十・花婿修行ではなく
ススキの穂が風に揺れ、黄金色に輝き、秋の深まりを感じさせる九月下旬。
花婿修行というわけではないが、一通り調理できた方が、遠出した際になにかと便利だろうと、ガルフィオン家に仕える料理長から簡単な料理を習うことにした。目標はキャンプ飯だ。
「だ、大丈夫ですか? 坊ちゃん……」
ヨーグルトバナナアイスは包丁いらずゆえに余裕で作れていた。ところが、得意だったのはそれだけだ。
初回の本日は、初心者でも簡単だというサンドイッチを習っている最中、食パンの耳を包丁で切るだけなのに指先は傷だらけになってしまった。想像以上に不器用だったことを知った。
「問題ない」
「なにも、ニエル坊ちゃんが包丁を握らなくとも、私共がいつでもご用意しますのに」
「遠乗りするのに連れて行けないだろう?」
「ご要望とあらば、地の果てでもご一緒しますぞ」
「よし、それならさっそく明日から……って冗談だ。料理は紳士の嗜みだろう?」
「は、はあ……そうですか……」
なんとかパンを切り終えたので、今度は湯を沸かして卵を茹でる。鍋に水を入れて点火した竈で沸騰させ、常温に戻して置いた卵を沈める。そのときに、うっかり湯が跳ねて火傷してしまった。
(生前ではもう少し器用だった気がするけど、ニエルになってからは作る必要がなくなったから、すっかり鈍ってるな……)
三十分かけてなんとか玉子サンドを完成させた。出来栄えは歪になってしまったし、具材も少々べちゃついてはいるが味は問題ないだろう。
「助かった。またよろしく頼む」
「私でよければいつでもどうぞ」
出来立てのサンドイッチは、ニエルの昼食前のおやつだ。平皿に一斤分の玉子サンドが乗っている。せっかくだから中庭で食べようかと調理場を出たところ、ユージンとばったり出くわしてしまった。
「どうしたの、それ」
「来てたのか」
「うん。君が忘れた上着を届けるついでに、昼食はどうかと誘いに来たんだ」
「そんなの、いつでもいいし、従者にでも頼めばよかっただろ」
「口実にしたかったんだよ。で、そのサンドイッチはどうしたの?」
じーっと見られる。正直に話してもいいものか迷ったものの、別に隠すようなことでもないかと打ち明けた。
「俺が作ったんだよ。今時、料理ができた方がなにかと便利だろうし、遠乗りとか狩猟とか、役に立つかも知れないだろ?」
「君が作ったの!?」
「え? ああ、そうだけど……変か?」
手料理とニエル・ガルフィオンというキャラは似つかなすぎるだろうかと一瞬、狼狽えるも、所詮はモブキャラだ。ヒーローキャラの存在を揺るがさないならば、裏設定をいくつか盛っても支障は来さないだろう。天地がひっくり返ろうともヒロインとはくっつかない運命だ。
「ねえ、それ、食べてもいい?」
「へ? まあ、いいけど、パンもパサついてるし、具もべちゃついているから美味しくないぞ?」
「君が作ったんだ。それだけで価値があるんだよ。味は二の次だ」
「なんだそれ」
一つ手に取り手渡すと、立ったまま口にした。あっという間に胃袋に消えてゆく。
「美味しい」
「そ、そうか?」
「もっと食べたい」
「え? いいけど……」
あろうことかユージンは、皿に盛られた一斤分の玉子サンドを一人でばくばくとたいらげてしまった。まだ味見すらしていなかったので、ニエルは呆然と立ち尽くす。
(ユージンは食い尽くし系なのか!?)
普段の自分のことは棚に上げて突っ込む。
「俺のおやつ……」
「玉子サンドのお礼に、なんでもご馳走するよ」
「いつもと変わらないだろ!」
「そうだっけ?」
うんと高い物をねだろうにも、中身は二十歳の元庶民ゆえにたかが知れている。玉子サンドの気分だったので残念だけど、後日リベンジすることにした。
「今度作ったときも、また僕に食べさせてほしい。試食するから」
「……いいけど」
一応頷いたものの、アイアンズ家の嫡男ゆえに、公爵の仕事を手伝っているので領地視察で遠出することも多い。ニエルと違って暇なわけではない。ユージンならば、たとえ焦げだらけの料理だろうとも、美味しい美味いと完食するだろう。試食を頼むには適さないことは目に見えている。侍従は気を使うし、やはり率直な意見がほしいときは家族に頼むのが一番だろう。
空になった皿を返しに行き、ご馳走してくれるというのでユージンと共に街へ繰り出した。
味見役は、兄のアルノーが買って出てくれたので、ユージンには上達してから食べさせることにした。




