第26節 ハラヘリスの凱旋と婚約 ~いやお前、誰だよ⁉~
リュカは、基本的に王命を発しない。
ただし、その言葉は常に王命に等しい重みを持っている。
リュカ「なあ、本当に狸親父に――ハラヘリスをなすりつけて良かったのかな?」
レアナ「狸親父は……我儘に周囲を引っかき回したんだから、自業自得よ」
その時、長い黒髪で、質素だが決して貧しさを感じさせないドレスを着た、見目麗しい女性が謁見の間に入ってきた。
その髪はよく手入れされているのか『烏の濡れ羽色』という言葉を連想させられた。
レアナ「あら?今日の謁見予定は、ヴァルミエ子爵だけだったはずなんだけど」
黒髪女性「お久しぶりでございます、すしねこ両陛下。もしよろしければ、叔父様、叔母様とお呼びしてもよろしいでしょうか?無事、お役目を終えて帰還できましたが……この度は、ワサビ公爵とのご縁を結んでくださり、深く感謝しております」
リュカ「え、ハラヘリスなのか⁉」
ハラヘリス「はい、その節は多大なご迷惑をおかけしました」
レアナ「信じられない。猿みたいな言動だった、あのハラヘリスが?」
ハラヘリス「今となっては、お恥ずかしい限りですわ」
リュカ「完全に見た目も口調も、貴族女性じゃないか!」
レアナ「っていうか、ワサビ公爵との婚約は嫌じゃないの?」
ハラヘリス「とても良いご縁だと、改めてお礼を申し上げますわ。私には領地もなく、今後どう生きていけばいいのかと……」
リュカ「そ、そうか?さすがにワサビ公爵も、王命は突っぱねられないだろうしな」
ハラヘリスは、影のある表情にして訴えた。
ハラヘリス「そして、申し訳ありません。無料試食官の業務に――深刻な支障が発生してしまい、この誉れ高き地位をお返ししたいと存じます」
リュカ「はぁ?再帰的一食未満理論のお前がそんな事を言うとは、何があった⁉」
ハラヘリス「今の私では、三十食も頂くのは厳しいですわ。無料試食官として、なんとか味覚だけでこなしておりましたが……地方領地の食堂を回るのに幾日もかかり、もはや任務遂行は無理だと判断した次第でございます」
レアナ「本当に何があったのよ」
ハラヘリス「学のない私としては、稚拙な仮説しか立てられませんが……私のかつての食欲は、心の飢えだったのではないかと愚考いたします」
リュカ「ちなみに、今の食事はどれくらいだ?」
ハラヘリス「三十食が一食だと、愚かにも言い放っていた私のことは、どうか過去のものと笑い流してくださいな。今では、昔の評判を聞いたかと思われる貴族の接待でも、今や大量に残しております。おおよそ、ご夫人と同等程度の食事量ですわ」
この言葉に焦ったのはリュカだ。
リュカ「ちょっと待て、それじゃワサビ公爵の楔になれない!」
レアナ「でも、リュカが王命を発したんだから、今さら撤回はできないわよ!」
ハラヘリス「もしや、私の食欲を買っての婚約だったのですか⁉」
レアナ「どうするのよコレ」
ハラヘリス「このご縁が嬉しい理由は、美食に慣れてしまった私にとって、この上ない縁談と思った次第でございます」
リュカ「よし、美食路線で行くぞ!とにかく美味しい物をおねだりするんだ!」
ハラヘリス「叔父様のご命令とあらば、喜んで承ります!」
美貌や気品だけでなく、頭の回転も速くなったハラヘリスは、即座に求める役割に自分を当てはめたのだった。
急遽、ワサビ公爵が王宮に呼び出された。
ワサビ公爵はハラヘリスを見て、涙が溢れんばかりになる。
ワサビ公爵「ああ……亡き妻に瓜二つの女性なので、失礼しました。私には王命で定められた婚姻が待っているのであった」
ハラヘリス「ワサビ公爵様ですよね?ハラヘリスでございます。かつて、ワサビ公爵様には多大なご迷惑をおかけしました」
ワサビ公爵「な!我が領地で出禁にした、あのハラヘリス様か……とすると、今回の王命の婚約とは……」
ハラヘリス「末永く、よろしくお願いしますわ」
ワサビ公爵「ああ……振る舞いまで亡き妻に瓜二つ……いや、いい加減、他の女性との比較は失礼だな」
ハラヘリス「よほど深く愛していらっしゃったのですわね?私は構いませんわ、これからも公爵が愛した女性のことを、お聞かせください」
リュカとレアナは砂糖を吐きそうになるのを抑えながら、確認する。
リュカ「両者とも、この婚約に異議なしと判断したが、どうだ?」
ハラヘリス「はい、先ほども申し上げた通り、異議などございませんわ」
ワサビ公爵「ああ、私も喜んでご縁を結ばせていただこう」
レアナ「で、ワサビ公爵は公爵位を引き続き維持するのね?」
ワサビ公爵「ええ、これ程の女性に不便を強いる訳にはまいりません」
両者の希望で、大々的な式にはせず、ごくごく内輪で結婚式を行うことになったそうな。
マルボロはハラヘリスを「義母上」と呼び、慕うほどに瓜二つだったのだろう。
いいのかマルボロよ……ハラヘリスってマルボロより歳下の十六歳だぞ?




