24話:引いてダメなら押してみろって言わない?
創作意欲って急に消えるんですね。
ビックリしました。
ともあれ、地道にゆっくり再開です
静寂に淀んだ空気の中で食う冷めたボルシチ(?)って全然味しないんだろうな。
いや知らねえけど。オレ食卓にいねえし。
そもそもコーラルの正式な身分からして家事使用人なのだ。
オディロン様の……なんだその、えー、妻? 的なアレは村でのオママゴトでしかない。
当主様や奥方様の目の届かない僻地で旦那様(仮)相手に山の神風を吹かしちゃったってギリオッケー。
だがレーヴェ邸においては、オディロン様は嫡男にして次期家令。立場を弁えて然るべきであり、家人と同じ扱いを受ける事は許されない。
そんな訳でフリージアを抱えて軒先に腰を下ろしたオレは、ノンビリと赤子に乳をくれながら日陰ぼっこ中だ。念のために誰にだか分からねえけど弁明したい気分だから言っておくけど日向じゃないよ。日陰だよ。
落ち着いたらなんか日射しが痛てえのよ。つーか村からこっちまでの移動で既にヒリッヒリきてんの。露出箇所ぜぇんぶ。
ゴリラだった頃は感じた事もない想定外のダメージ。つれえ。
素肌の負傷を最小限に抑えつつ、やる事もなくぼんやりと門の向こうに畑帰りらしい人が往来する様を眺める。
幼い頃からコーラルの服を啄ばむのが日課だった鵞鳥の群は、こちらの様子が違うと察したのか寄って来さえしない。
ああ庭でオレを遠巻きにプリプリとケツを振る姦しい鳥達よ。なぜにお前らはそんなに肉々しいケツを振り子の如く左右に、こう……左右に!!
もうね、こちとらきさまらを刎ねて毟って捌いていい具合に焼いて食っちゃいたい。
炭火で。七輪に金網乗せて団扇でパタパタしたい。皮をカリッとさせて。塩を腕に滑らせてパラパラァーッ!
焼き鳥(塩)にかぶりつく欲求に思いを馳せていると、頭上にのそりと影が降った。
「おい」
「デュッはい!?」
やべww口から汁出ちゃったwwwwwピュッてwww恥ずかしwwwwww
「なにしてる」
跳ね上がった肩と一緒に頭を後ろに倒すと、下男が眉根を寄せてオレを見下ろす顔が飛び込んできた。
呆れ半分の視線を追って爪先に目をやると、謎の小規模窪地が出現しているではないか。
「……あらまー」
無意識に足で地面を掘って焚き火台的な窪みを作っちゃってた己にビックリだわ。
これもう小枝と薪積んで五徳置いて点火したいわ。レッツキャンプファイヤー。
ダメだ。家に近過ぎる。諦めて均そう。
立ち上がり足裏でパタパタと凹凸を誤魔化すオレの首根っこが掴まれる。
「手悪さのヒマがあるなら手伝え」
「あしですぅ」
「揚げ足を取るな」
ほとんど宙に浮きながら歩かされた先には、色褪せた布切れの敷かれた木箱――多分フリージアを入れておく為に用意された物だろう――と。
折れた棒を手に何やら悪戦苦闘を繰り返す、下男見習いの少年がいた。
「すてばにあったんだ、です」
下男とオレに気付いた少年は身を起こして尻と膝の埃を払いながら言う。
見れば持っているそれは車軸らしい。
裏門から引き摺った跡を付けて置かれた荷台だったモノは片側が半ば砕け、両端についている車輪の一つは拉げているといった有様だ。
「なおせたら、じぶんのもんだから、なおす」
土埃と脂汗が混じって浮いた鼻先をボロボロの袖で擦って続け、彼は「でも」と溜息を吐く。
金属の補強材がない以上、どう工夫しても元通りにはならないだろう。
オークやイチイなど硬い材木も有るには有るが、地守の管理下か、どこかの町村の土地のものだ。
そういった品を買う財力や労力が少年にはない。
「薪にはなる」
少年のしょげ返った肩に、下男が慰めるように手を添えた。
持たざる者の理は、壊れたら壊れたままだ。
「……あのぅー」
失望の色を濃くする二人を眺め、オレは小さく挙手をする。
「わたし、多分、直せます(?)」
眉根を寄せる下男と片方の眉尻を吊り上げる少年を尻目に、頭の中で簡単な図面を引く。
牽引して使う二輪の荷車の片側だけが壊れているのだから、無事な方を活用すればいい。
