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魔改造ハーちゃん

 徴収力は官舎の自室で途方に暮れていた。

 点けっぱなしのテレビには、どうでもいい通販番組が流れていた。


「……お詫びの品、どうすればいいんだろう」


 差し押さえてしまった下着のお詫びに相応しい物。

 それはやはり下着ではないか、と思うのだが、課税架純上席捜査官に白い目をされた。


「私なら、軽蔑する」


 すっぱり一刀両断されてしまったが、なんのかんので下着選びに付き合ってくれたりはしないだろうか。


 官舎の別階に住まう姉貴分の部屋を訪ねようか、と考えたが、なんとなく反応は想像できた。

 次にやらかしたら、白い目では済まない。


 蔑む目。


 氷結した空気に耐えられそうもないので、自分でなんとかするしかないようだ。


「……お詫びの品。お詫びの品かあ」


 ダークエルフの迷宮主に相応しいお詫びの品がさっぱり思い浮かばない。


 迷宮の深淵には未開封の贈答品が山のように積まれていた。

 ありふれた消え物の菓子類ではお詫びになりそうもない。


 その時、制服のポケットがもぞもぞと動いた。ポケットからひょっこりと顔を覗かせたのは、迷宮の第二階層で遭遇した火竜(サラマンダー)極小版(ミニチュアサイズ)だった。


 ほとんど赤ちゃんのようなつぶらな瞳には凶悪さの欠片もなかった。


「いつ紛れ込んでいたんだろう。ちっとも気付かなかった」


 幼体火竜(ベビー・サラマンダー)はテレビの前で小躍りし、しきりに通販番組に反応した。


「こちらのロボット掃除機、今ならなんとこのお値段……」


 幼体火竜がリキの制服に噛みつき、今すぐこのロボット掃除機を買え、とせっついているようだった。


「これをお詫びの品にしろ、ってこと?」


 半信半疑のリキが訊ねると、幼体火竜がこくこくと頷いた。

 幼体火竜は喋れこそしないが、意思疎通はできるようだった。


「ロボット掃除機か。その発想はなかったな」


 感心したリキだが、通販で購入すると、商品が届くのは翌日以降だ。

 お詫びに行くのであれば、一日でも早いに越したことはないだろう。


「分かった。ロボット掃除機をお詫びの品にしよう」


 リキは颯爽と家電量販店に出掛け、最高級モデルのロボット掃除機を買い求めた。

 ぎりぎり初任給で買えるほどの金額であったが、お詫びの品としては相当に高額だった。


「……これ、経費申請できたりするのかな」


 加算税サグル統括官なら経費として認めてくれそうだが、課税架純は認めてくれそうもない。ありったけの誠意を示すため、すべて自腹で払うことにした。


「よし、このままお詫びに行こう」


 両手に余るほどの嵩張るサイズであったが、持ち運べないこともない。

 リキは勢いで大都会迷宮の第一階層に赴いた。


 しかし、ロボット掃除機を抱えて、果たして深淵まで辿り着けるであろうか。


 課税架純に随伴してもらった方がよかっただろうかと考えたが、お詫びは気持ちだ。


 とにかくお詫びの気持ちが伝わればいい。勢い込んで猛ダッシュで深淵まで突っ走ろうとしたが、幼体火竜がリキの手に持ったロボット掃除機に向かって頭突きをした。


「……あっ」


 お詫びの品が縦穴に転がり落ちてしまった。


 リキは恨めしそうに幼体火竜を咎めようとしたが、縦穴の脇にほとんど目立たぬ注意書きが付されていた。


 ――深淵直結縦穴(アヴィスシュート)

