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第14節 覚悟とグリーンカレー ~ヴァルミエ家の矜持と胃の叫び~

 ヴァルミエ伯爵邸に届いた、重厚な蝋封付きの一通の書状──開いてみれば、それは『ハラヘリス・ヴァルミエ男爵試食官費用請求』というカレー侯爵直々のものだった。


ロランティーナ「やっぱり来たにゃあ。果たして本当の請求なのかにゃ?私を試しているのかにゃ?……ともかく無視はできないにゃ、返済は愚物が貯めてた金貨でギリギリ足りるかどうかにゃ」

オリビア「大丈夫なのかにゃ?あ、煮干しの粉末入りミルクもう一杯にゃ!」

メイド「はいにゃー!」

ロランティーナ「これは、下手を打つと……爵位返上も視野に入れないとだにゃあ……せめて計画を前倒ししてでも、爵位だけでもリュカに渡したいにゃ……」


 ロランティーナは、美しい顔を苦悩に歪ませている。


オリビア「ミルクは大丈夫かにゃ……?『ねこまんま』はどうにゃ?」

ロランティーナ「すまないにゃ、『ねこまんま』は厳しくなるかもしれないにゃ」

オリビア「そんにゃあ……せめて煮干しの粉末入りミルクだけは欲しいにゃ」

ロランティーナ「そこだけは死守するにゃ……貧しい生活になるかもしれないが、ついてきてくれるかにゃ?」

オリビア「ロランティーナがいないと、飢えて死ぬにゃ!」


 無邪気に煮干しの粉末入りミルクを飲んでいたオリビアは、悲しそうな顔になり、必死にロランティーナに縋り付く。

 ロランティーナは、貴族生活しか知らないオリビアでは、無理もないと思った。


ロランティーナ「早速、ありったけの金貨を持ってカレー侯爵の元にいくにゃ……ヴァルミエ家のことは頼んだにゃ、リュカ……」


 一方、カレー侯爵はカレー侯爵で、胃を痛めていた。

 なんせ、ナットウ男爵の指示で、ヴァルミエ伯爵が支払える上限額の請求を送ったのだ。


カレー侯爵「なんでわしがこんな事を……グリーンカレーを持ってこい!辛い奴だ!口の中ごと焼き尽くさなければやってられん!」

メイド「しかし侯爵様、顔色が優れないようですが……」

カレー侯爵「こんな時に、グリーンカレー無しでやってられるかぁ……いいから頼んだぞ」

メイド「かしこまりました!」


 しかし、そのグリーンカレーで更に胃の調子を悪くするカレー侯爵。

 そこに、ロランティーナからの先触れの手紙が届いた。


カレー侯爵「なになに……夕刻までには返済にくるとな……アイタタ」


 外はまだ昼間だが、ヴァルミエ伯爵邸からの距離を考えると、相当急いで向かってきているようだ。


カレー侯爵「先触れの文面からすると……まるで全額返済するかのような……アイタタタ」

ナットウ男爵の影「いかが致しましょうか」

カレー侯爵「ああ……至急、ナットウ男爵にこの件を伝えてくれ」

ナットウ男爵の影「かしこまりました」


 カレー侯爵は、あまりの胃の痛みに……素直に胃薬を飲んで、ヴァルミエ伯爵を待つのであった。

 夕刻前に、ヴァルミエ伯爵の馬車が到着した……陽光を背に、気品ある美貌の女性と、あどけなさの残る素朴な女性が馬車から降りた。


カレー侯爵「なんとお美しい夫人だ……是非、求婚したいが……」


 カレー侯爵は頬を赤らめながら伝える。


ロランティーナ「あら、オリビアは渡しませんわよ?それとも私のことかしら?」

カレー侯爵「⁉なんと、貴女がヴァルミエ伯爵でしたか、これは失礼しました」

ロランティーナ「頭を上げてくださいな……侯爵に、あらぬ噂がたちますわよ」

カレー侯爵「なんと惜しい……これほどの美女が男性とは……」


 カレー侯爵は、もはや血の涙を流す勢いだ。


ロランティーナ「さて、請求金額は全額馬車に積んで参りました……金貨だけで後輪が軋んでおりましてよ?僭越ながら、早めに侯爵邸に運び込むべきではないかしら?」

カレー侯爵「いや……それなんだが、少しだけ待って欲しい……」


 ただ金を受け取ればいい簡単な立場ではないので、カレー侯爵は必死にロランティーナを引き留めようとした。


ロランティーナ「あら?どうしてかしら?」

ナットウ男爵の影「ただいま、ナットウ男爵の指示がおりました。全額受け取れとのことです」

カレー侯爵「なんと⁉よし、ヴァルミエ伯爵の馬車に積まれた返済金を……ひとまず我が邸に!急げ!」

ロランティーナ「では、私はこれにて……大切なリュカに、せめてもの爵位を渡す準備がございますので」

カレー侯爵「待ちたまえ!……そうだ!グリーンカレーを食べていかないか⁉」


