第01節 そろそろ上下水道が欲しいよね ~ぼっとん便所脱却の道~
アレキサンドライトだらけのドレスを作り替えて、宝石を控えめにしたレアナはぽつりとつぶやいた。
レアナ「ねえ、この世界って上下水道がないわよね?」
リュカ「ああ、飲み水は井戸水、洗濯は主に川だし、トイレはくみ取り式ぼっとん便所だな」
レアナ「なんとかならないかしら」
リュカ「なあチカ、なんとかならないか?」
チカはホログラムとしての存在感が高まってから、ドレスを着るようになった。
まるでレアナに対抗するように紫色のドレス。スカートにはアメジストの宝石まで付けている。
チカ「兄くん、遂に内政チートの時間だな……くふふ」
チカはワクワクを隠そうともせずに言った。
チカ「上水道管は内面酸化処理をした銅を中心にして、部分的に他の素材もケースバイケースで使えばいい。その時は随時アドバイスしよう」
リュカ「なあ、酸化銅って文字通り、銅が酸化してる訳だよな?」
チカ「その通りだよ、兄くん。銅像が緑色に変色してるのを見たことがないかな?」
レアナ「げ……あの気持ち悪い、アレ?」
リュカ「俺、てっきりあれは有害だと思ってたんだが」
チカ「あれは銅にとって『肌パック』のような物なのさ、緑青は銅の被膜となる。飲料用となると成分制限が必要となるが」
リュカとレアナは、緑青を舐める姿を想像してげっそりしながら聞く。
リュカ「いやいや、銅像が緑の肌パックって無理があるだろ、チカ」
レアナ「でも、言われてみれば一度酸化してしまえば、それ以上は酸化しないわよね?」
チカ「その通り、銅が腐食しなくなるのだよ。ノイズにしては理解が早いじゃないか」
レアナ「だけど肌パックって言い回し、随分センスがいいわね?全身緑の肌パックとか」
リュカ「感覚的には気持ち悪いんだよな。だけど、問題なさそうだな」
チカ「その通りだよ兄くん。この世界では、かなり良い配管が期待できる」
しかし、レアナは頭を悩ませている。
レアナ「でも、そんなに銅を使ったらさ……銅と銅貨の価値が困ったことになりそうね」
チカ「その時はアルミニウム硬貨を使えばいいさ。同時にインフレを起こして、銅貨を端数処理の貨幣の座から引かせて、金貨・アルミ貨・銀貨という序列に仕向ければいい」
リュカとレアナは途方もない国家事業だなと顔を見合わせる。
何となくリュカはレアナにキスをすると、レアナは真っ赤になっている。
とても初々しい賢王と賢妃であった。
チカ「兄くん、どうか私の前でレアナ君といちゃつかないでくれ……辛い」
リュカ「いや、チカにキスはできないだろ?」
レアナ「他の女とキスなんてしたら、寝室から出してあげないんだから!」
リュカ「止めてくれ、枯れ果てる……」
などと冗談を言っているが、寝室での二人はただの添い寝だ。
前世の記憶年齢がアラフォーとアラサーであることを、忘れてはいけない。
その辺はしっかりしている二人だが、チカはふてくされながら続ける。
チカ「……アルミ貨には、すしねこ王国城地下にあるマギシステムの電力を回せばいいだろう。ホール・エルー法を使えば王国独占の貨幣のできあがりだよ、兄くん。地方は高額通貨の需要も少ないだろうし、軽量だから輸送面でも問題はあるまい、ボーキサイトの確保はネックだが」
リュカ「ホール・エルー法って何だ?何となくアルミ精製に関係ありそうだが」
チカ「その通り、電力を使ってアルミを精製するのだよ。機械はワサビ伯爵に任せるといいだろうな」
レアナ「えっ⁉この城の地下にマギシステムがあるの?知らなかった」
チカ「くふふ、調子に乗ったバチが当たったな?」
リュカ「チカ様、お願いですからレアナを煽らないであげろください!」
レアナはふくれっ面をしている。
もう一度キスしようとするが「誤魔化さないで!」と今度は拒絶された。
レアナ「それにしても、インフレ?前世ではインフレを起こすのも大変だったわよね、ほら長いデフレの時代があって……」
チカ「すしねこ王国グッズの収入金貨を経済に回せば良いだろう、ノイズよ」
レアナ「またノイズ呼ばわり⁉」
リュカ「その程度でインフレが起こるか?」
