第24節 煙草撲滅 ~現実には難しい話です~
ワサビ伯爵領への納豆巻き祭りの道中、『シャブ』と『大魔』という、前世で酷似した麻薬に触れたリュカとレアナは、あることが引っかかっていた。
キャンピングカーのような馬車で移動しながら話し合う。
レアナ「ねえ、確か現ワサビ伯爵領の名産に『煙草』があったわよね」
リュカ「っていうか本人達の名前が『キャビン』に『マルボロ』だからな……名産は煙草だぞ」
レアナ「命律端末は、喫煙を薦めたりしないはずなんだけど」
リュカ「多分だけど……善だけで人は生きていけないんだ」
そこに、チカのホログラムが現れる。
チカ「兄くん、忘れないでくれ。元ワサビ子爵領には『煙草しか』名産がなかったのだよ」
レアナ「でも、寿司っていう立派な名産品があるじゃない、今じゃ納豆巻きまで取り扱って、『ねこあげ』まで開発して」
チカ「レアナ君、忘れたのか?シースーはかつて庶民の食べ物だったことを……」
リュカ「そうか、そうすると領地の収入というのは『煙草』依存……」
レアナ「鮮魚は他領まで運ぶうちに傷んでしまう、魚を名産にできなかったのも必然ね……できても干物あたりが限界かしら」
チカ「別にワサビ子爵領の土地そのものには、問題がなかったのだ。しかし、肥沃な大地を持つ上位貴族が……煙草を欲するならどう動くか、兄くんなら想像がつくだろう?」
リュカとレアナは『煙草』しか名産品が無い領地の過酷さを、想像するのであった。
チカ「そういうこさ……そもそも、ワサビ伯爵邸の『猫加護』、あれは子爵の最後の抵抗だったのさ……自分は煙草に屈しないという精一杯のね」
リュカ「でも、現神殿派は『ねこ貴族』が多いだろう?」
チカ「ワサビ伯爵もやり手だ。神殿派を王宮派サイドに取り込んで神殿再建。同時に『猫加護』を条件とすることで自然と煙草嫌いにさせてねこ貴族化、ワサビ伯爵領の名産を完全に観光と寿司に切り替えたのだよ」
ワサビ伯爵の手腕を聞いて、夏が近いのに寒気がリュカとレアナを襲う。
リュカ「ワサビ伯爵、狸親父どころじゃないな……」
レアナ「本当にね……この煙草利権を生き抜いて、あの政治手腕も磨かれたのかも。だけど、それでも、完全に煙草生産は止められないでしょ」
チカ「そうだなレアナ君、陞爵(しょうしゃく――爵位が上がること)その他で力を得たワサビ伯爵とはいえ、逆らえない家は幾らでもある」
レアナ「で、どうするつもりなのよ?」
リュカ「まずは、煙草に関する情報をワサビ伯爵に聞いてからだな……そこまでは秘密だ」
チカ「ふふふ、兄くん、私にはわかっているぞ」
レアナ「なんかムカつく!」
そうして、ふくれっ面のレアナをなだめながら、ワサビ伯爵領に入る。
「おお、また聖人様と聖女様がいらっしゃったにゃ!」
「寿司ですかにゃ?納豆巻きですかにゃ?」
ワサビ伯爵領の領民達はリュカとレアナにとても好意的だ。
皆、瞳を輝かせている。
きっと脚気対策と寿司のワサビが効いたのだろう。
ハラヘリス「寿司と納豆巻きの両方を食べるにゃ!」
レアナ「はいはい、ハラヘリスは好きにするにゃ」
リュカ「すまないにゃ、まずは煙草についてワサビ伯爵と話をしたいにゃ」
その瞬間、領民達の表情が凍り付くように見えた。
レアナ「やっぱり、煙草は相当嫌われてるのにゃ」
リュカ「特に『猫加護』が領地全体に広がった今では当然だにゃ」
領民達は怒声ではなく、悲しそうな声を上げる。
「まさか、聖人様と聖女様まで煙草の魔の手に……しょぼんにゃ」
「いけませんにゃ、あれは合法とはいえ麻薬にゃ……」
見ていられないリュカは、最低限の情報開示をする。
リュカ「安心するにゃ、煙草を買うとかの話じゃないにゃ」
そうして、ワサビ伯爵邸に向かい、ワサビ伯爵に面会の手続きを取ろうとしたら、すぐに応接室に通された。
ワサビ伯爵「煙草の話と聞いたにゃ……まさか聖人様と聖女様までかにゃ?」
レアナ「安心するにゃ、煙草が麻薬というのには完全に同意にゃ」
リュカ「レアナと同じくにゃ、それを踏まえて教えて欲しいにゃ。今のワサビ伯爵領での煙草依存度をにゃ」
ワサビ伯爵「幸い『猫加護』を領地全体に広げたため、税収依存はゼロにゃ。ねこ貴族になった貴族達もほとんどが取引を止めたにゃ……ただ……」
一度は安堵したワサビ伯爵も、煙草依存度の話になると表情が陰る。
レアナ「やっぱり、上位貴族あたりの圧力にゃ?」
ワサビ伯爵「……」
リュカ「沈黙が、これほど雄弁に語ってるにゃ」
リュカは、想像以上に根深い話だと認識しながら、覚悟を決めた。
レアナはやっとネタバレして貰えるのかとワクワクしていたが、ワサビ伯爵は対照的に顔面蒼白だ。
リュカ「ワサビ伯爵を責める気はないにゃ、きっと語れない事が多いんだろうにゃ……」
ワサビ伯爵「申し訳ないにゃ……」
