第08節 穢魂者と呼ばれた者 ~食欲という暴力~
ロランティーナについて行って、リュカとレアナは客間に向かった。
穢魂者の怒鳴り声が聞こえる……。
穢魂者「もっと『ねこまんま』をよこすにゃ!」
メイド「しかし、もうどんぶり二十三杯も食べてるにゃ?食べ過ぎは良くないにゃ……」
穢魂者「いいから『ねこまんま』を持ってくるにゃ!まだ腹一杯になってないにゃ!」
そこに、ノックもせずにロランティーナが客間に入室する。
どうしたものかと、リュカとレアナは顔を見合わせるが……。
ロランティーナ「どうしたにゃ?さっさと入るにゃ」
ロランティーナは、平然と客間に入っていく。
その穢魂者は、客間の中心で、どんぶりをかきこむようにして食べていた。
ボサボサに伸びた黒髪は、脂と出汁でべったりと貼り付いており、手入れの跡すら感じられない。
小麦色に焼けた肌は、貧しい農村育ちを思わせる。
やや小柄で痩せた体にまとっているのは、ほつれたシャツにくすんだズボン。
服も身体も薄汚れていて、ポケットや裾にはパンくずや『ねこまんま』の具材が、こびりついていた。
穢魂者「来たな、女装伯爵……腹いっぱい食べさせてやる、という言葉は嘘だったかにゃ⁉」
ロランティーナ「まだお腹いっぱいにならないかにゃ?」
穢魂者「まだ、全然足りない……空腹感が止まらないにゃ!」
すかさずリュカがチカに問いかけると、チカのホログラムが登場した。
リュカ「なあ、チカ……原因わかるかにゃ?」
チカ「兄くん、栄養バランスが偏ってる可能性があるにゃ」
リュカ「どうすればいいにゃ?」
チカ「バナナミルクか、煮干しの粉末入りミルクで大丈夫だと思うにゃ」
穢魂者「この空腹感がどうにかなるなら何でもいいにゃ!さすがはお貴族様だにゃ……命律端末を使いこなしてるにゃ」
ロランティーナ「この者の名前は、ハラヘリスだにゃ」
リュカとレアナは「この際、名前はどうでもいい」と思いつつも、記憶の片隅に留めておいた。
ハラヘリス「さあ、『ねこまんま』でもミルクでも何でもいいから持ってくるにゃ!」
オリビア「じゃあまずはバナナミルクがいいにゃ!これさえ飲んでれば、空腹感すら覚えないにゃ。ただし、完全食の、煮干しの粉末入りミルクを、永遠に飲み続けるにゃ」
レアナ「もう完全に呪われてるにゃ……っていうか、栄養バランスにミルクなのかにゃ?チカも猫加護に脳内汚染されていないかにゃ?」
リュカ「まあ、試してみようにゃ?」
そうして急遽用意された、バナナミルク……。
ハラヘリス「これはいいにゃ!いくらでも飲めるにゃ!ウップ」
レアナ「今、ハラヘリスが吐きそうになったにゃ!危険にゃ!」
さすがにリュカとしても、伯爵邸で嘔吐は勘弁してほしい。関係者として。
チカ「安心するにゃ、バナナミルクなら一杯飲めば、栄養的にバランスが取れて、空腹感は消えるにゃ」
ハラヘリス「……本当だにゃ。空腹感が消えたにゃ!ウップ」
リュカ「食べ過ぎだにゃ……」
レアナ「それでどうするんだにゃ?」
リュカ「まずは、命律端末に何を祈ったか確認にゃ……」
ハラヘリス「そんなの決まってるにゃ!『お腹いっぱい食べられるように』だにゃ!」
レアナは頭を抱えてうずくまった。
リュカ「やらかしてるにゃ……」
レアナ「そうにゃ、正しい祈りは『起動して』とか『応えて』にゃ……」
ハラヘリス「お腹が空きすぎて、そんなことは、思いつきもしなかったにゃ……もう穢魂者にゃ……」
それでも、レアナは申し訳なさそうに言う。
レアナ「だけど、神殿再編成までは……おそらく命律端末は渡せないにゃ……」
リュカ「ハラヘリス、実は俺も穢魂者とされたんだにゃ……これはカレー侯爵のご厚意で手に入れた命律端末、自称『チカ』だにゃ」
ハラヘリス「さすがはお貴族様だにゃ……命律端末がなくてもどうにかして、手に入れてしまうにゃ」
レアナ「まあ、もうしばらく待つにゃ……そして元聖女として『正しい祈り』をきちんと教えるにゃ。ごめんにゃ」
リュカ「まあ、チカはなんか挙動がおかしいんだけどな」
チカ「兄くん、おかしいとは何だにゃ?前世ではあれほど愛し合ったにゃ」
ハラヘリス「さすがはお貴族様だにゃ……命律端末と愛し合うとか、想像できないにゃ」
