26話:兎追いし(?)彼の荒野
メシ、肉、と考えが狭まる中、腰かけサイズの丸太が妙に憎らしくなってきた。
堅さと色合いからセイヨウイチイの類だろう。せめて長ければストロングボウでも作れたものを、こんなに短くては何の役に立てればよいのか。
いや、弓を作った所で射る獲物がない。そしてオレには狙いを定める腕がない。
ぼんやりととりとめのない堂々巡りにハマっている内にも段々と日は陰り、暮れていく。
雪が舞う鈍色の曇り空が墨汁でも染みたように暗くなれば、旦那様(仮)が帰ってくる。妻たるもの、彼の帰宅に合わせてメシを作らなければならない。この世界はそういう社会だ。
オディロン様はオレより年下で、坊ちゃんなせいか楽観主義で、オレに弟がいればこんな感じだろうって人柄の、赤い髪はゆるふわウェーブで顔はとってもハンサムだ。ハンサムガイだチクショウめ。
年下美青年に夕食を作る新妻は天パのゴリラ。地獄絵図かな?
しかしこのパリラ、ガワがコーラルなる憂い顔の美女であるため無事均衡は保たれている。
だが、オレもオディロン様も、少しずつ、少しずつ、痩せてきた。
我が家はまだマシな方だ。村人は頬がこけ始めている。
雪が積もる頃には誰か死ぬのだろうか。
この世界の庶民は常に飢餓と疲労を抱えながら老いていき、やがて耐え切れなくなって死ぬ。子供はもっとあっさり死ぬ。
そんな事実が骨身に染みる。
でも、こんなとこでバッドエンドを迎えてたまるか。
どういう理由か分からんがオレはゲームの中っぽい世界に居た。
気がついた時にはもう女体で、しかも出産真っ最中の妊婦で、生まれた赤子は初恋のゲームキャラのフリージアちゃんって怒涛の展開。
しかもそんなフリージアちゃんの両親はゲーム本編では既に亡き人で、母ちゃんに至っては魔女といわれて処刑されたときたもんだ。
ゲーム『デリクエ』の世界は破滅して終わる。惑星が破裂するとかいうクソみたいな終わり方で。
オレは処刑も、我が子を孤児にする事も、破滅もごめんだ。
どうすりゃいいのか皆目見当もつかないが、家族みんなでとにかく生きて生きて生き抜きたい。
生への執着は人一倍強い自負がある。なぜなら不慮の事故で夭逝した前世の記憶があるからね!
心だけは立派にカッカしてはいるものの、体は冷える。
だから日没になる前に囲炉裏へ火を灯す。
薪の量は一冬持つらしいが、外気の侵入を防ぐためにごわごわのリネンと貴重な羊毛の布地は全部壁掛けにしてあった。
これね、コーラルは知らんかった生活の知恵よ。地域住民のおば様方に教えて頂いたの。どうりで目の詰まったゴワゴワリネンの方が重宝がられると思った。
パリラくんのガワの人が無知すぎてヤバイ。
薪が煙を吐き疲れ、ぱちぱち火の粉を纏わせる。狭い居間の気温と湿度が僅かに上がる頃合いをみて、窓を閉め、吊り下げ鉤に鍋をかける。中身は古くて硬いエンドウ豆をたっぷりの水に昨日から浸しておいたもの。
主食は黒パン。おかずは薄ーい塩味の煮物。両方とも埃というかカビというか得も云われぬ大地の味がする。これが全然うまくないが、知覚できる範囲の食材全部がそんなもんだから、それを食わないって選択肢が存在しない。オレが餓えるしフリージアちゃんにおっぱいあげられなくなるもん。
根菜類をみじん切りにして鍋にぶち込む。煮え立つのを暫し待ち、ことこと踊る具材をお玉の底で潰す。
鍋の具合を少しだけ味見して、ぐずる気配を見せるフリージアを抱き上げて乳をやった。
気温はどんどん下がって、火に当たっていない背中が凍えそうだ。赤ん坊にげっぷをさせて、抱き直し、耳を澄ます。
ゆっくりと、凍った地面をじゃりじゃりと潰しながら、聞き覚えのある速度で人影が近づく。
それを聞くたび、オレの口から勝手に安堵の溜息が漏れる。
「ただいま、コーラル」
「おかえりなさいませ、だんなさま」
コーラルのガワを纏った口はまだ自由が利かない。たどたどしい返事に覚える違和感にまだ慣れない。
抱きつかれると悔しいが温かくて体の芯までじんわりくる。この違和感にもまだ慣れない。
そんなオレの複雑で繊細極まる胸の内を知らず、オディロン様は面映ゆく笑んだ。
「今日は、土産があるよ」
言って、玄関脇に下ろした袋から取り出したのは、毛の生えた何かの塊だった。
なんだろう。見覚えがある、気がする。四肢があって、耳が長い。というか……翼だ。
……こ、これ、『デリクエ』の! ズワイテの草原エリアで日中に出てくる雑魚敵!
