第04節 マルボロの婚約 ~胃袋を掴まれたら男は負けるよね~
ワサビ伯爵の元に届く婚約打診の話は、ワサビ伯爵家が上位貴族には警戒されているため、概ね伯爵令嬢や子爵令嬢だったのだが……その中に、とんでもない打診があった。
名門ミネストローネ侯爵家の長女を是非にという話だった。
ワサビ伯爵「ふむ……なんとか、この婚約を成立させられないだろうか?せめて相性を見たい」
ワサビ伯爵は覚悟を決めて、すしねこ王国王城に向かう。
ワサビ伯爵「リュカ陛下、およびレアナ陛下との謁見の許可をお願いします」
カレー侯爵(宰相)「わかりました、両陛下のご都合を……なに、今すぐと」
ワサビ伯爵「ご厚情を賜り、感謝します」
そうして、ワサビ伯爵はリュカとレアナと謁見した。
マルボロは、今は銀行業務の関係で席を外している。
ワサビ伯爵「突然、申し訳ありません。愚息の婚約にお力添えを賜りたく……」
リュカ「マルボロの?」
レアナ「どこの、どんな女性なの?」
ワサビ伯爵「ミネストローネ侯爵家の長女、ヴィルメリア様からの婚約打診がありまして……」
レアナ「ヴィルメリア・ミネストローネと言えば、軍事系名門の令嬢よね?」
リュカ「王家としても、是非繋がりが欲しいところだな」
レアナ「だったら、王宮舞踏会を開かない?そこで、ヴィルメリア様とマルボロをくっつけて」
ワサビ伯爵「いえいえ、そこまでしていただくわけには……」
ワサビ伯爵は慌てて辞退しようとする――
リュカ「ワサビ伯爵、これはすしねこ王国の存続に関わる案件だ、政略でも成功させるぞ!」
レアナ「『ヴィルメリア様のミネストローネ』が、マルボロの胃袋を掴めればいいわね」
リュカ「『ヴィルメリア様のミネストローネ』って?」
レアナ「選ばれた人にしか出されない、伝説の料理よ……それ自体が婚約したいと訴えるほどの」
リュカ「なんか風流だけど、不思議な伝説だな」
レアナ「ミネストローネは材料も工程もシンプルなのよ、だから却って個性が出やすいの。他の人には再現が難しい、お袋の味に近いわね」
リュカ「なるほどわかった。では、ヴィルメリア様には舞踏会の前に、厨房を使う許可も与えておこう」
レアナ「今度、私もミネストローネ作ってあげるわね♪」
ワサビ伯爵は、深く感謝しているが……リュカとレアナもワサビ伯爵を使いたくて、恩を売りたくてたまらなかったのだ。
そうして、時が流れるのは早く、舞踏会当日――
マルボロ「あの、宰相補佐として、私は両陛下のおそばに」
リュカ「そんなの、カレー宰相に任せておけばいいだろう!」
レアナ「しくじるんじゃないわよ、マルボロ!」
マルボロは、笑顔で送り出されて、首を傾げながら舞踏会に一般参加する。
マルボロはファーストダンスを従妹と踊っていたが、そこにあるのは家族の情だった。
ファーストダンスの時間が終わると、ミネストローネが運び込まれた。
少し量はあるけれど、それは明確にヴィルメリアがたった一人に向けてのものだった。
深紅の髪をなびかせ、ヴィルメリア・ミネストローネ侯爵令嬢は笑顔をマルボロに向ける。
十三歳のヴィルメリアの顔は大人びていて、きっとマルボロと良い婚約が結べるだろう、そう誰もが思った。
ワサビ伯爵「さあ、これがマルボロのためのミネストローネだ」
マルボロ「まさか、そんなハズが――伝説の料理でしょう?」
ワサビ伯爵「この意味くらいは知っているよな?」
マルボロは唖然としながら、ミネストローネを凝視している。
ヴィルメリア「お待ちしておりました、ワサビ伯爵令息マルボロ様――さあどうぞ?」
舞踏会ではダンスの曲ではなく、ロマンチックな曲がBGMとして流れはじめ――
マルボロ「よ、よろしいのでしょうか?」
マルボロはリュカやレアナ、カレー侯爵(宰相)の反応を窺う。
しかし、皆ニコニコとしながら、マルボロを待っている。
マルボロは、恐る恐るヴィルメリアの元に向かう。
ヴィルメリア「お口に合うといいのですが」
マルボロ「本当に……私のために?」