 ――迷宮主へのお中元、お歳暮はこちらに投入ください。

 ――規格外サイズは途中で詰まる可能性があるのでご遠慮ください。

 ――生物の通り抜けは自己責任でお願いいたします。


「この穴、深淵に通じてるの?」


 リキが不安そうに尋ねると、幼体火竜がこくこくと頷いた。


 幼体火竜は制服の袖を引っ張って、「さあ、飛び込め」と急かしてくる。


 ミニチュアサイズの火竜ならば、縦穴に詰まることはないだろう。


 しかし、リキが通り抜けられるかどうかは微妙なところだった。


 両肩をすぼめればギリギリいけそうな気もするが、縦穴で詰まって身動きできなくなったら一巻の終わりだ。煙突に詰まる太っちょのサンタクロースよりも悲惨だろう。


 黒々としたアヴィスシュートの底は見えない。


「行くしかないか」


 一刻も早く、お詫びの品を渡す。


 それが使命だ。


 ごくりと唾を飲み込み、リキは意を決してアヴィスシュートに飛び込んだ。


「……うわあぁああああぁああ」


 ほとんど引っ掛かることなく、急落下していく。

 この高度から地面に叩きつけられたら、ぺしゃんこになるのではないか。


 ひょっとして、飛び降り自殺のような真似をしでかしてしまったのかもしれない。

 いつまでも終わることのない浮遊感がただただ恐怖を増幅させる。


 ぞっ、と声にもならない悪寒が襲ってきた。


 もしかして、死ぬかも。


 迷宮の深淵に叩きつけられる最悪の場面を想像したが、贈答品の山になんとか不時着した。


「……た、助かった」


 リキはほっと胸を撫で下ろした。


 お詫びのロボット掃除機もちゃんと無事だったので、何食わぬ顔で拾い上げる。

 幼体火竜を連れてアヴィスシュートを通じて一気に深淵へ到達した。


 成人した大人はサイズ的に無理だが、成長期前のリキはぎりぎり通れた。


 しかし、この経路は心臓に悪い。


 リキが贈答品の山からよろよろと立ち上がると、リセが待ち構えていたように仁王立ちしていた。厚手のローブとマントを羽織っているのは相変わらずだった。


「懲りもせず、よく顔を出せたものだのう。この変態め」


 口では罵っているが、リセは幼体火竜に再会できて嬉しそうだった。

 口元がだらしなくにやけている。


 幼体火竜にまとわりつかれ、赤い舌でちろちろ舐められ、くすぐったそうにしている。


「これ、フレイ。やめよ。くすぐったいではないか」


「……フレイ?」


 リキが首を傾げると、リセはつん、と態度を豹変させた。


「わらわがつけた名前じゃ。悪いか」


「いえ。とても似合ってます。素敵な名前ですね」


「ふん」


 リセは幼体火竜にはデレデレだったが、リキに対しては敵対心がありありだった。


「あの……。前回はたいへん失礼いたしました。これ、心ばかりですが」


 誠心誠意に謝罪し、両手でお詫びの品を差し出した。


「なんじゃ、これは?」


 リセが胡乱げな表情を向けた。


「フレイが選んだロボット掃除機です」


「……ロボット掃除機、とな?」


 リセがわなわなと両肩を震わせた。


 お詫びの品にこんなちゃちな物を持ってきおって、と怒りを露わにしているのだろうか。


「お気に召しませんでしたか。でしたら改めて」


 しょんぼりと項垂れたリキがすごすごと退散しようとしたが、リセは乱暴にびりびりと包み紙を破いた。お詫びのロボット掃除機に頬ずりし、まんざらではなさそうだった。


「まあ、受け取ってやっても構わん」


 口ではぞんざいな調子だが、実際はかなり嬉しいみたいだ。

 早速、ロボット掃除機を自走させるが、埃ぐらいしか吸わない。

 でこぼこした迷宮の床をガタガタ揺れながら走行する。


 大量に溜まったゴミを吸わず、ちょっぴり不満げだった。


「なんじゃ、こんなものか」


 期待が裏切られた感がありありだが、リセが何気なしに言う。


「愚図め。貴様が吸えるのは下着だけか」


 あまりにも辛辣な言い草だが、表情がにやけている。

 迷宮徴税官に暴言を吐くのが嬉しいのだろうか。


「そういえば、おぬし、ハーちゃんなどと呼ばれておったな。なにゆえハーちゃんなのじゃ」


「名前が力なので」


「よいよい。どうせ深い意味はなかろう。能天気のパーちゃんとか、そんなところじゃろ」


「だいたいそんなようなところです」


「そうじゃろ。わらわは鋭いのじゃ」


 いちいち訂正するのも大人げないので、あっさり肯定した。

 リセは胸をそやし、ずいぶんと偉そうに勝ち誇った。


「今から貴様はハーちゃんじゃ」


