第16節 ヴァルミエ伯爵家、陞爵か⁉ ~リュカとオリビアが幸せならそれでいい~
翌朝、髪がつやつやになったネバリオ王、カレー侯爵、ヴァルミエ伯爵ロランティーナが、屋敷から離れた宿に集まった。
オリビアはヴァルミエ伯爵邸で、煮干しの粉末入りミルクを飲んでいた。
オリビアは基本的に『タマ』だから、信頼できる相手の前でしかミルクを飲まない。
それに配慮した形である。
ネバリオ王「さて、改めて……ロランティーナ嬢とお呼びすればよろしいかな?それともロランティーナ夫人ですかな?」
ロランティーナ「ロランティーナ、で構いませんわ」
ロランティーナの口調は、日をまたいでも相変わらず冷たい。
ネバリオ王「ではロランティーナ、我らの派閥に入る事を……それこそ自らの爵位を捨ててまで望んでいたようだが?」
ロランティーナ「当然ですわ、あの可愛いリュカを追放するような神殿、そして愚物など、この世に存在する価値などありませんわ」
カレー侯爵「その愚物というのは、もしや……」
ネバリオ王「よせ、それ以上聞いてはならん!」
ネバリオ王はカレー侯爵の言葉を慌てて遮る。
ロランティーナ「たとえ尋ねられても、美女には秘密があるので、お話できませんわ」
ネバリオ王「私は今後、その秘密には一切触れないと約束しよう。さすがに、聖人様と聖女様、そしてハラヘリス殿を敵に回したら国が傾くぞ」
ロランティーナ「おや、随分とハラヘリスを買っていますわね?私が勝手に養子にした……男爵だというのに」
カレー侯爵は恐縮しながら言う。
カレー侯爵「いや、それがな……ヴァルミエ男爵の食べ比べの精度と反響は凄まじく。ガイドを教育するだけで、有志がガイドブックを作る始末でして。味の競争が早くも始まっておりましてな」
ロランティーナ「ハラヘリスがお役に立てたようで、何よりですわ」
ロランティーナのまとう雰囲気が、若干柔らかくなった気がした。
ネバリオ王「ハラヘリス殿には我が派閥……実態で話すか、王宮派の領地を巡り、その力を発揮して貰いたいのだ」
ロランティーナ「ですが、あれほどの金額はとても負担できませんわよ」
ネバリオ王「それは私の采配でどうとでもなる。ヴァルミエ男爵には食べて貰わねばならん……いっそ子爵に陞爵(しょうしゃく――爵位が上がること、ここではハラヘリス・ヴァルミエ男爵から子爵になることを意味する)させてしまおうかと思っている」
さらにロランティーナの雰囲気が柔らかくなる。
顔にはうっすら微笑みが浮かんでいる。
ロランティーナ「あらあら、これはハラヘリスも大喜びでしょうね」
ネバリオ王「当然、これはグラタンディア王国としての職務なので、報償も約束する。官僚として働いて貰うことになるのだが」
ロランティーナ「食べて、お金が手に入る?あらあら、ハラヘリスにとっての理想ですわね?」
ネバリオ王「さて、そこでヴァルミエ伯爵家に打診したいことがあるのだが……」
ネバリオ王は、深刻な顔になって告げる。
ネバリオ王「ヴァルミエ伯爵家を陞爵させたいと考えておるのだ。もしよければ……ヴァルミエ侯爵として、引き受けてもらえぬか?」
ロランティーナ「あら、突然どうしてですの?」
ロランティーナは問いながらも、自分なりに考えている。
ネバリオ王「聖女様……レアナ様のご実家は、まもなく没落が確定する。何といっても、神殿を含めての人身売買という重罪。しかも、それが聖女様という事実が明るみに出てしまったからな……」
カレー侯爵「そして今、問題となるのは、聖人様と聖女様の『立ち位置』なのですよ」
ネバリオ王「このまま放置すれば、最悪リュカ様もレアナ様も『ただの平民』になってしまう。それは、グラタンディア王国としても好ましい状況ではないのだ」
ロランティーナの表情が厳しくなる。
ロランティーナ「おかしいですわね?先日、リュカとレアナ様を『利用するつもりはない』と仰っていたはずですが?そもそも、可愛いリュカには、ゆくゆくは私の爵位を譲るつもりですわよ?」
カレー侯爵「利用する意図など、毛頭ありません!これはあくまで『保護』としての措置だと……ご理解いただきたいのです」
ネバリオ王「神殿の行く末も不透明。たとえ再建されたとしても、再び王家に刃向かうような神殿派が現れないとも限らぬ。奴らには、それだけの執念がある」
ロランティーナ「なるほど……神殿への『牽制』としての策、ということですのね。ですが、なぜヴァルミエ伯爵家を陞爵させるのです?」
ネバリオ王も、腹を割って話すことにした。
ネバリオ王「陞爵とはいえ、名誉だけではない。ひとまず、神殿派残党との『緩衝地帯』を担う家として――今後、王家とのより強固な協調を求めることになる。そして、聖人様と聖女様には、新たに『聖爵』という爵位を設けて、その地位に就いていただこうと考えておる」
カレー侯爵「『聖爵』はひとまず侯爵相当とし、特例として設立する方針です……名目上は爵位外とし、象徴的には王族と同等とする方向で、検討しております」
ロランティーナ「なるほど……爵位の序列には干渉せず、地位だけは保つ……いかにも、民心と面目を両立する策ですわね。この件、ひとまず持ち帰らせていただきますわ」
内容が内容だけに、ロランティーナの独断では答えられないことは、ネバリオ王もカレー侯爵も承知していた。
ネバリオ王「正直、時間はあまり多く残されておらぬ。聖女様のご実家は、いまにも断罪されかねないのだ」
ロランティーナ「もちろん、それは承知しておりますわ……ですが、これは本人たちの意志なく進められる話ではございません。慎重に伝えたうえで、決めていただく必要がございます」
カレー侯爵は懇願するように言う。
カレー侯爵「『聖爵』を抜きにしても……せめて陞爵だけは、受けてもらえないだろうか」
ロランティーナ「あら、陞爵すれば『緩衝地帯』つまり、リュカの肩を持つにも……制限がつくということではありませんの?『聖爵』の話が流れるようであれば……?ごめんあそばせ、そんな話は聞き流させていただきますわ」
ネバリオ王もロランティーナ相手には「一筋縄ではいかない」と思い、だからこそ派閥の要にしたかった。
ネバリオ王「ヴァルミエ家が力を失えば、神殿派が『聖爵』の存在ごと攻撃材料にしてくる。そこが懸念なのだ……よい返事を期待している」
こうして、ひとまず陞爵の話は保留として、ロランティーナはリュカとレアナに意志を確認するため、ヴァルミエ伯爵邸に戻るのだった。