リュカ「だから、勝手に語らせてもらうにゃ?おそらく、今でも煙草を求めている上位貴族がいるにゃ?」
ワサビ伯爵「にゃ……」
ワサビ伯爵は、肯定とも否定とも取れる返事をした。
リュカ「公爵や侯爵には当然逆らえないにゃ?伯爵でも力関係で逆らえない相手も当然いるにゃ?」
ワサビ伯爵「にゃ……」
リュカ「この様子じゃ、煙草関連の資料は見ることができそうにないにゃ……そういう相手には『猫加護』も無理にゃ?」
ワサビ伯爵「申し訳ないにゃ……」
レアナ「それで、リュカ……大丈夫なのかにゃ?」
リュカは、それなりの自信を持って言う。
リュカ「作戦だけを伝えるにゃ、取引のある王都周辺の中央貴族から……必要な煙草の量を明確にしてもらうにゃ」
レアナ「そんなことだけでいいにゃ?」
リュカ「ネバリオ王には、別の依頼をするにゃ。俺の聖爵の名前も使うにゃ」
レアナ「私の聖爵の名前も使いなさいよ!それで、どういうことにゃ?」
リュカ「王国中央では煙草を専売制にするにゃ。ワサビ伯爵領以外の煙草を違法にするにゃ」
リュカの口から飛び出した言葉に、ワサビ伯爵が一番驚いていた。
レアナ「ワサビ伯爵領の反発が凄そうだにゃ……」
リュカ「そして、明示された煙草量は、減らすことはあっても絶対に増やさないにゃ」
レアナ「上位貴族の反発が凄そうだにゃ……聖爵は仮の立場のはずにゃ」
リュカ「さすがに上位貴族は分かってるはずだにゃ?聖爵は聖人と聖女だにゃ……王家に匹敵するということを忘れたのかにゃ?」
レアナ「王宮派でも神殿派でも、逆らうとアウトだにゃ……えげつないにゃ」
レアナは呆れた口調ながらも、なんだか楽しそうな表情を浮かべている。
リュカ「ネバリオ王と共に、ひとまず王国中央では新たな喫煙を禁ずる法律を作るにゃ、徐々に地方に広げて行くにゃ」
レアナ「喫煙者が死んでいくと、自然と煙草消費量が減るはずにゃ」
リュカ「不自然に煙草消費量が多いと、介入の口実ができるにゃ?」
レアナ「なんて、えげつないんだにゃ……」
もはやレアナの『えげつない』は、リュカへの褒め言葉にしかなっていない。
リュカ「昔の日本が似たようなことやってたのを、たまたま覚えてたにゃ!」
レアナ「新規喫煙者が出ても……値上げするしかなくなるにゃ!」
リュカ「その辺は、さすがにまともな貴族なら理解できるはずにゃ、それでも値上げをするなら仕方ないにゃ」
沈黙しているワサビ伯爵を見ると、静かに涙を流していた。
どれほど、孤独な戦いをしてきたのだろうと、リュカとレアナの胸を打つ。
ワサビ伯爵「ありがとうございますにゃ……」
リュカ「喫煙者の一斉撲滅は……申し訳ないけどできないにゃ……」
そこにチカのホログラムが現れる。
チカ「これでいいにゃ、一気に違法化したら、禁酒法のように破綻するにゃ」
レアナ「これは、マルボロの代でさえ終わらない、凄まじい長期戦になるにゃ、覚悟するにゃ?」
そうして、ネバリオ王の影経由でこの話が伝わり、王命として一気に法制化が進められた。
この法制化は、グラタンディア王国全域で主要な煙草生産地の専売制という形で、リュカ案より広範囲で繰り広げられた。
また、現喫煙者には「喫煙許可カード」が同時に配布された。
チカ「兄くん……これで、質の悪い闇煙草もほぼ対応できるにゃ」
リュカ「まあ、喫煙者の一部はどうしても闇煙草に流れるだろうがにゃぁ……違法化が大きいにゃ」
レアナ「きちんと段階的に進めてるにゃ、それが逆にえげつないにゃ……」
リュカ「強制はしないで選ばせるにゃ。でも、選ばせないための構造は整えたにゃ!」
チカ「あとは、自分で『選んだつもり』になってくれるだろうにゃ、さすがは兄くんにゃ……愛しているにゃ」
ハラヘリス「あの煙草とかいうの、舌と嗅覚が麻痺するから嫌いだったんだにゃ……」
そうして、一部の上位貴族は『猫加護』を求めて来た……本気で煙草撲滅に動き、ねこ貴族派に移ったという意思表明にもなる。
同時に、多くの貴族領では数値化された金額を見て「煙草の負担は、想定より遥かに重かったんだな」と深く実感するのだった。
チカ「兄くん、人間の自由とは、自分の意志で檻に入ること……檻に入っているという視線があるだけで、人は従うにゃ」
リュカ「だが、その檻の形を選ばせることで、未来が変わるにゃら……それもまた、自由という名の希望だにゃ。人はその視線を自分の中に抱くが、それが品格じゃないかにゃ?」
レアナ「結局、自由って『好き勝手にやること』じゃにゃいのにゃ……檻も視線も消せないにゃら、誰かが見守る檻の中で互いを傷つけずに進む方法を探すにゃ……その視線を希望に変えて進まなきゃいけないにゃ……」
チカ「フーコーを自然に語る兄くんにゃ……その先に、千年先の人類が笑える未来があることを祈ってるにゃ」
(作者注:作者はこれを煙草に火を付けて、咥えながら書いています(笑))




