27話:パリラくん嫉妬のあまり暴虐の徒となる
前回、パリラくんのおうちにノウサギさんがやってきました。
ノウサギさん(の死骸)のおはなしです。
残酷な描写が出ます。
前略、前世の御家族皆様へ。
次男坊の私は、今世でパリラくんとしての記憶が甦った夏から季節は冬へと移り来て、早くも半年が経とうとしております。
夫(仮)との初めての共同作業は額に角が生えて耳が翼な謎魔獣、ヴォルパーティンガーの解体にございますれば。
……なんて白目をむいてしまったオレを、フリージアちゃんが泣き声を困惑から不快に色を変える事で現実に引き戻す。さすが我が愛娘にして初恋の君。ナイスな超絶技巧。
すかさずオムツチェック。おおう、両方出ておる。
布切れ(勿論、元下着である)を濡らしてきつく絞り、うがい手洗いを済ませたオディロン様の手のひらに乗せる。
汚れたオムツを外すついでにケツを拭い、生ぬるい布切れ(言わずもがな、オディロン様に温めさせておいた元下着である)を取り、汚物をくるんだオムツを乗せる(空になった手のひらに)。
布切れでチャチャーときれいにしたら、洗濯済みのオムツ(オディロン様が持ってきてたもの)を履かせて終了。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
オムツにくるんだピーとプーを便器にボローした旦那様(仮)に礼を述べる。
旦那様(仮)は旦那様(イクメン)に進化したのだ!
水桶から柄杓で再度手を洗ったその腕へ、生後半年ほどのウゴウゴベイビーを抱っこさせる。
ンマーと機嫌よく喃語を繰り出すサービス精神旺盛なフリージアちゃんに、イクメンなイケメンの目尻は下がりっぱなし。
腹が減るたび小さな手でセンシティヴなオツのパイを握り薄くて鋭い爪を食い込ませ、まだギリ生えてない下の前歯の辺りでオツのパイの先端部を噛んでくる態度との落差がエグい。
オレも母(疲労)から母(嫉妬)へと進化したのだ!
うおおん! 羨ましい妬ましい!
オレだって聖母像のごとく穏やかに母子で相思相愛したいのにィ!!!
などと内心如夜叉状態で和やかな父娘を尻目に使用済みオムツ入りのたらいとノウサギの死骸を引きずって表へ出る。
因みにコーラルは薄幸の美女顔なので外面似菩薩でもある。
故に我は怒れる鬼子母神(?)これからけだものの生皮を剥いでやろうぞ。
『デリクエ』では、ヴォルパーティンガーが擁するホーンド・ヘア属をはじめ、魔獣と称される雑魚敵を倒すと『にく』『けがわ』などのアイテムが時たま得られる。
『にく』は消費アイテムでHPが回復、『けがわ』は道具屋に渡すとお金がもらえる。
つまり、魔獣はモンスターの中でも普通の動物と同じように食べられるし加工もできる、生活の糧となってくれる存在でもあるのだ!
この状況で利用しない手はない。
幸い、前世の母ことナベパーマの生家は北陸有数の豪雪地帯。祖父の旧友が農家兼猟師であり、生きるものの命を頂く作法を学ばせてもらった経験がある。
とはいえ、素人の子供が手を出せたのは生計に関わる部分を除いてだが。
関節を外して肉を切った程度で偉そうな口を利いちゃダメなんだゾ☆(おぞましい自戒)
オムツを濯ぎ、庭の物干しに広げる。
次いで台所から包丁を手に取ると徐に、話に聞いた通り腹を裂く。間を置かずテンションも変えないのがパリラくんの美点だよ。こういうのは後回しにすればするだけ心が折れるからね。
切り口から転び出た生臭さが、月明かりの冴え冴えと冷えた空気に、むわっと充満した。
「コーラル」
戸口からオディロン様が顔を出す。
「僕がやろうか?」
たらいに胃腸を落としたところで甘えさせてもらう。井戸で手を洗ってフリージアの抱っこを交代だ。
旦那様(仮)はお坊っちゃまだけれど、血抜きの心得があった。
ヘルツォーク・ツー・ズワイテ(ズワイテ公)のレーヴェ地方における次期家令は幼年期に現地妻ならぬ現地小姓を務め、普段は王都ヴァロアの屋敷に住まう主が田舎の邸宅で保養を楽しむためのスポーツハンティングに随伴する役割を担う。
コーラルの記憶には『遊んでズルい』しかなかったのでオレのガワはつくづく残念である。
そんな彼の鮮やかな手捌きは、ヴォルパーティンガーの脚を脱骨させて刃で肛門まで割り裂いて、動脈を切断したところで止まった。
「どう、なさいましたか、だんなさま」
「うん……実はね、ここから先はやった事がないんだよ」
なっ!
