第27節 ラーメン伯爵の勘違い ~民あっての貴族だよ~
ラーメン伯爵の顔色が尋常ではないので、レアナは声をかけた。
レアナ「大丈夫よ、この情報は……もうナットウ男爵と共有してるわ」
ラーメン伯爵は背もたれに体を委ねて言う。
ラーメン伯爵「はは……私はもうおしまいだ……」
リュカ「なんでだよ、小麦を買う金がないんだろ?」
ラーメン伯爵「貴族にとって、弱みを握られたら、おしまいなんだよ……」
レアナ「まあ、確かにそういう側面はあるけど。だけど、ナットウ男爵なら大丈夫じゃない?」
レアナは呆れながら言う。
ちなみに『聖人聖女予算』とは、派閥内の掟のようなものなので、王家から金が降ってくるようなことは一切ない。
ラーメン伯爵「そうはいかない。ナットウ男爵に伝わるというのは、カレー侯爵にも伝わるということだ。私は、派閥での存続すら危うい」
リュカ「ラーメン伯爵は、カレー侯爵の派閥第三位だろ?」
ラーメン伯爵「今は名目上そうなっている。しかし、今の聖人聖女予算の額を知られたら、絶対に足を引っ張られる。なんとかオデン子爵を……こちら側に引き入れたのに……」
レアナは激高した。リュカも密かに怒っている。
レアナ「というか、領民を蔑ろにしてまで、聖人聖女予算優先ってどういうことよ⁉」
ラーメン伯爵「いえ、聖女様が自由の身になったとき、それを支えるのが我ら派閥の理念!私の派閥内の地位など些末な話ですよ」
リュカ「で、その聖人聖女予算は、どれくらい積み立てていたわけ?」
ラーメン伯爵「税収の十パーセントです。しかし、肝心の税収が激減して」
ついにレアナが、言ってもいいかどうかわからないことに言及し始めた。
しかし、リュカも止める気はない。
レアナ「そ・こ・は!積立を凍結してでも領民の為に動くところでしょ!」
リュカ「そうだな、そんな無茶をした聖人聖女予算なんて、とてもじゃないが受け取る気にはなれない」
ラーメン伯爵「そ、そんな……」
レアナは覚悟を決めた表情で、リュカに尋ねる。
レアナ「――リュカ、聖人聖女予算を、どれくらい領民のために放出していい?」
リュカ「決まってるだろ、全額だ!あんまり俺を見くびるなよ?」
リュカは即答した。
レアナ「――私たちの資産、金貨袋十袋からは?」
リュカ「それも決まってる、全額だ!あんまり俺を舐めるなよ?」
こちらも即答し、ラーメン伯爵は卒倒寸前だ。
ラーメン伯爵「そ、そんな……聖人様聖女様の予算を、私の不手際の穴埋めになど……」
レアナは怒りの矛を収めて、それでも強めの口調で言う。
レアナ「言っておくけど、これは、ラーメン伯爵の不手際だけじゃないからね!」
リュカ「そうだな、ラーメンの麺を小麦の貿易相手が生産できるようになった。その結果、外貨不足で小麦が買えない。そのため観光に転換するも治安悪化。もう、小麦の国内調達しかないだろう?そういう時代の流れだ」
思い出したようにレアナは言う。
レアナ「あ、そうそう……『民が太るのは喜ばしいことだ!』これは、撤回してもらうわよ」
ラーメン伯爵「な、なぜだ⁉豊かであれば、民が太るのは必然ではないのか⁉」
この言葉にレアナは呆れ、リュカは努めて冷静に応じた。
リュカ「あのな、本当に豊かな人は、むしろ太らないんだよ」
レアナ「そう、太るような食事をするのは、むしろ貧困の証よ!命律端末でちゃんと確認した⁉」
ラーメン伯爵「そ、そうか……私のやり方は、元から間違っていたということか。はは、神聖な命律端末を、そんな些事に使っていいのかと」
レアナ「これからはちゃんと、命律端末で確認しなさいね?そのためのマギなんだから!」
ラーメン伯爵「わかりました。しかし、孤児院の子たちが……痩せていく姿を見ていると、どうしてもそうは思えず」
リュカは、ため息を吐きながら同意する。
リュカ「確かに、孤児院の子たちを見たら、そう誤解するのも仕方ない面はあるよな?」
レアナ「いい?バランスの取れた栄養!ラーメンだけに頼らない食生活!そのために派閥の力を使いなさい!」
ラーメン伯爵は、もはや覇気の欠片もなかった。
ラーメン伯爵「しかし、これほど悪評の広まった私を……今さら信頼してくれるでしょうか?既に社会的有害性フラグまで……立ってしまっているのだよ」
