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会計年度殺し

 リセとの半同棲がいきなり解消され、まさしく青天の霹靂だった。

 官舎で課税架純上席捜査官に説教を受けているが、説教の言葉が耳を素通りする。


「ハーちゃん、それは納税者と徴税官の適切な距離感ではない」


「……なにが悪かったんだろう」


 リキは黄昏たように溜息をついた。


「ハーちゃん、聞いてる?」

「ごめんなさい。聞いてませんでした」


 心ここにあらずであったためか、じとりと睨まれた。


「違法な利益供与を受けていないか、調べる必要がある」


 いきなり圧し掛かられ、耳元に銃口を突きつけられたような気分だった。


「――《強制捜査(ガサ・ガ・サーチ)》」


「ちょっ……」


 問答無用で丸裸にされ、関係性を徹底的に調べあげられた。


「そう。一緒に温泉に入る仲なのね。実質、半同棲ということ」


 凍りつくような冷たい目に見咎められ、心の底から肝が冷えた。


「違法な利益供与なんか受け取ってないです。白ですよね」

「いいえ。限りなく黒ね」


 どこまでも素っ気ない口調でずばりと言われた。


「上官として、あなたが怪しい動きをしていないか見張る必要がある」 


「……へ?」


「私も深淵(アヴィス)に住む」


 徴税第一主義らしい極端な結論。


「入居条件は特になく、迷宮内で使用した迷幣(メイペイ)の一部が迷宮主(ダンジョン・マスター)に還元されることに同意すること。それが迷宮に住まう条件のはず」


「……そうですけど」


 課税架純にも迷宮の深淵に住まう資格がある、と言いたいのだろうか。

 しかし、上席捜査官が言いたいのはそんな単純なことではなかった。


「魔力プールに蓄積された迷幣を家賃とみなせば、立派な事業収入ね」


 仰る通りだが、課税架純の解釈は「毎年固定資産税だけ頂ければいい」という加算税サグル統括官の指針とは真っ向から対立する。


 固定資産税だけでなく、所得税も徴収せよ、と言っているに等しい。


「……あくまでもボランティアで住まわせている慈善事業とみなせば、事業収入には当たらないかと」


「売り上げでないなら何?」


「喜捨です」


「迷宮主は宗教の教祖で、迷宮の民は信者ということ?」


「……いいえ。……はい」


「ハーちゃん、あなたどっちの味方?」


 ぜったい税金取り立てるマンではなかったの、と暗に問われていた。

 リキ自身も、なかなか苦しい言い訳であることは自覚していた。


「彼女に肩入れしていると思われても仕方ありませんが、事情も考慮していただきたいです」


 宗教法人には様々な免税措置がある。


 喜捨やお布施は「信仰心を形に表したもの」であるので非課税となる。宗教的行為の一環とみなされば非課税が原則で、お守りやおみくじの販売も同様に非課税とされる。


 しかしながら、大都会迷宮は宗教法人ではない。


 リセルテア・ヴェルダークは迷宮主であって、迷宮教の教祖ではない。


 迷宮貯金を喜捨やお布施と見なすのは少々無理がある。


 かといって家賃か、というとそうでもない。

 家賃のように定額は支払われず、迷宮の民の住所も不確かだ。


「固定資産税の上に所得税まで徴収したら、とても払い切れないのでは」


 迷宮貯金を売上と見なせば確定申告が必要だが、事はそう単純ではない。


「会計年度を滅茶苦茶にする魔術を使うんです。所得税を徴収するにしても一筋縄ではいきません」


「時間操作魔術……。それは厄介ね」


 ――会計年度殺しフィナンシャル・イヤー・リセット


 悠久の時を生きるダークエルフのリセが繰り出した徴税魔法に対抗するための時間操作術式。


 迷宮内の会計年度そのものを歪め、確定申告の期限や納付期限といった税務上の基準日を強制的にリセットする。徴税魔法のほとんどは「期日」を根拠に成立しているため、この魔法を発動することで一時的に効果を無効化できる。


 期日が変動してしまえば、申告された売上と税務署側のデータとにズレが生じる。

 迷宮徴税課は徴収の根拠となる裏付けのないままに税を取り立てることとなる。


「最悪、《更正の請求リコンストラクション・リクエスト》を唱えざるを得ない状況に追い込まれるかと」


 更生の請求は、納付すべき税額が過大であったと認める場合に対象側から発動される再計算術式である。


 徴税エリートである徴収力がこの術式を自ら唱えることは己の敗北を意味する。


 徴税第一主義の課税架純でさえも、おいそれとは崩せない山であった。

 納得はいっていないようだが、ひとまずは引き下がってもらえた。


「ぼくに任せてもらえませんか。徴収家の名にかけて、必ずや徴収します」


「……わかった。任せる」


 課税架純は「トラブったら、すぐに呼んで」とは言わなかった。

 すでに、どうしようもなくトラブっている。


 上官から強制捜査(ガサ・ガ・サーチ)を受けるなんて、それこそ前代未聞だろう。


 あからさまな軽蔑の目が突き刺さる。

 丸裸にされたまま正座をさせられ、そろそろ足が痺れてきた。


「彼女と裸のお付き合いをしていたのね。ふーん」


 ごめんなさい。


 適切な距離感、だいじ。

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