チカ「すしねこ王国銀行が融資を始めればいいだけさ、兄くん。これで、実金貨以上の資産が発生するはずだ」
レアナ「だけど、国民達はインフレという現象を受け入れられるのかしら?」
リュカ「……うーん、理屈は分かる。でも、胃が痛くなる話だな」
リュカは腹に手を当てている。
チカ「国民の暮らしが豊かになる……いわゆる良性インフレであれば問題ないな。過去の日本のような、悪性インフレでなければ大きな問題にはならないだろう、兄くん。良性インフレなら、融資も目減りしていくから、必ずしも苦しくなるわけではない……コストプッシュ型インフレはスタグフレーションに至る可能性があるから、それだけは絶対回避しよう。これは悪性インフレだ、兄くん」
レアナ「混乱そのものはある程度起こるでしょうね。物価上昇が起こるんだから、例えば今まで金貨一枚で買えたものが買えなくなる」
リュカ「そうだな……今まで銀貨五枚で食べられた寿司が、銀貨十枚になったりするわけだし」
チカ「銀行を作った以上、もう後戻りはできないだろう。心情的に受け入れられなくても、生活するために受け入れなければならないんだよ、兄くん」
リュカは頭を抱えたくなった。
リュカ「なあ、それってバブルを人為的に起こすって聞こえるんだが?」
チカ「心配することはないよ、兄くん。前世で言うと産業革命前の時代感だ。これからむしろ経済は爆発的に伸びるさ」
レアナ「ねえ、金本位制でも資産が増えるんだっけ?」
チカ「さすがはノイズだ、話す内容もノイズじゃないか、株式がいつからあったと思ってる?」
レアナ「あっ……そっか」
チカ「融資の資金として、ひとまず金貨袋十五個。前世の日本円換算で十五億円相当を融資予算として、すしねこ王国銀行に計上すればいいだろう」
この情報に驚いたリュカとレアナ。
リュカ「え⁉金貨袋一個って日本円換算一億円かよ!」
レアナ「リュカごめん!これなら金貨袋二個もあったら、平民が一生暮らせたわね!」
チカ「なんだ、兄くんは知らなかったのか?ラーメン伯爵に二十億円相当の支援をしていたのと、ラーメン伯爵領の人口から概算で知っていると思っていたのだ」
リュカ「いや……あれは、出せる全額を出しただけだからなぁ。地方自治体と考えれば、ちょっと足りなかったか?」
レアナ「何を言ってるのよ、無い袖は振れないわよ!現ナットウ男爵だって、それで十分だと判断したんでしょ?」
リュカ「それもそうか?個人が政治家に二十億円も献金したら、前世日本では大スキャンダル間違い無しだ」
レアナ「落ち込んでるリュカのことは置いといて、すしねこ王国銀行に、まず金貨袋十五個を届けて、融資の開始……その前に、議会を通さないとね」
リュカは「むしろ、やり過ぎたかな……」とつぶやいているが、そこにマルボロの一言。
マルボロ「議会を通す必要は、ございません」
そうだった、マルボロは後ろに控えていたんだった。
レアナ「うわっ、ビックリした!なんで必要ないのよ?」
マルボロ「『すしねこ王国銀行』という名前ではありますが、今もなおリュカ陛下とレアナ陛下の私有銀行でございます。また、すしねこ王国グッズ収入は両陛下の個人資産ですので。すしねこ王国グッズは、勝手ながら両陛下の節約された各種予算より一時捻出しましたから、議会に一切の権限はございません」
レアナ「ちょっと待って、私たち……銀行設立から今まで一切お金を使ってないわよ?」
マルボロ「そこはご安心を!ナットウ男爵の天文学的な聖人聖女予算が一貫して使われております」
マルボロは一礼して、また後ろに下がる。
リュカ「俺たち、とんでもない個人資産を持ってるな」
レアナ「ねえ、すしねこ王国の国家予算って天文学的数字なんじゃ?私たちの活動範囲は中央のごく一部じゃない?」
確認するのが怖くなる、リュカ賢王とレアナ賢妃であった。
参考までに、当時の『聖人聖女予算』は、そのまんまリュカとレアナの私財となっているので、王家予算を含めた私財だけで天文学的金額である。
マルボロも他の貴族達も「なぜ食費を私財で賄っているのか?」「なんか深い意図があるのではないか?」……そう考えて頭を悩ませているのだった。




