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旧市街

 第二階層のペット可区画を抜けると、空気が一変した。


 傾斜路を登り切った先は地下空間にも関わらず、どこか懐かしい土と水の匂いに満ちていた。


 大都会迷宮メガロポリス・ダンジョンの第三階層は、ここが迷宮内と思えないほどの田園風景が広がっていた。


 見上げるほど高い天井に大規模な魔晄の結晶が吊り下がり、自然光のような光が周囲を照らしている。降り注ぐ光の下に棚田が段々に広がり、収穫を待つ黄金色の稲穂が揺れている。 


 剥き出しの魔力導管(マナ・パイプライン)はどこにも見当たらない。

 景観に配慮して地中に埋められているようだ。


 古代農地精霊のドリュアスが豊穣神として祀られており、ゴブリンの亜種であるコボルトがせっせと畑を耕していた。遠くに果樹園もある。農作業に精を出すエルフ族の姿も垣間見えた。


 第三階層――《旧市街(オールド・タウン)》はなんとも牧歌的な空気が満ち満ちていた。


 都市開発の名の下に、どこもかしこも高層ビルだらけとなった都心部が切り捨ててしまった自然が地下奥深くの迷宮に遺されていることが驚きだった。


「迷宮にこんな自然があるなんて予想してませんでした」

「日本に移住してきた初期の異世界移民たちが築いた集落なのかしらね」


 制服の肩に仕込まれた迷宮徴税官専用の魔導通信機に着信があった。

 通信機に耳を当てるなり、課税架純は鬱陶しそうに電話を切った。


「……今は職務中」


 あまりにもぶっきらぼうだったので、加算税サグル統括官への返答ではなさそうだ。

 リキが不思議そうに首を傾げた。


「どうしたんですか」

「いいえ。こっちの話」


 架純がどことなく気まずそうに視線を逸らした。

 リキにはあまり触れてほしくない話題のようだが、それだけによけい気になった。


「ぼくには教えてくれないんですね。同じ迷宮徴税課なのに」


 捨てられた子犬のようにリキがしょんぼりとした。

 どことなく言いづらそうに架純がぼそりと言った。


「……縁談話」


 課税家の令嬢である架純には幾つもの縁談話が持ち込まれるそうだが、何よりも徴税が生きがいの本人は気乗りがしないのだろう。


「……まだ早過ぎる」

「そうですね。ぼくもそう思います」


 縁談次第では迷宮徴税課からの配置転換もあり得るかもしれない。

 敬愛する上官からまだまだ沢山のことを学びたかった。


「ぼくはまだ先輩から多くのことを学びたいです」

「そう……」


 リキが真っすぐに言い募ると、課税架純にくしゃくしゃと頭を撫でられた。

 相変わらずの無表情だったが、ちょっとだけ目が細められた。

 農地の傍らには見事な石碑が佇立していた。


 初期移民である古代エルフ族が遺したものなのか、象形文字めいた暗号はちっとも理解できないが、文明を嫌い、自然と調和した生活を好んでいたことだけは窺い知れた。


 コボルトたちは収穫した農作物を物々交換しており、迷宮払い(メイペイ)には依存していないようだ。


 ふらりと腰の曲がった老人のエルフが近付いてきた。

 尖った耳に乗っけるようにして麦わら帽子を被り、農具を携えている。


「おや、珍しい。旅の者かね」


 どっこいしょ、と道端の岩に腰掛けて、持参した水筒から直接に水を飲んだ。

 それから石碑に向かって、呪文のような祈りを捧げた。


「我々は迷宮徴税課の者です。農地の売り上げについてお聞きしたいのですが」


 リキが矢継ぎ早に質問したが、惚けたような答えが返ってきた。


「売り上げ? なんのことだね。豊穣神に祈りを捧げただけじゃが」

「カクテイシンコク、はて、なんのことじゃ」 

「ショーヒゼイ、なんだね、それ」 

「インボイス、なにかの呪文かね」


 惚けてしらばっくれているのかと思い、リキは追及の手を緩めなかった。


「農作物の収穫量はどのように記録していますか」

「収穫した時はそこの石碑に刻むのじゃ」

「収穫した農作物をメトロ区で売ってはいませんか」

「売らんのう。ここらで配って終わりじゃよ」


 そもそも課税すべき売り上げがなければ徴税はできない。


 農作物を近隣に配っているだけでは徴税対象とはなり得ない。

 収穫量が記されていたとしても、紙の帳簿と違って石碑は重過ぎて外部に運び出せない。


 ならば、迷宮から産出される魔力資産を吸い上げるべきだろうか。