幸い、馬具と荷台を繋ぐ引棒の片側と、車軸の半分ほどは生きている。どうにかうまくいけるだろう。
「引ぼうを、折れてる分も、半分に、切れます?」
「どうするんだ?」
「こわれてる方の引ぼうを、4つに切って、半分の方の引ぼうに、2つずつ、三角に、つなげます」
オレの言葉を聞くや、下男は小屋に頭と腕を突っ込んで鋸を持ち出した
さてじゃあパリラくんは久しぶりに大好きな工作でもしましょうかね。
と、腹一杯のフリージアちゃんを小屋の陰に置かれた木箱へ置き、工具を借りるために伸ばした腕は宙を掻いた。
想定外の出来事に一瞬固まって瞬きを繰り返すオレに拘う暇を見せず、男二人は早くも作業に取りかかっている。
「折れてる箇所が厄介だ。お前は無事な方をやれ」
「はい!」
想定外の出来事はごく自然な当然の事態でした。
阿吽の呼吸を感じさせる見事な師弟関係。やだーステキー。
やだー。蚊帳の外やだぁー。
「あのぅ、わたしも、おてつだいを」
「今は黙ってろ」
「ハイ」
体育会系親方と化した下男が、ぼっちと化したオレの要望をいともアッサリ言下に退けなさる。
半ば無理矢理呼んだくせになんだ。そういうのやめて? 泣くよ? パリラくん泣いちゃうよ?
「……これが終わったら、次の指示を出せ」
「!」
「返事」
「はぁい!」
「車じくを半分に切って、車りんをはさんで、くっつけます」
挟んだ車輪を先端に、細い二本の引棒へ小さな台形となった荷台を載せて、その荷台が重なった持ち手側の引棒の下に支柱を設置する。
食事や日常の雑務を挟んで夕暮れ近くに完成したそれは、要するに手押し車だ。
車輪が箱の前にある、かなり原始的なやつだが。
オレが二抱え分ほどの藁を乗せて実演をしてみせると、本当に動くのかと言わんばかりの二人の怪訝な表情は見る間に得心のいくものとなった。
「こりん車、です」
「コリン、車?」
「はい」
下男のオウム返しに首肯すると、見習いの少年が、口を小さく開けて目を瞬かせた。
そして、次第にいかにも堪らないといった様子で頬を赤く染め、オレの方へとチラチラ目をくれる。
どうしたというのだろうか。孤輪車ってのはパリラくんが父ちゃんの父ちゃん即ち祖父ちゃん家で見かけた収支内訳書の欄にあった名称で、何かカッケーから覚えていて、今日この瞬間にここぞという場面が来たからドヤ顔で披露したあのあれであるがなにか問題でもあろうものか?
「それ」
少年が上擦った声を出す。
「おれの、なまえ」
え?
後に振り返って呆れるくらい、この時、オレは無自覚にも程があった。
頭の中で図面を引いて一から十まで指示し、全く見覚えのない真新しい“何か”を作り上げる。例えるなら、三国志で諸葛亮が発明したとされる木牛流馬。
要するにどっかの王様か誰か偉い人がフワッと要望を出した時に初めて提示される画期的なモノである。なんという天才の所業。
それを偉い人でなく、自分と同じか下の立場の子供が困っているというだけで、自分の物になる訳でもない粗大ゴミを前にして、自発的に協力を申し出て惜しみ無く才能を発揮し、“発明”に成功した。
更には功労者たるオレは後世に残る――というのは大袈裟か。まあ、そう、他者に紹介する際に称される分かりやすい手柄を少年にあっさりと譲り渡してしまったのだ。
コリン、という彼の名を付けることによって。
……誤解とはいえ。
何かに自分の名が冠される事など、庶民には一生を通じてまず一度たりとも起こり得ない。
神様が天文学的な確率で気紛れに気紛れでも連ね掛けしなけば生じない事態が、いともあっさりと実現されてしまった。
そんな庶民の中でも、農奴に属する内の、更に底辺側にいる土地や家や寄る辺のないコリン少年の身に舞い降りた事の重大さをオレは何も知らなかったのだ。
「ああ。コーラル、覚えてたんだな」
感極まる少年の肩を抱く下男は此方を見ると、何やら言いたげな緩んだ目をして、小さく頷いた。
ああ、少年よ。眉根を寄せ目尻から美しい涙を一粒二粒と零す少年よ。
このパリラは、君の名を知らんかったなんて言えない。
君の感動が勘違いから生じたものだなんて、言えない。