ラーメン伯爵の取り出した命律端末の画面は、黄色く点滅している。
レアナ「それは、伯爵の領地運営次第ね?まだ悪政を敷くようなら、私たちだって見捨てる。社会的有害性フラグだって、五年も善政を敷いていればいずれ消えるわよ?この色は信用問題だから、マギなら以前同様に使えるはずよ」
リュカ「聖人聖女予算は今後十年間積立凍結、領地・領民の立て直し、治安回復に努めること!これでいいだろレアナ?もちろん孤児院の支援もしっかりやること」
レアナ「そうね、もう観光地化は明らかに失敗している。その辺が妥当でしょうね」
ラーメン伯爵は、信じられないという思いと、もしそれが叶うならという気持ちが入り交じりながらも言う。
ラーメン伯爵「そんな……私たちには、利益が大きすぎます」
レアナ「あ・の・ね!ラーメン伯爵が動かないと、苦しむのは領民!そのために、私たちがどれだけの孤児院を慰問したと思ってるの⁉」
リュカ「なあ……オデン子爵は、今は何をしているんだ?」
ラーメン伯爵は観念して答える。
ラーメン伯爵「それを聞かれる時点で、隠し立てしても無意味でしょう。今現在も、ラーメンのための小麦調達に動いてもらってます」
レアナ「今後は、ラーメン店だけ優遇は禁止!っていうか、うちの国の小麦資料があんなに分厚くなるなら、国内調達はそもそも容易だったでしょう?」
ラーメン伯爵「そうですな……あまりに治安が悪化しすぎました。観光客は騎士団でも手に負えず……小麦も、今後はオデン子爵の調達で回せる見込みだ……私が輸入品の味にこだわったばかりに――」
リュカはチカを取り出そうとしたら、またぴょんぴょん跳びはねる……のではなく、なんか空中浮遊を始めた!
なんか、命律端末に羽根が生えてるぞ!
チカ「やあ、私を呼ぼうとしたか兄くん」
レアナ「はぁ……宙に浮く命律端末ってなにごとよ?」
リュカ「チカ、聞いていただろう?方向性としてはこれでいいと思うか?」
チカ「概ね大丈夫だろう、騎士団強化は一朝一夕には進まない。ラーメンだけの食事からの脱却も派閥の動き次第だ」
そこに、ナットウ男爵の影がやってきた。
ナットウ男爵の影「ナットウ様からの指示書です、ラーメン伯爵」
ラーメン伯爵「ああ、助かった。具体的にどう動けばいいのか、私も困っていたのだ」
そしてラーメン伯爵が開いた指示書は、驚愕すべき内容だった。
・ワサビ子爵、オデン子爵、ソバ男爵、ウドン男爵の店を開け、元シャブシャブ準男爵のしゃぶしゃぶについては、聖人様聖女様が詳しい
・ナットウからは、発酵食品の支援を惜しまない、ただし納豆巻きはワサビ子爵の管轄とする
・カレー侯爵とは調整中だが、影を通じて指示を出してほしい
ラーメン伯爵は、信じられないほどの温情に涙した。
聖人様聖女様の莫大な支援に、ナットウ男爵という裏の公爵による手厚い支援……これでラーメン伯爵領は、必ず豊かになる、そう確信して。
ラーメン伯爵「これで……きっと我がラーメン伯爵領は必ず立て直せます……ありがとうございました……聖人様、聖女様……」
そして、この情報を調べた功績として、追加で革袋金貨十二袋が送られてきた。
リュカとレアナは未だ知らないことだが、日本円換算で十二億円相当である。
ナットウ男爵の、リュカ宛の手紙には……。
『今回の問題は、派閥間の意思疎通の問題だったと、カレー侯爵も認めている。故に今回だけは、補填を行うが、今後はこのようなことをしないで事前に相談するように。そして、この金貨をラーメン伯爵に譲渡することは禁ずる』
迷った末、リュカは金貨十袋を聖人聖女予算に預けることにした。
金貨なんてなくても、もはや一生困らない気がしているリュカとレアナであった。
なお、改めて言うまでもないが、ラーメン伯爵領の聖人聖女予算はこれで日本円換算十億円相当、残りを山分けしても、リュカとレアナは日本円換算で、それぞれ一億円相当を持っている。
ラーメン伯爵領で積み立てていた聖人聖女予算は十億円相当、それにリュカとレアナの金貨袋で十億円相当。
……計二十億円相当もあるのだから、ラーメン伯爵領が復興できなければ、ラーメン伯爵は相当の無能という話になる。




