徴税変態
徴収力の徴税を受けたリセは温泉に浸かったまま、荒ぶっていた。
立ち込めた湯煙が慎ましやかなシルエットを見え隠れさせる。
耳まで真っ赤になっており、深淵の天井を震わすほどの怒号が響いた。
半ば強制的に差し押さえられた下着。
ローブとマントの下に隠した素肌を晒したようで、羞恥心がむくむくと襲ってきた。
「なんなのじゃ、あの変態は!」
父のヴァルゼムを死に追いやった憎き一味であるはずなのに、奇妙なまでに優しい視線。
毒気を抜かれるような子犬のごとき不可思議な純粋さ。
それでいて、あどけなさの残る顔立ちとは裏腹の強引な男らしさ。
どうしようもなく心臓が高鳴るのはどうしたことだろうか。
天敵への嫌悪感。
そうだ、そうに決まっている。
「くそっ、忌々しい」
リセは熱い湯に身を沈め、ぶくぶくと泡を吐いた。
徴収力という名であるらしいが、そういえばニュースで見たことがある。
どうにも最年少の迷宮徴税官であるらしく、徴税権力御三家出身のエリート中のエリートであるらしい。
「……徴税変態か」
思い切り頬をひっぱたいてしまったが、彼奴は機械ではない。
いいや、いっそのこと機械の方がまだマシだろう。
ぶっ叩けば、まともになるテレビの方が徴税変態よりも数段マシだ。
あまりにもむしゃくしゃしたので、幼体火竜を愛でようかと思ったが、どこにもその姿が見当たらなかった。
「おおい、どこぞに行ったのじゃ」
素っ裸のリセはきょろきょろと辺りを見回した。
そう言えば、幼体火竜の愛称を決めてもいなかった。
「どこじゃ。どこにおる? わらわを独りにするな」
父のヴァルゼムが亡くなってから、ずっとひとりぼっちで生きてきた。
幼体火竜は久しぶりに触れた外界そのものだった。
リセの手違いで時を巻き戻し過ぎてしまったため、せめて元のサイズに戻るまでは成長を見守る責任がある。
「おおい、どこじゃ。どこにおる?」
魔力感知を試みたが、幼体火竜の気配はどこにもなかった。
リセの目から、じんわりと水滴がこぼれた。
断じて、涙などではない。
深淵の迷宮主に感傷など似合いはしない。
リセは息を殺して、頭まですっぽりとお湯に潜った。
湯の底で、小さく気泡が弾けた。
もしも、幼体火竜に名付けるならば。
古代エルフ語で“火の雫”を意味する「フレイ」。
それが相応しいと思うが、どうせもう会うこともあるまい。
二千年近くも生きる長命のエルフはいつも置き去りにされる。
少しばかり時を巻き戻して、幼体火竜が楽しげに湯を泳いでいた時点まで遡ろうかとも思ったが、そんなことをしたって、ただ虚しいだけだ。
思い出を重ねるほど、喪失の傷が深くなる。
いかな時間操作魔術とて、死をなかったことにはできない。
それは父の最期に思い知ったことだ。
今ならば、まだ傷は浅い。
どのみち失ってしまったものは、もう元には戻らないと知っている。