ヴィルメリア「ええ、どうか一口だけでも……」
マルボロは、感激しながらミネストローネの皿を取り、一口二口……そして全て食べ終える。
ヴィルメリア「どうやら、お口に合ったようですね」
マルボロ「当然です、こんな美味しい料理は……生まれて初めてです」
ヴィルメリア「それは光栄ですわ――おかわりはいかがですか?」
マルボロ「是非とも!」
その瞬間、ヴィルメリア・ミネストローネ侯爵令嬢とマルボロ・ワサビ伯爵令息の婚約が成った。
ミネストローネ侯爵家では、おかわりのミネストローネを口にすること、それこそが愛の証という不文律があるのだ。
ヴィルメリア「ありがとうございます、今後とも末永くよろしくお願いします」
マルボロ「?ええ、またミネストローネをご馳走してくださいね」
この言葉は決定的であった。ミネストローネ侯爵家において、生涯ミネストローネを求めるという求愛の言葉になる。
舞踏会会場では、盛大な拍手が上がった。
ワサビ伯爵も、マルボロの元に行き「よくやった!」と肩を叩き、微かに瞳が潤んでいる。
リュカ「さあ、ワサビ伯爵令息マルボロとミネストローネ侯爵令嬢ヴィルメリアの婚約祝いだ!今日は無礼講でいこう!」
レアナ「ワサビ伯爵?お寿司は当然――用意してるわよね?」
ワサビ伯爵「はっ、ヴィルメリア様への返礼もございますからな、はっはっは」
マルボロは目を白黒させている、そこにカレー侯爵が近づく。
カレー侯爵「よもや、ミネストローネ侯爵家の不文律を知らなかった……なんてことはあるまいな?」
マルボロ「不文律、ですか?」
カレー侯爵「宰相補佐たる者がなんたる体たらく……ミネストローネを通じてヴィルメリア様は婚約を願い、マルボロは最高の返答をしたのだ。表情を変えるなよ?」
マルボロ「え、じゃあさっきのが……」
カレー侯爵「不満なのか?しかし、今さら覆らないぞ?」
マルボロ「いえ、あのような美しい方が――本当に私なんかに?」
カレー侯爵「こら、不敬だ口を慎め。ミネストローネ侯爵家が、どれほどのプライドを持って臨んだか――わしでさえ鳥肌がたったわ!」
マルボロ「不満なんてありませんが――不安だったんですよ」
カレー侯爵「あれで、ミネストローネ侯爵家は『猫加護』に深く感謝をしている家だからな」
マルボロ「それはいけない!」
マルボロはヴィルメリアの元に駆け寄り、必死の形相で言う。
マルボロ「『猫加護』をお使いいただき、本当にありがとうございました――ですが、どうか、当面の間は稼働を止めていただきたい!」
ヴィルメリア「あら、どうしてかしら」
マルボロ「ヴィルメリア様が他の男の毛を繕う姿を想像するだけで、私の胸が張り裂けそうなんです!」
今まで、少し強気そうな顔をしていたヴィルメリアは、瞬間湯沸器のように顔を真っ赤にする。
ヴィルメリア「な――私がそんな破廉恥なことをすると、そう思ってらっしゃるのですか⁉」
マルボロ「いえ『猫加護』の性質上、それはやむなしかと……」
ミネストローネ侯爵「はっはっは、安心したまえマルボロ君。来客時にヴィルメリアを表に出したりはせんよ」
マルボロ「そ、そうでしたか……失礼いたしました」
ミネストローネ侯爵「いやはや、これなら結婚後もうまくやっていけそうだ」
マルボロ「あ、ありがとうございます!」
ミネストローネ侯爵「なんだ、まだ心配なのか?花嫁修業という名目で、一足早くワサビ伯爵邸に送り出そうか?」
この言葉に、マルボロも瞬間湯沸器のように顔を真っ赤にして応える。
マルボロ「いえ……母が鬼籍に入っているため、花嫁修業などは無理ですので」
ミネストローネ侯爵「はっはっは、本気にするなマルボロ君!可愛いヴィルメリアは、結婚まで我が家で育てるとも!」
マルボロ「も、申し訳ありませんでした……」
ヴィルメリア「た……たまには我が家にミネストローネを食しにお越しくださいね――そして毛の繕いも!」
それを聞いていたリュカもレアナも、カレー侯爵も砂糖を吐きそうになるのを必死に堪えるのであった――




