第18節 狸親父の陞爵を考える ~過酷なワサビ伯爵の過去~
レアナがぽつりと言った。
レアナ「ねえ、そろそろワサビ伯爵のままじゃ問題じゃない?」
リュカ「うーん……でもな、ほら外務大臣か財務大臣にって話の時にマルボロから辞退されただろ?」
レアナ「でも、あれからもう三年経つのよ?」
リュカ「そうだな、ワサビ伯爵を陞爵(しょうしゃく――爵位が上がること、ここではワサビ伯爵が侯爵になることを意味する)させるか」
レアナ「リュカったらやっぱり意地悪ね……それじゃ恩賞じゃなくて嫌がらせじゃない?……ふふ、私は当然賛成よ」
リュカ「そうだな、今後文部科学大臣と農林水産大臣の兼任でありながら、伯爵位では厳しいだろう」
しかし、後ろに控えるマルボロはさすがに黙っていられない。
マルボロ「すしねこ両陛下、それでは貴族間のパワーバランスが……」
レアナ「あら?できると思ったからこその陞爵なんだけどね、というかあなた達親子が異常なのよ」
リュカ「そうだな、ワサビ伯爵はあの辣腕、マルボロだって若くして伯爵子息でありながら宰相補佐……これは絶対、普通じゃないからな」
マルボロ「そうでしょうか?」
レアナ「はぁ……まず事実確認からしましょう。私たちが当時のワサビ子爵邸を訪れる前って、名産は煙草しかなかったんでしょ?」
マルボロ「そうです。『草』なんて誰も見向きもしない雑草でしたからね」
レアナ「懐かしいわね『草』、あれってワサビの草だったでしょ?」
リュカ「そこからが、そもそも異常なんだよ。煙草だけが名産で子爵?下手したら、準男爵の領地でも不自然じゃないぞ?」
レアナ「それでいて、当時の王宮派ナンバーツー?名産が煙草だけなら爵位が高すぎるし、派閥の力学としては爵位が低すぎるのよ」
マルボロ「さすがに当時は、すしねこ両陛下にも明かせませんでしたが……うちは諜報もある程度請け負っていたのです」
マルボロは、懐かしそうに過去を振り返る目をしていた。
リュカ「でも、当時のネバリオ王も……王家の影を使っていただろ?」
マルボロ「はい、その王家の影を『ナットウ男爵の影』という名目で使っていたのが我が家ですね」
レアナ「なるほどね……王家に目を掛けられていたなら、一応子爵でも……筋は通るかしら」
マルボロ「うちの領地は、寿司も当時シースーでしたが……食糧事情も良かったですからね、イネも鮮魚も領地で完結しておりますから」
リュカ「シースーか、懐かしいな。サビ抜きの寿司だったよな」
マルボロ「はい、今ではワサビ領では寿司がソウルフードとなり、どうしてもサビ入りが食べられない……ほとんど子どもだけがシースーを食べております。しかし『かっけ』の件では、本当にお世話になりました」
レアナ「あの頃から、マルボロは機敏な動きをしてたわよね……ミーソ汁の提供義務化を即日対応とか」
マルボロ「母が鬼籍に入ってから、私も甘えてはいられませんでしたから、ははは」
リュカ「うちの母は、俺の出産後体調を崩してそのままだった……だけど、そこまで厳しくなかったぞ」
レアナ「私の母も、私が八歳の時に……その後、ろくでもない父親の元で育ったし、成年と同時に神殿に売られたけど、それまではそんなに……」
マルボロ「リュカ陛下にはロランティーナ様がいらっしゃいますからね、レアナ陛下は……本当にお辛かったと思います」
三人とも、母という存在に想いを馳せる。
リュカ「ところで、今だから聞けるけど『ねこ貴族構想』っていつからあったんだ?」
マルボロ「祖父が子どもの頃には、その輪郭ができあがっていたと聞いております。ですから――今から、およそ六十年前になりますかね」
リュカ「それを、ワサビ伯爵が……実現したって訳か」
レアナ「一気に躍進してるわよね、本当に伯爵じゃ全然足りないわね」
リュカ「さて、円卓会議を開くかな?今回の議題は、ワサビ伯爵の陞爵についてだ」
マルボロ「……かしこまりました。手配しておきます」
レアナ「なんか、不満そうね?」
マルボロ「率直に言えば、そうですね。いくら何でも、私に侯爵など勤まりませんから」
リュカ「いや、宰相補佐を何年も務めておいて、何を言ってるんだよマルボロ……」
レアナ「っていうか、農林水産大臣と文部科学大臣の兼任よ?本来なら片方だけでも伯爵に任せるような仕事量じゃないんだからね⁉」




