡らされた魔力導管が魔力送金網を形成し、迷宮内でメイペイ決済が行われるたび、売上の数%が迷宮貯金としてダンジョン主の魔力プールへ自動送金される。
この仕組みが国家管理となれば、迷宮払いの徴収率を改悪するに決まっている。
「迷宮払いの徴収率をどこまで改悪するおつもりですか」
「国民負担率は五割ほどだからね。まあ、そのぐらいじゃないかな」
「えげつないですね。迷宮の民が誰も住まなくなりますよ」
「構わないでしょう。迷宮が空っぽになれば、きちんと納税している国民を住まわせればいい」
「迷宮を丸っきり作り変えるおつもりですか。そんなの……」
「……許せない?」
加算税サグル統括官のニヤつきが最高潮になっていた。
「そうならないために何をしなければならないか、分かってるよね」
「……分かってます」
沸々と湧いてくる怒りを抑えきれない。リキはぎりり、と歯噛みした。
直属の上司に対して反抗的な態度と見なされるかもしれないが、知ったことではない。
「職分を果たします」
「そ。それでいいの」
徴収力の職分は税を取り立てることだ。それ以上でもそれ以下でもない。
迷宮を敵性国家と見なして差し押さえ、その管理者に収まろうとしている統括官からすれば、徴収力が徴税に失敗したところでさしたるダメージもないのだろう。
究極、どっちに転んだっていい。
「統括官は悪魔のようですね」
きっとこの人は近い将来、国税庁長官までのし上がる傑物なのだ。
迷宮徴税課の統括官で終わるような玉ではない。
「そうだね。ダンジョンちゃんのお父上を実質的に殺したの、僕だもの」
「……え?」
加算税サグル統括官がまったく悪びれもせずに言った。
「あれ、知らなかった?」
「よく知りません」
「ダンジョンちゃんのお父上に相続税のお知らせをしたら、ショック死なさってしまってね。彼女にとっては魔王かなにかに見えただろうね」
業の深い過去であるが、統括官にとっては何ほどのことでもないのだろう。
良心の呵責を覚えたりしませんか、などと聞くだけ無意味だ。
「ぼくを単独徴税させたのはただの消去法だったのですね」
「そうでもあるけど、そうでもないよ」
まったく食えない返答にはこれ以上付き合いきれない。
徴収力は深々とお辞儀をして、統括官室を後にした。
「それでは失礼します」
加算税サグル統括官はひらひらと手を振って、リキの退出を見送った。
「悪魔か。惜しい。まあ、わりといい線いってるね」
くつくつと笑う。
「君を配下に置いておきたいのはね。徴収不可避の血族だからだよ、徴収力くん」