 自分の名を冠するグリーンカレーであれば、それなりの足止めになるだろうと足掻くカレー侯爵であった。


オリビア「それより、煮干しの粉末入りミルク飲みたいにゃ……禁断症状が出そうだにゃ」

ロランティーナ「妻もこう申していますので、せっかくのありがたいお誘いなのですが……」

カレー侯爵「ええい!煮干しの粉末とミルクをありったけかき集めろ!」


 こうして、カレー侯爵は必死にロランティーナとオリビアを引き留めたのだった。


オリビア「少し煮干しが薄いにゃ」

カレー侯爵「本当に!申し訳ない!」

ロランティーナ「いえ、それより早く屋敷に戻らせてほしいところですが……」


 まもなく、ナットウ男爵がやってきた……その顔だけでなく背中もびっしょりで、シャツが背中に張り付いている。

 ――どれだけ急いで来たのか。


ナットウ男爵「待たせて、しまったようだね……」

ロランティーナ「客人がお見えのようですわね。それでは……」


 ナットウ男爵は、焦りながら言う。


ナットウ男爵「待ちたまえ、話があるのはロラン様だ!」

ロランティーナ「私のことはロランティーナと」

オリビア「もう、帰りたいにゃあ」

ナットウ男爵「本当に申し訳ない!あなた達を試すような真似をして!」

ロランティーナ「――それは、どういうことですか?」


 冷たい瞳をしたロランティーナが問いかける。


カレー侯爵「そもそも、あの請求書は元から支払えないと……そう想定した金額だったのです!」

ナットウ男爵「我らの派閥に入るための、覚悟を知りたかったのだ……」


 オリビアはそんなことに頓着せず……。


オリビア「煮干しの粉末入りミルク、おかわりにゃ!」

カレー侯爵「ああ、どうぞどうぞ……薄くて本当に申し訳ない」

ナットウ男爵「まさか、全額返済とは……肝が冷えましたそ」


 なんとかロランティーナを引き留めたナットウ男爵とカレー侯爵は、やっと一息をつけた。


ロランティーナ「では、本当に我々を試したと」

ナットウ男爵「ええ、本当に申し分ない……というか、今や我らから頭を下げたい位だ!どうか我らの派閥に入って頂きたい!」

カレー侯爵「資産状況を調査したところ、まさか本当にハラヘリス殿の食費を全額まかなえる事に、肝が冷えましたぞ」

ロランティーナ「妻を苦しめたことは……この際、水に流しましょう」


 対称的にロランティーナの口調は冷え冷えとしている。


カレー侯爵「ナットウ男爵の許しも得られたので、今日から君たちは聖人聖女解放派閥の一員に加えさせて頂きたい!」

オリビア「煮干しの粉末入りミルク、もっとおかわりにゃ!」

ロランティーナ「……まさか、リュカを利用しようとしているのでは?」


 警戒心を隠そうともしないロランティーナだった。


カレー侯爵「滅相もない!ただ、私たちは聖人リュカ様と聖女レアナ様に、自由に活動して欲しいと願う派閥ですから!自由に活動して頂くことで、真価が見える……それが我が派閥の信条です!」

ナットウ男爵「カレー侯爵……口で何と言ったとて、もはや信用してもらえまい」

ロランティーナ「……覚悟を見せたつもりが、ただの茶番だったとは思いたくありませんわ」

ナットウ男爵「決して、軽んじたつもりはないのです。ただ、我らと歩むには、共に命をかけるだけの意志を見極めたかった……それだけなのです」


 そうして、ナットウ男爵は一枚の羊皮紙を取り出した。


ナットウ男爵「これが王命だが……今や、これすら……あなた達に対し、どれほどの力があるか、わかったものではないな」

ロランティーナ「まあ、私たちも自称中立派……いえ神殿派と縁を切りたかったので、断る理由はありませんが……」

ナットウ男爵「今までのリュカ様の旅は、地盤固めのためだと……ご理解頂きたい」


 王命でさえほとんど意味がなさそうなロランティーナに、心底肝が冷えるナットウ男爵。


オリビア「煮干しの粉末入りミルク、もう一杯にゃ!」

ロランティーナ「どうやら、カレー侯爵邸には、粉末煮干しが不足しているようですわね」

カレー侯爵「本当に申し訳ない!今後このような事がないように徹底いたしますので」

ロランティーナ「では、妻の機嫌を直すために、まずは我が邸に来て頂きましょう」


 ロランティーナ、オリビア、カレー侯爵、ナットウ男爵は馬車に乗り……あの『猫加護』がかかっている、ヴァルミエ伯爵邸に向かうのだった。


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