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オレが母ってなんだそれ!?  作者: 嶌与一
二章:よし、生活しよう!
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28話:ゆめうつつに自己正当化?

※汚い話注意※ 

 ヴォルパーティンガーの毛皮から脂を丹念に削ぎ落とす。刃に付いたそれをナイフごと鍋に突っ込むと、湯気の匂いが変化して、コクのあるスープに早変わり。

 熱せられたついでにパンを切り、面の部分で拭う。そは硬きモソモソの炭水化物を鍋に投入し、軽く煮立てて椀によそう。

 オレが炊事の仕上げをする間、オディロン様は頭陀袋に丸裸のノウサギ(故)をみっちりと押し込んで軒先に吊るした。二日も経てば熟成は充分だろう。


 いつものように旦那様(仮)の祈りが捧げられる。オレも手を汲んで頭を垂れる。

 四大精霊だけでなく、今日は糧そのものであるヴォルパーティンガーにも感謝しようと思った。

 飽くなき殺意は恐ろしくてならないけれど、結果としてオレ達のために命を落とした事も事実だろう。


 前世で生まれ育った国の民草の多くは、アンケートによると熱心な信仰心を持っている訳ではないとの事だが、それでも日常に神道や仏教などが根付いていた。

 豚や牛などの家畜、鯨など野生動物の供養碑が各地にあり、欠かさず慰霊祭が催された。生を奪った事を詫び、頂く事に感謝をし、成仏し給えと恐んで申し上げる。

 あの国で代々生まれ育った人々にとっては、手の届く範囲、目に映る全て、森羅万象が神様だ。

 人は路傍の石より矮小で、自らが作った器一つにすら劣る。


 西洋のさる思想家も言った。人は考える葦であると。

 “人間は決して特別な存在ではない”という戒めは、古今東西、そう変わらないのであろう。


 直接対決した経験がなくともヴォルパーティンガーはオレ達より強い。人は飛べないし、角も持たない。田舎の農民は香草(ハーブ)の外界で生きてはいけない。

 それを忘れないようにしよう。


 頭を垂れたオレの脳裏に、かつての友人の声がよぎった。


 ――二つの谷、三つの谷を飛び越え飛び越え、遊びながら兄様のあとをしたって山へ行きました――


 彼は小学生の時分に触れた某ゲームの影響から北方の先住民族に随分とかぶれたもので、大学の頃には夏になれば長期休暇のほとんどを彼の地への旅行に使うほどだった。

 二年目の旅に一か月ほど付いていった事があり、その時は「フィールドワークがしたいんです!」という学者肌のメガネパイセン(動物好き)(←ギリギリ可愛い系)(←だが♂)(←血涙)を後部座席に、友人とオレとで運転を交代しながら、抜けるような青空と地平線まで広がる牧草地をレンタカーで何時間も走り通し、コタンと名の付く土地を探し回ったものだ。


 どうでもいいが、大学生の収入源は短期のイベント設営や地元飲食店等での短時間のバイト程度である。

 赤貧同士の懐は夏でも冷たい風が吹きすさび、旅程は全て強行軍。グルメは空港で食ったラーメンが唯一。

 好き好んでくっついて行った身分ではあるが、くたくたに疲れた、というか萎れた覚えしかない。

 友人とパイセンは知的好奇心を満足させてテッカテカに黒光っていたが。されど三者三様に、本州へ戻った時は現代社会に感謝感激雨霰した。

 だって安宿を利用して、もちろん毎日体を洗ってたけど、自宅の風呂場で垢太郎できそうだったんだもの。


 あとうんこね。外出すると出なくならない? オレ出なくなるんだけど、帰って母ちゃんのメシ食ったら固ったいの出た。

 蓋みたいな固ったいの出た後普通のがすげえ出たし。あの臭ささは筆舌にし難いよ。両親大騒ぎよ。

 一階と二階にトイレあって、オレ二階でうんこしてて、「ふんぬーっ」からのブリブリャーッで即行二階の窓全部全開にしたもん。


 なぜか帰宅後のお疲れ会でジンギスカンに舌鼓を打った。北の大地でなく。しかしうまかった。また食べたいなあ羊肉。

 会では全員が二十歳を迎えていた事もあって、みんなが慣れない酒を飲んだ。オレはビールだった。苦かった。喉越しってなんだろう。

 酔っ払いながら旅程のあれこれや帰宅後の些細な悶着を笑い語って、二人との友情は就職後も続いた。


 ともかく、そう、死んだ獣を祀る事が大切なのだというのがアイヌかぶれの言である。

 彼に倣って胸の内で死んだ魔獣を誉めそやす。

 白い毛並みの素晴らしさ。なんとも肉付きの良いこと。大きく捻れた角の堅固な美しさ。信念に燃えた行動力。骨の欠片まで無駄になる事のない取り計らい。

 資産は乏しく、良い小枝にも恵まれていないため、捧げものにも事欠く始末だが、偉大な命へ尽きせぬ感謝の念を伝える。


 考え直す。倣わずとも、実際その通りなのだ。

 肉を食えば精がついて乳の出は良くなる。毛皮の下半分はフリージアちゃんのつなぎ服に、上半分はオディロン様の上着の腹回りに使える。

 抵抗力のない赤子が厳寒を(つつが)なく生き永らえる事が叶うとしたら、ヴォルパーティンガーの功績に違いない。


 人を殺す事を目的にでしょうが、結果としてあなたの命を、人が作った境界が奪いました。

 謝りはしません。けれどあなたの死を無駄にはしません。

 そしてありがとうございます。


 妻が余りにも熱心に祈り続けているものだから、旦那様(仮)は咳払いをした。

 

