不法占拠
迷宮主のリセルテア・ヴェルダークが炬燵で蜜柑をもそもそ頬張っていると、魔法台帳がけたたましく鳴り響いた。
「……な、なんじゃ?」
深淵への直通電話のようだが、もしかして前迷宮主である父ヴァルゼムに連絡してきた古い知人だったりするのだろうか。応答しようか、このまま無視するかを考えあぐね、リセは不審に思いながらも応答した。
「……はい」
「ああ、オレだよ。オレ、オレ」
やけに気安い声が響いた。耳障りな声にリセは思わず顔をしかめた。
そもそも魔法台帳に電話機能があったことなど知らなかった。
「オレなどという知人はおらぬが。……切るぞ」
迷宮内での一大事ならいざ知らず、さしたる緊急性もなさそうだった。
あるいはただの間違い電話か、いずれにしても迷惑なことだ。
「久しぶりだからね。覚えていないのも無理はないか。オレだよ、オレ。ヨシュア・ヤマモロ。君と同じエルフだ。驚かないで聞いてほしいんだが、迷宮の相続権、実は半分オレの物なんだ」
主の間はかつてないほど禍々しい卑俗な魔力に満ちていた。
父が遺したものが迷宮だけではないと知って、リセはショックに打ちひしがれた。
「……ヨシュア・ヤマモロだと。そんな親族の名、聞いたことないぞ」
古代エルフ族とは思えぬ奇妙な名だ。すっかり現代日本に染まりきっているようだが、これが父の言っていたタワマン・エルフだの港区エルフという輩だろうか。
「聞いたことがないのも無理はない。エルフの寿命の長さを考えれば、娘の君も知らない親族がいたって不思議ではないだろう」
「……目的はなんじゃ?」
「オレは迷宮の相続権を半分持っているわけ。でも実際は君がひとりで迷宮を占拠しているわけだ。それって酷くない? 迷宮を半分ぶっ潰してタワマン建てちゃうおうよ。それでお相子」
「それはできぬ相談じゃな」
父の遺した迷宮を潰してタワマンにするなど到底応じられない。
リセが一蹴すると、それを見越したような追撃がやってきた。
「でも相続税払ってないんでしょ。それはつまり、迷宮を不法占拠してるのと同じことだよ」
魔法台帳から響くヨシュア・ヤマモロを自称する男の声は鼓膜ではなく、リセの罪悪感と孤独に直接語りかけてくるようだった。
「……それがどうしたのじゃ」
リセは迷宮の床に転がったままの相続税の督促状をちらと見つめた。
あくまでも強気に言い張ったが、わずかに声が震えていた。
相続税を払わないと迷宮を不法占拠しているのと同じ。
頭を強く殴りつけられたような衝撃にくらりと目眩がした。
「要求はなんじゃ?」
「オレは優しいからさ。迷宮資産の五割。それで手を打とう」
「……ひとつ聞いてもよいか」
小難しいことは分からなかったが、しかしどうにも腑に落ちなかった。
「おぬしに迷宮資産を払ったところで相続税の未払いが解消されるわけではない。不法占拠なのは変わらないのではないか。 むしろおぬしに横流しした分だけ、手持ちの迷宮資産が減って相続税の支払いが遠退くではないか」
リセがずばりと指摘すると、ヨシュア・ヤマモロが慌てたように早口で言った。
「国税庁長官とツーカーの仲だからさ。裏から手を回してあげるよ。君の滞納データなんて、長官の一言でシュッと消えちまう。だからさ、とりあえず迷宮資産の五割。オレにそれだけ預けてくれれば、長官へのお礼も含めて全部丸く収めてあげるよ」
「顔すら見せぬ相手に用はない。わらわは忙しいのじゃ。切るぞ」
「ああ、ちょっ……。待てってば」
どうにも必死な様子で対話を続けようとするのが哀れだった。
「おぬしの言う通りなら、相続税を払えば不法占拠ではないということじゃな」
「……え? ああ、まあ、そうなるね。払えば文句は言われないよ」
「そうか。それを聞ければ十分じゃ」
深淵に来もしない声だけの相手にこれ以上かかずらってはいられない。
その点、糸目の迷宮徴税官は直接挨拶に訪れた。
「貴様、オレオレ詐欺というやつじゃろう。ニュースで見たぞ」
馴れ馴れしかったヨシュアの声が一瞬でドスの利いた低音に豹変した。
「……ちっ、勘のいいガキは嫌いだよ」
通話の途絶えた魔法台帳に向かって、リセは冷ややかに言った。
「失せろ。貴様にくれてやる金なぞ、1迷幣たりともないわ」
くしゃくしゃになっていた督促状を拾い上げ、丁寧に皺を伸ばす。
リセは黄昏たように言った。
「……不法占拠か」




