第10節 教育と福祉の方向性 ~高度な薬の謎~
レアナはぽつりと言った。
レアナ「そろそろ、病院などの福祉も整えたいわよね」
リュカ「レアナ、やっぱ前世は看護師かなんかだっただろ?」
レアナ「看護師じゃあないわよ?」
リュカ「……まさか、女医?」
レアナ「あら、バレちゃった♪」
リュカ「まあ、病院や福祉はいずれどうにかしたいと思っていたが、こんなに早く手を付けることになるとはな……さすがは賢妃」
リュカはため息を吐きながらも、まんざらではない表情だ。
レアナ「とは言っても、ただの小児外科医だけどね」
リュカ「いや、それって医者の最難関だろ!」
レアナ「そうでもないわよ、ボトックス注射で治療する神経内科医とか、トップ層は私より凄いわよ?」
リュカ「ごめん、詳しいことはわからん……ボトックスってシワ取り美容に使うとばかり」
レアナ「まあ、一般人だとそんな認識か、過剰な働きをする神経を遮断するとかにも使われるのよ……それにしても、ワルファリンといいDOACといい、高度な薬があるのよね……血液が固まるのを防止する薬の処方なんて、専門性高すぎでしょ」
疑問に思ったレアナがつぶやく。
チカ「それについては、私から答えよう」
リュカ「どういうことだ?」
チカ「兄くんたちが生きていた時代より後、自動化された製薬システムが作られてね」
レアナ「じゃあ、大体の薬が作れるのね⁉」
チカ「レアナ君の感覚でなら、大概の薬は対応可能だろう」
レアナ「で、その処方はマギシステムを通じてやっていると?」
チカ「そういうことだ、ナットウ男爵のワルファリンやDOAC処方もまた、この製薬システムあってこそなんだ。マギシステムと連携しているからね」
レアナはどこか呆れ顔である。
リュカ「なあ、それでも原材料がないと薬って作れないんじゃないか?」
チカ「兄くん、それを含めての製薬システムと言っておこう。薬の原材料くらいなら、マギシステムを通じて提供させるなど造作もない」
もうレアナはため息を堪えることを諦めた。
レアナ「そういう訳だったのね……っていうか、なんで男爵はワルファリンを飲んでいて、今でもDOACを飲んでいるの?心臓が悪いの?」
チカ「たかが小児外科医に内科の詳しい説明をしても、理解できないだろう。ただ血栓のリスクが検出されただけだよ」
レアナ「馬鹿にしないでよね!深部静脈血栓症のリスクでしょ?ってか小児心臓までやってたんだからね⁉」
チカ「チッ……ただの小児外科医どころじゃないではないか、このノイズが!」
リュカ「だから、レアナを刺激しないでさしあげろください!」
レアナが落ち着くのを待って、話を続ける。
リュカ「ってか、ワサビ伯爵領での脚気問題……敢えて俺にビタミンの話をさせたな?」
レアナ「ど忘れしただけよ!」
リュカ「へいへい、大先生様は、ビタミン栄養学なんかには、興味はございませんでしたか……」
レアナ「失礼ねぇ!大切なのは名前じゃなくて、何かが足りないっていう見識でしょ⁉」
リュカ「ってか小児心臓外科医だったのに、あんなに金にがめついのか?」
レアナ「小児心臓なんて大病院で働くしかないのよ?しかも国立病院にいたから、そんなに高い給料じゃなかったのよ!」
リュカ「俺は前世の記憶が若干曖昧だが、IT系にいた気がするな」
チカ「頼む兄くん、そうやってノイズとイチャつかないでくれ……辛い」
しかし、レアナは少し顔を青くしながら聞く。
レアナ「だけど、おかしいわね?深部静脈血栓症のリスクを検出できて、ワサビ伯爵領での脚気が検出できないの?」
チカ「仕方ない、ノイズにも分かるように説明してやろう。今の世界ではナノコンピュータとマギシステムの連携が行われている。しかし『猫加護』は……その肝心のナノコンピュータを多く消費するのだ。それに、原則として問われなければ答えることもできないAIについても考慮して欲しい」
リュカ「ちょっと待て!今サラッと言ったけど、それ『猫加護』と健康はトレードオフか⁉」
チカ「そうだね兄くん。ただ理解して欲しい、どれだけ便利な技術があったとしても、完璧などないのだと」
レアナ「そうね……『猫加護』を使って煙草撲滅に動ける、長い目で見れば悪くないはずよ……」
チカ「なお、ナノコンピュータは植物の育成活性化の効果もある……ワサビ領でのワサビなんかその例だな」
リュカとレアナは息をついて、心を落ち着ける。
リュカ「で、福祉って何をするんだ?」
レアナ「医学だけでも色々あるでしょ、内科系疾患を筆頭に長期的に面倒を見なきゃいけない患者、時には外科系手術だってあるのよ」
リュカ「言い分はわかった、だけどその為には、相応しい人材が必要だよな?」
レアナ「そうね。手術を素人にやらせるなんて論外。長期的に面倒を見るスタッフもそれなりの専門知識が必要、施設や器具もね」
チカ「手術の術式くらい、私が伝えられるぞノイズよ……なんならナノコンピュータ対応だって」
レアナ「手術はそんな簡単なものじゃないの!わかってるの?急変が起こって、視覚もないのに適切な指示が出せるの⁉」
リュカ「俺もレアナの言い分に賛同だな。チカは優れているが、そういうリアルタイム性では一歩劣るだろう」
チカ「――認めよう」
チカの言葉に、福祉の実現の重さを改めて実感するリュカだった。
レアナ「というわけで、まずはこの国の教育水準を引き上げないとね」
リュカ「そうだな、まずメスとかクーパーとか言われても、それが何か分からなければ指示の意味も理解できないだろう。当然そこから、複雑な術式の指示?口先だけでは無理だろう」
チカ「わかった、兄くん。福祉と教育も同時進行になりそうだが、大丈夫か?」
リュカ「上下水道も一段落してきたし、まあ大丈夫だろう」
レアナ「ある程度バッファを取るのよ?」
リュカ「気をつけるよ」
――この地に、幼き魂を導く初等学校、思考を磨き上げる高等学校、そして未来の癒やし手を育む医療学校がつくられることが大々的に発表された。
まずは、教壇に立つ者たち……すなわち、教員の育成と確保が急務であると。
彼らは単なる伝達者ではなく、世界を変える芽を育てる者であることが期待されるのだと。
医療学校は(医学部のような体制として)教育・研究・臨床の三本柱を打ち立てるとする。
教育と研究で、病を克服する術を連綿と伝え、また生み出していくのだと。
臨床では、命をつなぐ希望を紡ぐため、静かに、しかし確実に鼓動を始めるのだと。
……そのような演説に、すしねこ王国民は感動のあまり、涙とともに沈黙していた。