 しかし、魔力導管は地中に埋まっており、いちいち掘り返すのは骨が折れる。


 さて、どうしたものか。


 徴税のハードルが高過ぎる。


「……先輩」


 リキが助けを求めると、課税架純が懸念を口にした。


「そもそも税制度を知らないのかもしれないわね」


 牧歌的な旧市街の民は税制度そのものを知らない。

 となれば、税とは何かから啓蒙していかねばならないだろう。


「……やりがいがありますね」


 リキが武者震いをした。

 しかし、最優先は気になるあの子への徴税(アタック)である。


「迷宮主にご挨拶に伺いたいのですが、深淵(アヴィス)へはどのように向かえばいいのでしょうか」


 リキが丁寧に尋ねると、エルフの老人はまったく無警戒な調子で言った。


「ヴァルゼムさんのお宅かね。ほれっ、あっちじゃよ」

「あっち……ですか」


 果てしなく遠くに、かろうじて米粒のような何かが見えた。


「はて。ヴァルゼムさん、体調を崩されたのではなかったかね。迷宮主というのも難儀な仕事じゃな。迷宮を広げるたび、ひたすら魔力を消耗するからのう。これだけ広いと維持するだけでも大変じゃろうて。もういい歳なのだから、ゆっくり暮らせばよいものを」


 どうやら第三階層の民は迷宮主のヴァルゼムが亡くなったことを知らないらしい。


「今はお嬢様が迷宮主を受け継いだと聞きましたが」

「そうかい。立派になったものだね」


 エルフ族の老人は感慨深そうに言った。


「嬢ちゃん、なんと言ったかね。えーと、たしか……」

「リセルテア・ヴェルダーク」

「おお、そうじゃ。せっかく深淵に行くなら、リセ嬢に渡しといてくれんか」


 エルフの老人は渡せるものがなかったからか、手持ちの(すき)(くわ)、水筒を差し出した。

 リキは丁寧に頭を下げると、その場を辞去した。


「お気持ちだけ頂戴いたします」




 エルフの老人に見送られ、リキと架純は黄金色の棚田を真っ直ぐに進んだ。  

 歩みを進めるごとに、頭上の魔晄結晶が遠ざかっていく。


 やがて、周囲の木々が巨大な影を落とし始めた。黄金色の棚田が途切れた地平の先に、空を支える巨大な柱のような一際太い魔晄結晶がそびえ立っていた。


 田園風景の最果ては唐突な断崖絶壁だった。


 ただ、底の見えない暗黒がぽっかりと「口」を開けて待っていた。


「……ここが深淵(アヴィス)への入り口ね」


 課税架純が崖の縁で足を止めた。


 先ほどまでの土の匂いは霧散し、鼓膜を圧迫する濃密な魔力が立ち込めている。深淵から吹き上げてくる風は冷たく、それでいてどこか熱を帯びた矛盾した感覚をリキに与える。


 どこからか、こぽこぽと泡立つような音が聞こえる。

 微かな硫黄臭が漂い、ひなびた温泉地のような趣きがあった。


「どうやって降りればいいでしょうか」


 この高さだ。

 飛び降りれば、死は免れない。


「ハーちゃん、あそこ」


 巨竜の血管のように脈動する魔力導管の影にエレベーターらしき鉄籠があった。

 崖に設置されていたのは旧式の魔導エレベーターだった。

 吹きさらしの風を浴びているためか、すっかり錆びついている。


「これ、動くんですかね」


 剥き出しの鉄籠に二人して乗り込んだが、乗降ボタンが見当たらない。


「……叩けばなんとかなるかも」


 課税架純が沈黙する魔導エレベーターをぶっ叩いた。

 理性的に見えて、意外と感覚派なのはご愛敬だ。


 ガタガタと派手な音を立てて降下が始まり、途中で明らかにスピードアップした。

 地鳴りのような音が響き、まるで迷宮の深淵に飲み込まれるかのようだった。


 強烈な重力を感じ、地の底に叩きつけられるような衝撃を覚えた。

 魔導エレベーターはリキと架純を吐き出すと、何事もなかったかのように上昇していった。


「……死ぬかと思った」


 迷宮の深淵の地を踏みしめたリキは気持ちが最高潮に昂っていた。

 いよいよだ。


 気になるあの子への初徴税(ファースト・アタック)はもうすぐそこに迫っていた。

 目の前に広がっていたのは地獄でも、おぞましい魔窟でもなかった。


 巨大な地下空洞の中に生活感に溢れた空間が出現した。

 迷宮徴税官の来訪を予期していたかのように、気になるあの子が待ち構えていた。


 ああ、ようやく会えた。


 はやる気持ちを抑え、リキは大都会迷宮の深淵に足を踏み入れた。

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