滞納処分
大都会迷宮の深淵に立ち塞がるように、長耳のエルフの少女が仁王立ちしていた。
贈答品が山と積まれていることからして、迷宮主ではありそうなのだが、どことなく違和感を覚えた。肌の色が聞いていたのとは違う気がする。
「……ダーク?」
ダークエルフという触れ込みではあるが、厚手のローブとマントに隠れた肌は可憐なほどに白く、リキは首を傾げた。ひょっとして、エルフ違いであろうか。
「肌の色についてあれこれぬかすな。たわけめ」
目の前の美白なエルフの少女が憤慨する。
偉そうな物言いからして、迷宮主ではあるようだ。
リキが恭しく挨拶をした。
「はじめまして、国税局迷宮徴税課の徴収力と申します。迷宮主のリセルテア・ヴェルダークさんでお間違いないでしょうか」
「そうじゃが」
エルフの少女リセがちらりと課税架純を見やった。
すでに強制捜査の態勢に入りかけていた課税架純がついでのように挨拶した。
「同じく、国税局迷宮徴税課上席捜査官・課税架純」
「ふん、国家の犬め。日本の税金は高過ぎるわりに公共インフラは崩壊寸前で、税金を毟り取るだけ毟り取って、いったい何に使われてるのじゃ」
迷宮主のダークエルフが日本国民の声を代弁するかのような台詞を吐いた。
「その知識はどこから?」
「……ニュースで見た」
リキに率直に突っ込まれると、リセは言葉少なに答えた。
徴税権力への敵意は想定内だが、文句を言ってもいいのは税金を支払った者だけだ。
くしゃくしゃに丸められた相続税の督促状が床に落ちていた。
到底、相続税を支払ったとは思えない。
督促状を拾い上げたリキは決然たる眼差しを迷宮主の少女に向けた。
「督促状は届いていたのですね。支払うつもりはないのですか」
「1迷幣たりとも払えぬわ。ふはは」
「ずいぶんと強気ですね。貯金を隠しましたか」
「ないものはないからのう」
迷宮徴税官が深淵を訪れる前に、目ぼしい資産はあらかた隠してしまったのだろう。
差し押さえる資産もないからなのか、リセはどこまでも強気だった。
明らかに舐められている。
サグル統括官には、「気になるあの子に初めましてのご挨拶をするだけ」とは言われているが、しかし、このままおめおめと手ぶらでは帰れない。
迷宮の深淵まで税金の通知書が届いていないのならまだしも、通知書はきちんと届いていながら、それでも無視しているのだ。明らかに確信犯だ。
このまま尻尾を巻いて帰れば、“ぜったい税金取り立てるマン”徴収力の名が廃る。
リキはひとつ深呼吸をすると、無慈悲な徴税魔法を繰り出した。
「――《滞納処分》」
徴税に抵抗し続ける者に対して発動される強制執行の術式。
対象の持つすべての資産・財産(銀行口座、貴金属、私物など)を強制的に差し押さえて、税額分を回収する最終奥義だ。
発動されれば、最早逃れる術はない。
しかし、徴税魔法の詠唱を中断されるような声が響いた。
「……ハーちゃん」
バディを組む課税架純がゴミ溜めの中から相続税の支払い受領証を探り当てていた。
延滞税含め、十兆迷幣近い金額がすでに支払われていたようだ。
「えっ、嘘……」
先ほどの迷宮主の少女の台詞は、「一迷幣たりとも支払う意思がない」ということではなく、「相続税を全額支払って、もうすっからかん」ということだったのだろう。
すべてはリキの早とちりであった。
徴税魔法の詠唱を途中で止めようにも、すでにもう唱え切ってしまった。
リキが手にしていたのは、迷宮主の少女の私物であるらしい下着だった。
「……パンツ?」
脱ぎたてなのか、まだ、ほんのりあたたかい。
ちょっとした手違いで、リセの下着(迷宮内で最も価値のあるもの。徴収力調べ)を差し押さえてしまったらしい。
耳を真っ赤にした迷宮主の少女が大激怒した。
「……この、変態っ!」
詫びる暇さえなく、強烈な、あまりにも強烈な平手打ちがリキの頬を襲った。
どうやら、会心の一撃を食らい、しばらく失神していたらしい。
気がつくと、迷宮徴税課の統括官室であった。
なんとも微妙な表情を浮かべた課税架純が心配そうな声で言った。
「気がついた?」
「もしかして、迷宮の深淵からここまで運んでくれたんですか」
「ええ」
「すみません」
ばつの悪い顔をしたリキを、加算税サグル統括官がニマニマと見下ろしていた。
「なにを差し押さえちゃったの?」
「……下着を」
「あー、下着かあ。それは駄目だよ」
