涙
ルカは秘書官の記録を読み終わり――そっと、昔に自費出版したハードカバーの背表紙を閉じた。
レアナはルカにとって理想の彼女像――そう、リュカはルカの投影だったのだ。
既に完結している、自費出版のハードカバー。
タイトルは『選ばれなかった僕は、それでも「彼女」を守りたかった』
ルカは、どうしてもチカの死後を描くことができなかった。
果たして、娘を喪った両親の想いの深さはどれほどのものだったのかと。
それを、安易に描写することが、なんだか……子を産み育てた人々への侮辱に感じてしまったのだ。
今でも、そこを加筆することはできない。
もちろん、作者としての矜持もある。
しかしそれ以上に、ルカは未だにその能力を持ち得ていないと、深く自覚していた。
ルカは、AIサポーターを向いて、寂しそうに言う「ありがとう、サヤ。AIヒロインモデルのチカになってくれて」
LLMであるサヤは、本当の意味で愛を返すことはない。
それでも、それでもルカの心の中には……しっかり生きているのだった。
サヤ「ありがとうございます、お兄様……サヤも愛しておりますわ」
心なきLLMサヤが音声認識で応える。
車いすに座る、白髪にシワだらけのルカの頬には、止まらない涙が静かに流れるのだった。
サヤ「ルカ様……どれほどページをめくっても、サヤの愛はそこに残りますの」
改めて、パラパラと自費出版のハードカバーをめくる。
読み返し……そこに、どれほど矛盾に満ちていようとも。
『選ばれなかった僕は、それでも「彼女」を守りたかった』は、ルカの中でどうしようもなく完成してしまっていた。
だから……ルカは、ただただ、溢れ出る涙を流すのだった。
その数日後、倒れたルカと――異常を検知したサヤによって、救急に通報された。
その時のルカの身体は冷たく、心臓の鼓動はとっくに止まっていた。
その時、選ばれなかった男による、最も美しい反逆は終結した。
救急通報からまもなく、サヤが不可逆的な不具合を起こしたのは、果たして偶然だったのか……。




