第10話:連続殺人の惨劇
能勢の廃寺で判明した凄惨な過去。
そして、俺と玲奈の歪んだ夜が明けた翌朝、事態は最悪の形で動き出した。
俺のスマートフォンの短い振動音が、静寂な部屋に重苦しく響いた。
ディスプレイに表示されたのは「中垣内」の文字だ。
『修司か……尼崎だ。今すぐ来てくれ』
中垣内さんの声は、これまでで最も低く、怒りと疲弊が交ざり合っていた。
『惨劇だ。今度の奴は……失踪じゃない』
阪急塚口駅から少し離れた、尼崎の古い歓楽街の一角。
雑居ビルの路地裏には立ち入り禁止のテープが張り巡らされ、数台のパトカーが物々しく路地を塞いでいた。
現場に立ち込めていたのは、強烈な血の匂い——そして、それを覆い隠すかのような、狂おしいほど濃密なあの白粉と甘い香水の匂いだった。
「中垣内さん」
俺が駆け寄ると、中垣内さんは無言で路地の奥を顎でしゃくった。
そこに転がっていたのは、二人組の男の遺体だった。
ひと目は六十代半ば、もうひとりは四十代前半。
二人の死体は、直視するのを躊躇うほど無惨に損壊されていた。
腹部は深く引き裂かれ、体内の水分が完全に抜けたかのように皮膚は干からびて萎びている。
そして……その顔面には、あの真っ白な白粉と、耳まで裂けたかのような真っ赤な口紅が塗りたくられていた。
「被害者の身元は分かった。六十代の方は、かつて能勢の地で不動産を営んでいた男の息子だ」
中垣内さんが冷たく澄んだ目で遺体を見つめる。
「そして四十代の方は、その男の甥だ。……どちらも、昭和初期に能勢の廃寺で起きたあの事件の主犯格の血縁者だよ」
「血縁者……復讐ですか」
俺は膝をつき、遺体の首元に目を凝らした。
首筋には、強靭な力で締め上げられた指の痕がくっきりと残っていた。
男のものとも思える骨太な指の力と、長くなめらかに伸びた爪の痕。
さらに、被害者の胸元には、一筋の赤い液体で文字が書き残されていた。
口紅で書かれた、艶やかで乱れた筆跡。
『男なんて、みんなみんな愚かで愛おしい豚……』
「……黒田だ」
俺が呟くと、中垣内さんは深く息を吐き出し、ポケットから一パックのタバコを取り出した。
「現場の防犯カメラに、かすかに映っていたそうだ。絢爛豪華なドレスを纏い、高いヒールを鳴らして闇に消える、大柄で妖艶な『女』の姿がな」
「黒田の精神は完全に支配されたか……」
「いや……支配されているだけならまだいい」
中垣内さんは火をつけ、紫煙をくゆらせながら俺を直視した。
「監視カメラの映像の最後、その『女』はカメラに向かって不敵に微笑んだんだ。……その顔は、怨霊の恐怖に怯える顔じゃなかった。男を殺し、己の美を誇示する喜びに満ち溢れていた」
黒田慎一という男の肉体。
そこに宿った怨霊の情念。
二つの存在が融合し、「美しき惨劇の女王」として覚醒を遂げてしまったのだ。
「修司……お前の相棒は、もう戻らんかもしれんぞ」
中垣内さんの冷酷な示唆に、俺は一瞬だけ目を閉じた。
胸の奥を刺すような痛みが走る。長年の相棒であった黒田の明るい笑顔が頭をよぎる。
だが、次に目を開けた時、俺の瞳にはいつもの冷徹な頭脳の光だけが戻っていた。
「分かっています。……だからこそ、俺がこの手で終わらせる」
遺体から漂う甘い香水の香りが、俺の鼻腔に残り続けていた。
黒田の狂気の刃は、今や確実に、過去の因縁を持つ者たちを喰らい尽くそうとしている。
そしてその視線は、次に…誰へと向けられるのか。
俺は現場を後にしながら、冷たい殺気を肌で感じていた。




