第07節 レアナとリュカのお忍び一泊二日旅行:一日目午前 ~鉄の馬とは~
リュカの十八歳誕生日が近づいていた。
レアナ「ねえ、もうすぐリュカの誕生日よね」
リュカ「ああ、また王宮舞踏会かぁ……ダンスは苦手なんだよな」
レアナ「ふふっ、私もね。お互い足を踏みまくって」
リュカ「レアナが踏む分にはいいんだけど、レアナを踏むのは心苦しいんだよ」
レアナ「あら、それは私も同じ思いよ」
リュカ「なんで誕生日なのに、こんな憂鬱になるんだ」
レアナ「そこで提案なんだけど、舞踏会の翌日から旅行に行かない?私からの誕生日プレゼント!」
リュカ「旅行か……とは言っても、そんなに王宮を空けられないよな」
レアナ「ワサビ伯爵領で一泊二日とかどうかしら?民泊で王と王妃の立場も忘れて、ね!」
リュカ「でもワサビ伯爵領って、馬車で片道一週間くらいかかるだろ?」
そこにマルボロが言葉を挟んだ。
マルボロ「我が領に旅行に来てくださると?それなら鮮魚を運ぶ馬車をお使いください!これは従来の馬車より、遥かに速度が出ますよ」
リュカ「確か電気を導入してたんだよな」
レアナ「ワサビ伯爵のことだから、なんかとんでもないテクノロジーを使ってたりして」
マルボロ「なんと、鉄の馬の馬車です!」
リュカ「もういっそ自動車になればよかったのにな!」
レアナ「高度技術の無駄遣い……」
マルボロ「これで従来の馬車では片道一週間の所、片道一日です!」
リュカ「まあ、そういうことなら、ありがたく使わせて貰おう」
そうして、互いにダンスで足を踏み合う地獄の誕生日舞踏会を終え、ワサビ伯爵領に向かう日……リュカとレアナは平民服を着て馬車乗り場に向かう。
せっかくの旅行なので、リュカもレアナも命律端末を置いて出発する。
久々にチカから離れるリュカであった。
レアナ「本当に……蒸気機関車じゃなくて、鉄の馬ロボットじゃないの……冗談のつもりだったのに」
リュカ「やべぇ、オラわくわくしてきたぞ」
マルボロ「マギ様の教え通りに父が組み立てました、なんでも極秘技術だとか……ゆえに私も詳細は存じ上げません」
そうして鉄の馬ロボット馬車に乗り込む。
鉄の馬ロボットが引くだけに、馬車もすべて鉄製である――なんか嫌な予感がする。
マルボロ「速度が出ますのでご注意を。なんでも『しーとべるとをおしめください』だそうで……意味がわかりませんが」
レアナ「大丈夫よ、私たちには分かるから」
リュカ「ってか、シートベルトを締めなきゃいけない程に危ないのかよ」
マルボロ「では、いってらっしゃいませ!」
リュカ「うわぁぁぁぁ、速い速い速い……」
レアナ「無理!これは無理!え、今ガクンって跳ねた!」
リュカ「うおお……こんなのシートベルトじゃ足りねぇ!いつ転倒するか!」
レアナ「も、もうだめ……」
そうして、リュカとレアナは気絶し、それでも鉄の馬ロボット馬車はひたすら走り、ワサビ伯爵領に向かう。
なお、御者は……いない。
普段は鮮魚を運ぶ専門なので、マギシステムも人間が乗ることを想定していなかったのであった。
速度自体は12km/h程度なのだが、サスペンションも道路舗装もまだ整備しきっていない、しかも揺れ対策が皆無である。
現代自動車での安全速度が15km/hから20km/h程度、サスペンションがあっても20km/hでは揺れがヤバいという事から想像していただきたい。
擬似的には、農家の軽トラの荷台に乗せられて未舗装の農道を走る(違法)とか、車いすを全力疾走で押してもらう(マジで危険なのでやらないように)と、その揺れや恐怖が体感できるだろう。
余談だが、手こぎ車いすでも段差に引っかかったら、普通に前に飛び出して、怪我をする(作者実体験)。
12km/hで24時間走行――およそ288kmの距離を、魚を腐らせず転倒させないギリギリの速度である。
そこにサスペンション無しの地獄仕様、タイヤにゴムすら使われていない鉄――無事で済むはずもなく。
目が覚めると、太陽は同じ位の高さなのに馬車は停まっていた。
そして……リュカもレアナも失禁していた。
嘔吐していなかったのが、もはや奇跡ですらある。
リュカ「うわ、やっちゃったにゃ……」
レアナ「私もにゃ……恥ずかしいにゃ……」
リュカ「幸い人の目がないにゃ、馬車の中で着替えるにゃ!」
レアナ「そ、そうにゃ……このことは絶対に内緒にゃ?」
リュカ「当たり前だにゃ、俺だってやっちまってるにゃ、二人だけの秘密だにゃ」
レアナ「もう、これポータブル拷問装置だにゃ……」
ワサビ伯爵領に入ったから、当然猫加護の支配下であり……語尾は「にゃ」であった。
平民服を着替えた二人は、丸一日食事をしていなかったので、ひとまず寿司処に向かった。
板前「らっしゃいにゃ!って……王様と王妃様だにゃ」
リュカ「一応、今日はお忍びだにゃ……」
レアナ「ただの客として、扱ってくださいにゃ?」
板前「わかったにゃ……だけど、この領地にお二人さんの事を知らない人なんていないにゃ?」
レアナ「気分の問題にゃ……松の握りを二人前だにゃ」
リュカ「久々に豚汁も食べたいにゃ、ミーソ汁じゃなくて豚汁にゃ」
レアナ「あ、私も豚汁にゃ」
板前「お二人さんのおかげで難病患者もいなくなったにゃ。本当にありがたいにゃ……豚汁はサービスしときますにゃ」
リュカ「ありがたいにゃ、それじゃ納豆巻きも一人前にゃ!」
レアナ「あ……私もにゃ!」
リュカ「いや、納豆巻きは二人で食べるにゃ?さすがに腹に入りきらないにゃ」
板前「飲み物は煮干しの粉末入りミルクにゃ」
そうして寿司と納豆巻き、豚汁と煮干しの粉末入りミルクに舌鼓を打った二人は店を出て、マルボロが手配した民宿に移動した。




