八・フランクさんとエリオット
長月を迎えると、スズムシやコオロギが活発に鳴きはじめ、秋の訪れを告げる。
一難去ってまた一難。ロイがいなくなったと思いきや、今度はアイアンズ家の護衛騎士フランクと遭遇する確率があがってしまった。
一度目は買い物に出かけて遭遇し、二度目は兄に誘われた観劇にて隣の席だった。二度あることは三度ある、ということわざがあるように、三度目は偶然立ち寄ったジェラートショップにいた。アイアンズ家に立ち寄っていないのに、三度も重なってしまった。
フランクは、男前な外見とは裏腹に中身はものすごく硬派だ。気になる異性が現れても、ぐいぐい行くタイプではない。イリーナに恋をしたときも、主であるユージンに気遣い、身を引いたほどだ。そんな彼を攻略するには押せばいい。ただそれだけだ。ニエルはフランクに対して積極的にアプローチしていないのに、どういうわけか好感度があがっていた。
せめて、フランクだけは異性と幸せになってほしい。硬派でかっこいいので、密かに推していたからだ。
それなのに、ロイもエリオットもフランクも、みなニエルに注目している。このままでは乙女ゲームではなくBLゲームになってしまう。ユージンの好感度が高いから、他のキャラの評価も高くなるのだろうか。
(そんな裏設定、あったっけ?)
正ヒロインであるイリーナが不在ゆえに、色々とおかしくなっているのかもしれない。
せっかく街に出たので、どうすれば回避できるのかヒーラーに相談することにした。
「あなたが、ユージン・アイアンズと結婚すればすべて解決します」
「だから、それを回避するにはどうしたらいいんだよ!?」
「……」
ヒーラーに視線を逸らされてしまった。これでは本末転倒だ。ヒロインのイリーナも、こんな大変な思いをして攻略していたんだろうかと、ゲームのキャラだというのに同情したくなった。妹が遊んだ乙女ゲームは一つだけではないが、実際に体験することでヒロインの大変さが身に染みた。
*****
秋分の日が近づくと、昼夜の長さがほぼ等しくなる。彼岸花が咲きはじめ、道端を赤く染めている。まさに秋だ。
フランクとばかり出くわしていた反動からか、なんと久しぶりにエリオットと再会してしまった。視界に飛び込んできたので、獣に遭遇したときのように気づかれぬよう、ゆっくり後ずさりしたというのに真っ先に声をかけられてしまった。逃げられなかった。
「やあ、ニエルくん。元気にしてた?」
「はい、まあ」
ここは「先輩はどうですか?」と質問する場面でもあるが、会話をさっさと切り上げたかったので曖昧に返事をするだけに留めた。余計なことは言わないに限る。それなのに、エリオットはお構いなしに口を開いた。
「時間は取らせないから、ちょっとそこの公園で話さないかい? お茶一本、飲み終わるまででいいからさ」
面倒だから断りたい。今すぐ回れ右をして帰りたい。しかし、ここで断ってしまうと、しつこく食い下がられるのは目に見えている。エリオットはそういう男だ。逃げられれば逃げられるほど、燃えるらしい。厄介すぎる。
「……五分だけなら」
「よかった! じゃあ行こうか」
(しまった、一分の方がよかったか……)
そう思いながら後をついて行く。すでに後悔していた。
「ニエルくん。もう君のことは口説かないから、これからは友達として仲良くしてくれないかな?」
ベンチに腰かけるなり、右手を差し出される。笑顔が怪しい。男と手は握りたくないが、手を出さなければいつまでも解放してくれないような気がする。仕方なく握手に応じると、指先がぴりっと痺れた。
(なんだ!?)
静電気の類いではない。慌てて手を離したけれど遅かった。
「ごめんね、こうするしかなかったんだ……」
先輩はなにか言っていたが、ニエルは最後まで聞いていられなかった。
*
意識を手放してからどのくらい経っただろうか。重い体をなんとか起こすと、古びたベッドの上に寝かされていた。
「……ここは、どこだ?」
自分の部屋ではない。どこかの宿泊所のようだ。かび臭いし、天井は薄汚れている。
「気がついた? ニエルくん」
すぐ隣に、薄気味悪い笑みを浮かべたエリオットが立っていた。まんまと騙されてしまった。攻略対象キャラゆえに、無体なことはしないだろうと油断した結果、簡単に裏切られてしまった。エリオットは犯罪紛いのことをするようなキャラではないし、レイティングは全年齢の乙女ゲームだ。
「どういうつもりだ?」
「振り向いてくれないから、こうするしかなかった」
「な……やめッ!!」
いきなり真上から覆いかぶさられ、この世界に転生して初めての危機が訪れた。まさか男に襲われてしまうとは──。
こんなところをユージンに見られてしまえば大惨事になりかねない。絶対に面倒だ。それと同時に、学習能力のないニエルに幻滅する可能性もある。ユージンの好感度を下げるには、イリーナが不在の現状、このままエリオットとどうにかなった方が手っ取り早いのかもしれない。けれど、頭ではわかっていても嫌なものは嫌だ。
(先輩、悪く思うなよ!)
ここは股間を蹴り上げて、ピンチを脱するほかない。
「ニエルー!」
意を決して蹴り上げようとしたその寸前。蹴破る勢いで扉がバーンと開き、血相を変えたユージンが飛び込んでくる。間髪入れずにエリオットを引き剥がす。
「来てくれたんだね、ユージンくん!」
「……まったく。いい加減にしてくれませんか、先輩」
「……ん?」
殴り合いの喧嘩が始まるようなことはなく、エリオットは先ほどまでの薄気味悪さを引っ込め、うっとりとした表情をしている。ユージンはユージンで、憤怒していると思いきや呆れ顔だ。わけがわからない。
「……どうなってんの……?」
「ニエルくんと親しくなろうとしたところ、ユージンくんに冷たくあしらわれたことがきっかけで、どうやらそっちに目覚めたんだよ」
「ハア!?」
ドMになったんだと興奮気味に語られ、ニエルの背筋はゾッとした。まだ冬でもないのに寒気がしてくる。
「ニエル。相手にしなくていいから。視界に入れるのもダメだ。君の目が穢れる」
「ああ、いいぞ、いいぞ、もっと罵ってくれ!」
「うわあ……」
ヒロインが出ない弊害からか、女好きで優男だったエリオットに「変態」という属性が新たに付与されてしまったらしい。ユージンに罵られたい一心でニエルを連れ去ったのだという。原作では、ユージンに冷酷にされたことがきっかけで、イリーナを見かける度に逃げるようになるはずだ。攻略するにはそれを追えばいいのだが、こうも狂ってしまうとは予測できなかった。
(イリーナがいないから、みんなちょっとずつ方向性がおかしいのか……?)
エリオットの対応は、今後ユージンに一任することにした。関わり合いを極力、持たずに避けることにした。