「ヴォルパーティンガー!?」
ホーンド・ヘア属の最上種。
この種属は名前の通り角の生えたノウサギで、ヴォルパーティンガーは耳が翼になっている。
雑魚敵とはいえゲームの後半戦なだけにそれなりのレベルでないと一撃では倒せない上に、素早さの値が高くて下手をすると群れで先制攻撃やってくるから即死しかねない。
しかも地上ポーズと飛翔ポーズでダメージの入り方が違うめんどくせえやつ。
「ああ、そうだよ。よく知ってたね」
彼は一般村人じゃとても勝てっこない魔獣を、事も無げに持ち上げて首を傾げた。
「これを、ど、どうやって?」
もしやこの旦那様(仮)は実は歴戦の猛者で、とてもとても強いのでは。どきどきと高鳴る鼓動を両手で抑えながら聞けば、相手はやはり恥じらうように鼻先を掻く。
「うん……実は香草の茂みに引っ掛かってたんだ」
「エッ?」
んなアホな。
もっかい言うぞ。
んッなッアッホッなッ!!!!
ころりころげた木の根っこ♪ じゃあるまいに!
もう、おまえ、こっちが床(というか土の上)をころりころげたくて堪らねえわ!!
勿論転げ回れる訳がないので深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻す。
静かなる騒動に気づいて表情を固まらせるフリージアちゃんをあやし、オディロン様と向き合う。
差配役の青年が語った詳細は、こうだ。
村の周囲にぐるりと植えてある通り、また馬車に束を積んでいた通り、香草は魔獣除けに使われる。
忌避というか、その性質は魔のものにとって毒に近いものらしい。
畑のそばに配置されているのは常緑性低木のローズマリー。とにかく元気に頑丈に育てたそれの根っこの方に、どうした訳かヴォルパーティンガーは突っ込み。
結果、枝分かれした角が絡まって状態異常(どく)的な事態に陥り、目の前が 真っ暗に なった! ……と。まあ、そういう、何とも呆気ない最期を遂げたと、推察される。
動かない暴力装置(野兎)に遭遇したオディロン様は、持っていた棒きれでケツをつついてピクリともしない事を確認し、指先で恐る恐る足に触れてその体が冷え切っている事を感じ、十分に検分して死亡を確信した後にこうして持ち帰ったと。
思い返せばレーヴェ行きの時、1羽のヴォルパーティンガーが灌木の陰からオレ達に狙いを定めていたっけ。
……もしや。
こ、こやつが、そうか!?
いやいやあれから何日経ってるとお考えかしらよ?
すっげー執拗な鋼の意志。いっそ頑迷固陋の域に達してる。それがために死んだわけだし。
…………
エッ、惨殺される所だったんか?!?
何も悪さしてないのに!!?!??
視界に入っただけで!???!?!?!?!!?
ウワー!!! 魔獣の殺意スッゲーー怖えーーーー!!!!!
無理ーーーーーー!!!!!! もうおんも出たくないーーーーーーーー!!!!!!!!
「こ、コーラル?! 急に息切れが激しくなったけど大丈夫かい!?」
「コヒュー! コヒュー!」
とっぷりと夜も更けゆく中で。
「コーラル! コーラルゥー!」
「ゼヒィー! カハァー!」
「オギャー! フギャー!」
寒村の掘っ立て小屋じみた家から。
著しく狼狽する旦那様(仮)、恐怖のあまり呼吸困難なオレ、そしてオレの腕の中で泣きじゃくるフリージアの不協和音が木霊した。
皆さまからの評価やブクマを頂いてありがたい中、なぜか意欲が枯渇したため間が空きました。
ただいま非常に低空飛行?間欠泉?といった具合です。
大変申し訳ございません。
気長にお付き合い頂ければ幸いです。