加算税サグル統括官の声音はどことなく楽しげだった。
「初めましてのご挨拶だけ、と言っていたよね」
「……はい」
「相続税の督促状は送っていたんだよ。支払いを無視するかな、と思っていたけど、延滞税まで含めてきっちり払ってくれてね。意外と素直に払ってくれたね。その上、さらに延滞処分の執行をしてしまったのはこちらの過失だね」
責めるでもない調子であったが、早とちりしたリキの過失であるのは明らかだった。
「すみませんでした」
「いいよ。ダンジョンちゃんが相続税を支払ったのは、ちょうど君たちが迷宮に徴税しに行ったタイミングだった。ちょっとした行き違いだったね」
リキたちが徴税に赴いた圧力から相続税を支払ったのではないだろう。
多額の相続税を吸い上げたサグル統括官はホクホク顔だったが、リキは申し訳なさでいっぱいだった。もう少し冷静に状況を見定めるべきであった。
ぜったい税金取り立てるマンとして功を焦り、先走った。
己の経験不足など、言い訳にもならない致命的なミスをした。
「迷宮徴税課としては大きな功績を上げた。およそ十兆円だ。上層部もたいそうお喜びだよ」
「……ですが」
大いなる成果を上げたサグル統括官にとっては、部下がついでに下着を徴収してしまったことなど些細なミスでしかないのだろう。しかし、ミスはミスだ。無かったことにはできない。
「後日、お詫びの品を持って謝罪に行くといい。以上、お疲れさま」
効率の鬼らしく、部下の謝罪になど興味はないのだろう。話はそれっきりだった。
「お詫びの品はどうすればいいでしょう」
課税架純に訊ねたが、何も答えてはくれなかった。
微妙な沈黙があった。
お詫びの品ぐらい自分で考えろ、ということだろうか。
従来、お詫びの品とは、仕事やプライベートで迷惑をかけた相手に対し、言葉だけでは伝えきれない心からの謝罪の気持ちを「形」として示すための贈り物である。
相手への配慮と誠意を伝え、信頼関係の修復を助けるもの。
食べてしまえばなくなるお菓子など、いわゆる「消え物」が選ばれ、誠実な謝罪の後に渡すのがマナーとされる。ゼリーや焼き菓子が一般的だが、羊羹のように「事態を重く受け止めている」と伝えられる品も悪くはないだろう。
しかし、リキが謝罪する相手はダークエルフである。
日本人ならではの謝罪のマナーに理解を示してくれるとも限らない。
菓子折りよりも、徴収してしまった現物そのものを返すべきではないだろうか。
「下着を徴収してしまったから、やはり下着でしょうか」
リキが生真面目に言ったが、課税架純に汚物を見るような白い目をされた。
姉貴分的な存在である架純にここまで容赦なく冷たい視線を向けられるのは初めてのことであったため、さすがのリキも動揺を隠せなかった。おずおずと上目遣いをする。
「……駄目、ですか?」
「私なら、軽蔑する」
スパっ、と一刀両断で断罪された。
取り付く島もない様子だったため、どうにか助け舟を出してくれないか、とリキは統括官をちらりと見やった。
「……統括官?」
山のように積まれた書類を検分していた加算税サグル統括官の体が小刻みに震えていた。
加算税サグル統括官はテーブルに突っ伏し、細められた糸目の奥から、堪えきれない笑いの波が噴き出していた。
「……くくく。き、君は本当に期待を裏切らないね。いいや、期待以上だ」
加算税サグル統括官が笑い転げていた。
「いいじゃないか。お詫びの品に下着をお渡ししたまえよ。せっかくだから、下着選びに付き合ってあげたらどうだい」
「お断りします」
面倒ごとを避けるように、課税架純がふいっと統括官室から出ていってしまった。
「おやおや、つれないね」
爆笑の波はようやく収まったが、加算税サグル統括官は口の端に笑みを湛えていた。
「お詫びの品はどうすればいいでしょう」
リキが改めて訊ねたが、色よい返事は得られなかった。
「下着じゃなければ何でもいいよ。実際、下着を渡されたら冗句で済まない。下手をしたら、私の責任問題になる可能性があるからね。まあ、無難なものを選ぶといい」
「はあ……」
「大事なのは気持ちだよ。彼女が何を欲しているのか。何なら喜んで受け取ってもらえるか。よくよく考えてみるといい」
なんとも抽象的な助言であったため、リキは途方に暮れた。
気になるあの子への心ばかりのお詫びの品。
「何を渡せばいいんだろう」