なっ!
なんてことかしら!
アンタもアタイも皮剥ぎの作法を人に聞いただけとは!
「だ、だいじょうぶ、です!」
気持ちを切り替えていこう。
猟師のじいちゃんにウサギは皮が薄いから慎重にしないとだけど足と背中は簡単に剥けるって聞いた!
腹と頭部は諦めよう!
乳を吸い終えたフリージアちゃんを再び旦那様(仮)に渡し、じゃりじゃりの雪を集めてヴォルパーティンガーの腹を押し付け血を吸わせる。
血抜きを終えたら近くの柵に逆さ吊りに……吊れねえ。ええ……? 改めてデケえなコイツ……。
耳と前足が地面に着いちゃってるよ。つうか角が邪魔。これどうやったら外せるの? 折るの? もぐの? 頭蓋骨から力強く生えてるっぽい『ウサギつの』はゲームの中でどうやってドロップしてたっていうの?
そもそも戦闘体験ゼロの村人に冒険者をぶっころせるレベルのモンスター自前の得物が取れるのか?
無理じゃない?
いや、もう仕方ない。首級を挙げ……じゃない、首を飛ばそう。一旦ちょっと下ろして切れ味クソな厳ついナイフでトーンだ!
前足もトーンだ!
それから腹の切り口を首まで伸ばし、後足の周囲を切り、足首の辺りから背面に向けて皮を毛ごと掴んで引っ張る。
ズルルっというか、ビビーっというか、そんな感触で皮が剥がれていく。腹の部分を刃先で削ぐようにしたら、筋の流れが丸分かりの肉が出来上がり。
こちらを遠巻きに眺めている産婆さん――名をケーテという――を呼び、村の大切な差配役であるオディロン様の功績をこれでもかと伝える。たっぷりと感心させてから、肉は熟させてから皆に少しずつ配ると教える。
それを村中に伝える労を任せ、礼として腸をやる。ケーテさんは手が血と脂でぬたぬたするのも構わず、ほくほく顔で生の内臓を持ち帰った。
「分けるのかい?」
差し出がましいオレの態度を咎めるでもなく、旦那様(仮)は訊いてきた。
夏から冬にかけて、立場ある者の妻として稚拙ながら尽力してきたコーラルの力量を見定めるように。
「はい。さはいの、つとめです」
応じると、愛娘を腕に抱いた青年は鷹揚に笑んで頷く。
「うん、そうだね」
角の取り外し方は旦那様(仮)にも分からないとの事で、明日の朝に頭部ごと残りのモツと一緒に酒場へ運ぼうという事になった。
モツや脳、髄液や目玉に至るまで、寒村にとって貴重な食材だ。血まみれの雪は豚が舐めるし、最後に残った骨は焼いて砕いて畑の肥料。
あわれモブの脅威ヴォルパーティンガー、ひとたび命を落とせば何一つ余すところなくモブ共に有効活用されるのである。
最後に、オレは手指の汚れを落としてから、声を潜めて言う。
「でも……毛皮は、うちのです。とっけんです」
「それは敵わないなあ」
途端に彼は破顔する。実に楽しげに。
臨時収入があれば村衆に不満が少ないように分け与えるのが差配役であれば、いいとこをちゃっかりゲットするのも差配役なのだ。
そのため塩も他家より多めに確保してある。皮の下処理で漬けられる程度には。
冬は寒く、雪に覆われれば行商や旅人など来なくなる。魔物のせいで香草の畝より外へは打って出られない。
食料を増やす術のない村では、毎年、年寄りどころか子供も多数死ぬのだという。場合によっては働き盛りの成人までもが。
重責を担う男は、解体された肉のぶら下がった柵へと足を向けて、今年は死者が少なく乗り切れそうだ、とまるで辛い秘め事に似た響きで嘯く。
たった1羽のノウサギが、一家族だけでなく、村の生死までをも分けるのだ。
男を見遣るオレの胸には少しばかり苦いものが残った。
欧州ではウサギの食用は珍しくありません
また、今回この夫妻と村で起きた為は、生きるために必要な事です
穀物はギリギリです。野菜は足りません。保存食もそうですし、お菓子なんてありません
飼ってる豚だって屠殺しますが、これ以上減らすと来年以降の維持ができなくなります
誰だって餓死や凍死なんてしたくないのです