 ちょこまか自走するロボット掃除機にリセが命名した。


「いや、それはちょっと……」


「なんじゃ。光栄じゃろ?」


 リセはご機嫌でロボット掃除機の側面をぶっ叩いていた。

 叩くだけでなく、なんだか念のようなものを込めている。


 もしかして、魔力でも注入しているのだろうか。


「……なにを?」


「ちょっと魔改造をな」


 見た目こそ変わらないが、ロボット掃除機の吸引力が段違いにアップした。


 でこぼこした迷宮の床をまるで泳ぐようにすいすいと移動する。


 埃以外のゴミも吸い込むよう魔改造され、リセがポイ捨てしたゴミを綺麗に吸い込むようになったロボット掃除機――ハーちゃん。


 これで下着まで吸い込むようになったらと思うと、気が気ではなかった。


「ふはは。なかなか良い仕事をするではないか」


 魔改造を終えたリセはなかなかにご満悦な様子だった。


 移動するロボット掃除機の上に幼体火竜のフレイがちょこんと乗っている様はとてつもなく可愛らしかった。ミニチュアの車両を運転する車掌みたいで微笑ましい。


 リセは下着を差し押さえてしまった失態を水に流してくれたのだろうか。


「あの……」


「なんじゃ?」


 差し出がましいが、いちおう言うことにした。


「そこらへんに下着を脱ぎ散らかしたりしない方がよいかと。ハーちゃんが間違って吸い込んでしまうかもしれないので」


 リキが生真面目な調子で言うと、リセが顔を真っ赤に上気させた。


 あっ、しまった。


 地雷だった、と気付いた時にはもう遅い。


「……この、変態がっ!」


 いつぞやの再現のような大音声。

 思い切り頬をひっぱたかれると覚悟したが、失神するような衝撃はなかった。


 ぺちん。


 頬を張った力は弱々しく、遠慮がちだった。


「おぬしは生粋の変態じゃな。徴税変態(エリート)め」


「いや、それほどでも」


 リキが気恥ずかしそうに頭を掻いた。


「褒めておらぬわ。たわけめ」


 仏頂面のリセは、ぷいっとそっぽを向いた。

 聞き取りづらい小声で、ぼそぼそと言った。


「お、おぬしはわらわに興味があるのか。し、下着を所望するなど、変態の所業ぞ」


 問われて、リキはしばらく考えた。


 今、もっとも気になる子に興味がないわけがない。


 ふだん、どんな生活をしているのか。

 迷宮に隠し金庫や隠し扉がないか。


 リセルテア・ヴェルダークのあらゆることが知りたくてウズウズする。

 リキは満面の笑みを浮かべ、一切の照れもなく言い放った。


「はい。気になる子のことはどんなことでも知りたいです。隠しているものもすべて」


「ぬっ……」


 リセはよろめき、指の間からちらちらとリキの顔を盗み見ていた。


 どうにもリセは感情が耳に表れるらしい。

 尖った耳が落ち着きなく上下に揺れ、茹蛸のように真っ赤になっている。


「なんじゃ、わらわと裸の付き合いがしたいと申すか」


 ちらちらと上目遣いで眺めてくるのがなんとも可愛らしい。


「お、おぬし、も、もしかして、わらわに惚れておるのか」


「はい。今はリセさんのことで頭がいっぱいです」


 リキが(てら)いもなく真っすぐに言った。


 リセはぐぬぬ、と負け惜しみのように歯噛みした。

 長い耳が忙しなく上下動し、動揺しているのは明らかだった。


「……チョロいとか思うたか」


「そんなことないですよ。リセさんのこと、もっともっと知りたいです」


 謝罪を受け入れてくれてよかった。

 リキは深々とお辞儀をすると、くるりと踵を返した。


「なんじゃ。もう帰るのか?」


「今日はお詫びに来ただけですので」


 リセがなんだか名残惜しそうな顔をしているが、リキの勘違いだろうか。


「……また来い」


 あー、うー、と唸りながら、消え入りそうな小声でぼそりと言った。


「すぐに来い。五年後か? 十年後か? きっとじゃぞ」


 長寿のエルフならではの時間感覚に思わず笑みがこぼれた。


「リセさんが許してくれるなら、毎日でも来ますよ」


「あうっ……」


 そんなに魅力的な笑みを振りまいたつもりはなかったが、リセは直視するのを避けた。

 しっし、と子犬を追い払うような仕草をした。


 フードを頭からすっぽりと被り、肩に幼体火竜を乗せたまま、リキを追い払った。

 感情が忙しいのか、フードの下で長い耳がぴょこぴょこと上下している。


「去れ。おぬしは心臓に悪い」

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