「あら」


「おかえり、コーラル。食べようか」


 青年の揶揄に苦笑を返す。

 中身がパリラな妻の突飛な言動に耐性が出来たらしく、腫れ物壊れ物に触れるような扱いはもうなかった。


 この村で食卓にパンを用意できるのが如何に好条件であるかを、オレは暫くしてから知った。

 収穫した小麦の大半、というかほぼほぼが租税であるが、税を除いた取り分はごく少量で、多量のライ麦など雑穀類と混ぜて使う。

 穀物は製粉したければ粉引屋へ、整形して焼くにはパン屋へ、それぞれに手数料を支払う必要がある。彼らは農夫の半分ほどしか農耕に従事していないため、それが食料となる。

 また、パン屋の利用は割高だ。窯に火をくべる毎に税がかかるためである。


 老いた親を抱える家、子沢山な家、病気や怪我で取り分が少ない家は手数料を惜しんで、オートミールのような(ポリッジ)を食べる。

 (ポリッジ)はスーパーで売ってたシリアルとは大違いで、口の中から胃の腑まで延々とゴワゴワが続く。外皮はいくら煮込んでも筋張って硬く、時にはささくれ立ったままで、その棘で喉から血が出る事もあるという。

 そんな家庭が大多数だ。


 農村の主たる肉体労働をこなしていない差配役の取り分が一番多い。だから我が家は毎日パンが食える。

 最初の頃はエグく感じたメシは、不平等さの埋め合わせにと進んで雑事を引き受けているうちに、体力が付いたのか胃腸が貪欲に栄養を摂取するモードに入ったのか、今ではうまく感じる。

 人体の神秘!


 食事を終えると、歯を磨いて寝る準備に入る。

 歯ブラシの毛並みはもうスッカスカのグニャグニャだ。そろそろ新しいのをオネダリしちゃおっカナ★(鳥肌)


 フリージアちゃんを抱っこして、ベッドの上でピンク色のムードを出そうとする旦那様(仮)との間に挟む。

 村の知り合いの若い夫婦は毎年ポンポロンと子宝を産んでるから、そろそろコーラルとそういう行為をしたいというのも理解できる。

 が、大変申し訳ないのですが中身のパリラくんはBのLだか薔の薇だかは避けたい訳でして。まことに遺憾とはお察し致しますが何卒よろしく引き下がって頂きたく存じます。


 ここ最近の「もうええやろ?(意味深)」な緩い攻防を、フリージアちゃんはお気に入りだ。

 両親が自分の左右で笑っているからだろうか。きゃーっと歓声を上げて、必ず屁をこく。赤子すごい屁をこく。こいた屁をオレのせいにする。「あなたが鳴らしたんですか?」とでもいうかのように。

 乳飲み後以外のげっぷもオレのせいだ。「この音と変な感じはあなたの仕業ですか?」


 正直言おう。超可愛い。おならは臭いしげっぷは時々ゲロが混ざるけど超可愛い。

 相変わらず抱っこ要求魔人で構って魔人でよく泣きよく噛みよく抓ってくるけど超可愛い。


 もうオレこの子の親になれて良かった。

 横を見れば多分同じ思いの運命共同体がいる。今朝までの暗澹たる思いが全部吹き飛んで、うん、幸せだ。



 その夜、オレはへんな夢を見た。

 鳥獣戯画みたいなウサギが後ろ足で跳ねている夢だ。

 ウサギは両耳をパタパタさせて、前足で額をポンと叩いた。


「ほ、ほ、(かろ)し。安らかなり」


 嬉しげにそう言って、こちらに目を向ける。


「いかさま、これは(なれ)がありがたき御事と思うに奇特ぞ起こりて、かくはめでたきやらん」


 古めかしい言葉を投げかけられて、返事をしようとしたが、口が開かない。

 オレはただ真っ直ぐにウサギを認識するばかりで、体中が軟く痺れているみたいだ。

 口、というか、頭、というか、感覚が欠落している。

 不思議と狼狽や焦燥がなくて、それがごく自然に思えた。


 言い終えるや、また楽しそうに後ろ足で跳ねた。その姿が段々と小さく……いや、光のなかに溶けていく。


「善き哉」――


 笑い声と残響。あとは光の洪水。




 眩しくて瞼をぎゅっと閉じる、瞼? 感覚の違和感に気づくと、もう朝だった。

 夜中の祈りをすっぽかした罪悪感がちょっとある。

 けれど、筋肉痛を覚悟するひどい疲れや、慢性的な空腹感がごっそりと抜け落ちたかのように爽快だ。


 窓から覗く空は本当に久しぶりの晴れ模様。

 隣を見るとオディロン様がいない。もう起きたのだろう。

 思ったとおり、下階から声が上がる。


「コーラル、コーラル、下りておいで!」


 聊かに慌てた声色に乞われて階段へ向かう。


「ほら、ね、あれを、ご覧」


 指された方に視線をむければ、果たして。

 昨日作った塩漬けの壷の中。

 薄灰混じりの毛並みをしたヴォルパーティンガーの皮が、美しい純白の光沢を放っていた。

※知里幸惠編訳 アイヌ神謡集 兎が自ら歌った謡「サンパヤ テレケ」より一文を引用しております


作中の古語はきちんとしていません。どなたか校正してください


パリラの夢にウサギの精が出てきました。

ヴォルパーティンガーらしき精霊は、死んで解体されたのに嬉しそうです。


“生物の死”への忌避感や、“生物を死なせる事”への罪悪感は現代人なら大体持っているかと思います。

今回の夢の中で、パリラはその犠牲者(?)から免罪符をもらったようなものになった訳ですが、さて。


※宗教っぽい話がしつこいほど続きましたが、多分もう出ません。

 拝んで終了くらいに留めます。

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