リュカとしては、チカと愛し合った覚えがないので、あまりに不本意な言葉だったが……ひとまず流した。
レアナ「リュカは特殊すぎるから、気にしない方がいいにゃ」
リュカ「ロランティーナ、ハラヘリスは大丈夫だと思うにゃ」
ロランティーナ「わかったにゃ。オリビア、神殿から命律端末を盗んでくるにゃ!」
オリビア「はいにゃ、これから神殿に行ってくるにゃ!帰ったら煮干しの粉末入りミルク、たっぷりお願いにゃ!」
ハラヘリス「ま、まさかとは思うが……命律端末が、手に入るかにゃ?」
ハラヘリスは、驚愕の目でロランティーナとオリビアを凝視する。
ロランティーナ「任せておくにゃ。元中立派として、神殿の構造はある程度知っているにゃ」
リュカ「じゃあ、その間に『ねこまんま』にゃ!」
レアナ「くっ……私にもにゃ!」
レアナも『ねこまんま』の欲望には勝てなかったようだ。
ハラヘリス「俺はもう……食べられないにゃ……ウップ」
オリビア「はい、バナナミルクの次は煮干しの粉末入りミルクにゃ!」
リュカ「止めて差し上げろください!っていうか、オリビア姉は命律端末を、盗みに行ったんじゃなかったにゃ⁉」
オリビア「え、もう盗んできたにゃ、はいどうぞにゃ」
ハラヘリスに命律端末が手渡される……。
オリビアは、渡された煮干しの粉末入りどんぶりミルクを飲み干している。
ハラヘリス「一生食うに困らないようにしてくださいにゃ!」
ハラヘリスは命律端末に訴えた。
レアナ「違うにゃ⁉最初は『起動して』にゃ!それが正しい使い方にゃ!」
ハラヘリス「わかったにゃ『起動してにゃ』……本当だにゃ……穢魂者の俺が起動できたにゃ!じゃあ『一生食うに困らないようにしてください』にゃ」
命律端末「働いてくださいにゃ、一生働けば、一生食べていけますにゃ」
リュカ「何だろうにゃ?いきなり、見えないナイフが飛んできた気がするにゃ」
リュカが無意味にダメージを喰らった。
レアナ「本当に、夢も救いもない返答だにゃ」
ハラヘリス「そうかにゃ……なんで人間は働かないといけないのかにゃ?」
リュカ「働くことで誰かの力になるにゃ。その誰かの力が巡り巡って自分の金になるにゃ」
ハラヘリス「俺は!一生食べ続けていたいんだにゃ!ウップ」
レアナ「本当にハラヘリスに命律端末を渡して、良かったのかにゃ?」
リュカ「これで、穢魂者とは呼ばれないにゃ」
リュカの中に「本当に穢魂者だからというだけの理由か?」という疑問が湧いた。
ハラヘリス「それがだにゃ?あちこちの街で食べていたら、なんだか『ムセンインショク』とかで追い出されたにゃ……これが穢魂者の宿命にゃ……」
レアナ「それは穢魂者と関係がないにゃ!お金を払わず食べるのは誰でもダメにゃ!」
もはやリュカとレアナは呆れ顔だ、それに対し、ハラヘリスはきょとんとした顔だ。
ハラヘリス「な、なんだってにゃ⁉穢魂者だからじゃなかったのかにゃ⁉じゃあ、お金はどうすれば手に入るにゃ?」
命律端末「働いてくださいにゃ、元手がないと投資もできないにゃ」
ハラヘリス「投資ってなんだにゃ?」
命律端末「お金からお金を生む錬金術にゃ!」
ハラヘリス「よし、俺は投資に生きるにゃ!」
命律端末「なお、貴族になるともっといいにゃ!」
ハラヘリス「お貴族様になる……だとにゃ?」
命律端末「爵位なんて金で買えるにゃ、だから稼ぐにゃ!」
ハラヘリス「……だけどにゃ。働くと腹が減るにゃ……」
命律端末「副業アプリを五つ起動しましたにゃ。最適な働き方改革にゃ!栄養管理もお任せですにゃ!」
怒濤のハラヘリスと命律端末のやり取りに、リュカは冷や汗をかいたし、レアナもハラヘリスの行く先を案じていた。
レアナ「それもう、完全に監視社会だにゃ……」
ハラヘリス「働く前に『ねこまんま』でエネルギー補給にゃ!ウップ」
リュカ「もうこの人、一生『ねこまんま』ループしてそうにゃ……まだ食べるつもりなのかにゃ」
リュカとレアナは思った。この人は……とにかく食欲で生きている、と。
ハラヘリス「俺は……俺は食って生きるんだにゃ……ウップ」
レアナ「それ、食ってるだけじゃなくて、食欲に食われてるにゃ……」




